お風呂変 Part2 ~爆弾~
お風呂編の編が、編じゃなくて変になってるのはわざとです。
間違いじゃないです。
「ここも凄いねぇ、日本風呂じゃないの?」
共用風呂の前には、『女』と書かれた赤い暖簾が垂れさがっていた。いかにもな和風風呂だ。
「ニホン風呂じゃないと思うよぉ?とりあえず行こぉ、ミズちゃん。じゃぁ、二人はそこで待っててねぇ」
「パフェたべてる」
「行ってきてくれ。ユフィアナ殿、己はメイドの一人に風呂のことを話してくる」
「え……セーリーラ、いっちゃうの……?」
「……くっ、ユフィアナ殿がパフェを食べ終えたら一緒に行こう」
「わーい」
涙目でふるふるとセーリーラの服の裾を掴んで離さないユフィアナに、とろりと溶けた顔でセーリーラが彼女の頭をそっと撫でる。
セーリーラはユフィアナにとことん甘い。そんな二人が可愛らしくて思わず微笑みを零す。そして、自分の荷物を抱え直し、待っていてくれていたらしいララノラに「オーケー、行こう」とGOサインを出した。
日本風呂のような荷物置きにバスタオルたちをドサッと投げ入れ、手首に髪ゴム(偶然、天乃雨から二年間無くさなかった)とロッカーの鍵を付け、ミニタオルを持つ。
「ララノラ、大丈夫?」
「大丈夫だよぉ。行こっかぁ」
「うん!」
なんとなく、このお風呂が楽しみだ。でもわたしはのぼせやすいから、ララノラより先に出るとは思うけれど。
「よいしょっと」
わたしは、風呂の扉を押し開けた。
「わぁ……」
目の前に広がるのは、予想通りの日本風呂の景色。きっとララノラも懐かしみを感じているだろう。わたしは目の前に広がる日本風呂に感動して、思わず瞳から涙を零した。
「和風建築、竹、夜景、石造り風呂……うぅ」
「ミズちゃん……仕方ないなぁもぉ、お風呂でぇ、ララの胸の中で泣かせてあげるからぁ、シャワーは頑張ってよぉ」
「う、うん……じゃないよね⁉胸の中で泣けるかっての!」
「あははぁ、それなら大丈夫だねぇ。いつものミズちゃんが戻って来たぁ」
心底面白そうに笑うララノラを軽く睨み、思わず笑ってしまう。きっと彼女は、わたしを元気づけるためにそんな阿呆らしいことを言ってくれたのだろう。
思ったよりも最高だった友人の存在に心を温められながら、わたしはララノラの隣の椅子に座ってシャワーを手に取った。左にはララノラがいるが、右にも誰か――
「あれ、凛子?」
「お?その声は、水樹かよ?」
「水樹ちゃん、凛子ちゃん?」
白い湯気で見えないが、奥の方からもさやからしき声が聞こえてくる。
「どうなさいました、リンコさん、サヤカさん?」
「あー、レーイレア。あたしたちの仲間の、水樹だよ」
「レーイレアちゃんは、初めてだよね?水樹ちゃん、こちらがわたしたちのルームメイトのレーイレアちゃんだよ」
「あら?」
げ……さっき、レーイレアさんのこと考えて嫌な気分になってたからな、と彼女が可哀そうなほど顔をしかめながら、わたしは身を乗り出す。
そこにいたのは、滑らかで豊かな金髪をうねらせる、美人で髪も胸も豊かな美女だった。美女――レーイレアは、わたしと目が合うと、柔らかく笑ってくれる。
「お初にお目にかかりますわ、レムーテリン様。わたくし、レーイレアと申しますの。お兄様がお世話になっておりますわ」
「初めまして、わたしはレムーテリンで――え?待って?お兄様?誰?」
今日何回目の爆弾発言だろうと思いながら聞き返すと、レーイレアは金髪を揺らしながら頬に右手を添えて軽く首を傾ける。その仕草がとてつもなく綺麗なお嬢様で、思わず見とれる。
こりゃ、颯も落ちてしまうわな……。
「わたくしの異父兄ですわ。ゼーフィート、という名前ですの」
「ゼーフィート……ゼーフィートさん、あぁ、煌紳?」
「レムーテリン様はお兄様の事を煌紳と呼ばれているのですね。わたくしも誇らしいですわ」
なんと、煌紳の妹さんがレーイレアさんでした。すごい偶然ってのはあるもんだねぇ。例えば部屋に勇者が二人とか。例えば部屋に英雄が三人とか。ユフィアナたんゴメンね……。
「あ、凛子、さやか、レーイレアちゃん。こちら、わたしのルームメイトのララノラ。勇者の一人」
「えっ⁉」
「あれ、ララノラちゃん?」
「うおっ‼」
凛子だけ場違いです。一発レッド退場確定さようなら。
「はぁい、ララでぇっすぅ。ミズちゃんのぉ、お友達ですぅ。よろしくねぇ、レーちゃん。リンちゃんとサヤちゃんはさっきぶりぃ」
「どもー。久しぶりだな。こんな水樹だが仲良くやってやってくれ」
「了解してるよぉ」
凛子が「ちわっす」とおでこからララノラへと人差し指を弾く。手首の反動、スナップというやつだ。
うん、至極どうでもいい。
「さっきぶりね、ララノラちゃん。凛子ちゃんと同じになっちゃうけど、水樹ちゃんを頼むね。こう見えてこの子、メンタルは豆腐なの」
「豆腐ねぇ、あははぁ。うん、ミズちゃんのサポートなら任せてぇ」
さやかの天使の笑顔に妖艶な笑みで返すララノラ。だが、その表情とは裏腹に、言っている内容はぽちゃっとしたものだ。ララノラもギャップ……萌えるか?
「ララノラ様、初めまして。先ほども申しましたように、わたくしはレーイレアですわ。今後ともよろしくお願い致します」
「どぉもぉ、レーちゃん、ララですぅ。よろしくねぇ?」
この二人はどこかよそよそしい。一番慣れ親しみそうだったのは、凛子だろう。まぁ、性格もあうんじゃないの?でもわたし結構、好きになってしまったよ、ララノラ。渡すかぁっ!
わたしはそっとララノラの腕をきゅっと抱きしめる。
「ぅえぇ?ミズちゃん?どったのぉ?まぁさぁかぁっ!やきもちぃ、妬いてくれちゃったりしちゃったりしてぇ!」
「何を言ってるんだか。ララノラもっと落ち着いてよく考えてみなさい。わたしがやきもちを妬くような女に見えて?」
「うん」
「えー!」
ベシバシとララノラの背中を叩く。後ろで三人の笑い声が聞こえるが、わたしは膨れっ面のまま元の体勢に戻ってシャワーでシャンプーを流していく。
「凛子たちんとこも、お風呂壊れた?」
「いや、水が出ねぇんだよ」
「つまり、シャワーもお風呂も使えなくなっちゃってね。先輩くんがこのお風呂の事を知ってて、今はきっと男湯だと思う」
へぇ、とため息を着いて、ふと尋ねてみる。
「三人のところは一人だけ颯っていう男がいるじゃん?どうなの?」
「あぁ……榎賀な。ま、ぼちぼちかな」
「?」
いつになく歯切れの悪い凛子に驚きながら、わたしは話す内容の選択を間違えたかと内心冷や汗を掻く。そちらのグループでは何かあったのだろうか。
「先輩くんなら、心配しなくても元気にやってるよ?」
「そ?ならま、別にいいんだけどさ。どしたん?何かあった?」
さやかは颯の事を先輩くんと呼んでいる。一応先輩なので、というさやかの真面目なところと、まぁ仲間なので気安く、という少しラフな部分が混ざって、先輩くんだ。非常にさやからしくて可愛い、グッド
なあだ名だと思う。
「あ、あの、レムーテリン様、その、ハヤト様とは、天乃雨でお知り合いに?」
「ん、違うかな。存在の把握なら、天乃雨時代から知ってたけど。っていうか、親しくなったのはまだ最近、かな。色々とありすぎて一ヶ月くらい前な気がするけど、実際二週間だよね?」
「そ、うなんですか……」
「レーイレア?」
わたしは、冷静を保って言いながら、突如としてなり出した頭脳内の警告反応に耳を澄ませる。
嫌な予感がする。
悪寒が背中を伝う。
手足が小刻みに震える。
頭が痛い。
耳鳴りがする。
もしや、もしかして、もしかしなくても、これって、まさか――。
「はい。レムーテリン様にならば、良いですわよね」
「レーイレアお前、言っちゃうのか?あぁん?」
「こら、凛子ちゃん。レーイレアちゃんの決心を歪めないの」
「分かってらぁ」
二人は、わたしのあの一言を知らない。思わず口を突いて出てしまった、あの言葉。行ってから自分の気持ちに気が付いた、あれを。
『だから……好きだよ、颯』
あれを言うのに、勇気はいらなかった。だから、しっかり雰囲気やらムードやらを作ってから今度、ゆっくりしっかり、言おうと思っていたのに。
なのに。
どうして。
何で。
「レムーテリン様、わたくし……ハヤト様に、その、一目惚れを、してしまいましたの……」
こう、なる……の……?




