ヴェク
ララノラの強烈なハグに長時間耐え、ようやく夜の気配が漂い始めた。既にうとうと(三人熟睡)していたわたしたちは、チリンとなるベルの音で目を覚ました。
「んむぅ……ユフィアナのねむりをじゃましたの……ばんしにあたいする……」
「ユフィアナたん……それだと9割死んじゃうから駄目……」
「誰ぇ?ララたちにぃ、何か用ぉ?」
「あの二人はさておき、対応ならば己たちでするが……っ、ヴェク⁉」
「「ふぇ?」」
セーリーラの驚いた声に反応して、わたしたちはそっと目を覚ます。目を開けると、眠そうなユフィアナの顔とその後ろに仁王立ちするララノラ、そして扉の前で驚いているセーリーラと――
「誰じゃ」
見知らぬ男性が立っていた。
「あれぇ、ヴェクぅ?何で来たのぉ?あぁーっ、ララたちに会いたくなっちゃったぁ?」
セーリーラだけでなく、ララノラとも知り合いらしい。わたしは眠い目を擦り、二人のところに近づいて行く。何だか色々なことが起きた場合、その場にいないと状況把握が出来なくてもどかしいからだ。手に持っている情報は多ければ多い方が良い。
「馬鹿かお前は。よ、セーリーラ」
男性――ヴェクは結構イケメンで、紺青の髪に空色の瞳をしていた。全体的に青い雰囲気があっていい感じだ。正直、セーリーラとマッチングしている。グッと組み合わせ!だ。
ヴェクは、ララノラの頭を軽く小突き、セーリーラに優しい笑みを向けた。正統派イケメン王子様だ。
「な、何故ここに来た、ヴェク」
「理由が泣きゃ来ちゃ駄目なのかい?別にいいだろう?」
「構わぬが、理由が聞きたい」
「ははっ、華々しい露河学園に来ても、相変わらず堅苦しいな、セーリーラは」
ヴェクは、セーリーラの頭をポンと撫でるように軽く叩き、笑みを零しながら部屋に入って来た。赤い顔でむっと膨れるセーリーラがどことなく可愛くて、新しい一面を発見した気がする。わたしは真顔で、二人を手作りハートで囲む。あ、ララノラが入っちゃった。駄目駄目。
ふと、ヴェクの視線が二人の後ろに立っていたわたしに向いた。ヴェクは、ニッと笑って、手を差し出してくる。
「初めまして。俺はヴェク、セーリーラの婚約者。よろしくね」
「ども、レムーテリンことリーミルフィこと羽葉澤水樹です。――ふぇ⁉ま、ままま待て待て待て!今さりげなーく軽ーく爆弾発言しなかったかいお前さん⁉何だかわたしのお耳には婚約者だとか何だとか聞こえちゃったような。今わたしの耳が劣化中でさぁ、こないだもちょっとおかしくなったばっかだから、ワンモアタイムプリーズ?」
「はははっ、面白いね、レムーテリンちゃんは。わんもあたいむぷりぃずが何か分からないけれど、俺はセーリーラの婚約者だよ?許嫁というより、恋愛結婚かな?」
「「ばっ、馬鹿!」な!」
わたしとセーリーラの声が重なる。わたしは驚いて差し出された手を取るのも忘れてあくまでもお嬢様らしく一歩退き、セーリーラがわたしと交代するようにヴェクの左側から頭を扇子もどきでひっぱたく。
「何を言っている!このような公の場で言うなと言ったではないか!」
「痛いな、セーリーラはやっぱりここでも暴力的か。まぁ、セーリーラからの攻撃ならば俺は何だって受けるよ」
「そうやって誤魔化そうとしても無駄だ!」
「まぁ、それで今の俺の発言を肯定したことになってるけどね?」
「っ、ヴェクシェルト=フォンク・ゼム=ディヌバロウム!もう許さぬぞ、己は。決めたからな!……何故動揺しない!」
「だって、そう言っていつもセーリーラは『仕方ないな、己の婚約者の誘惑にはいつも負けてしまうぞ』と言って俺の膝にあた――」
「やめ、やめろ!ヴェク、お前は、お前は――っ!」
「はは、ごめん、謝るよ」
「……ならば良い、としか言えないだろう」
あ、甘い。甘すぎる。砂糖菓子が喉につっかえた感じがする。うぅ。すんごい甘い空気が漂ってる。さすがのララノラでさえも軽くため息を着いて戻ってくる。その姿は凄い様になってるよ。体形にぴったし。
ユフィアナは……無表情でお茶をすすりながらお菓子の爆食い中。そして眠くなったようで、長い睫毛を伏せミディアムボブのピンクと紫が混ざったような色の髪を垂らして眠り始めた。
無表情はいつものことだから全然怖くないけど、この甘ったるい状況で平然と甘ったるいお菓子を次々と口に放り込むユフィアナの精神力たるや。そして堂々とぐーすかぴーすか寝始められるとは。ははーっ。
まぁ、セーリーラが可愛いのはよかったよかった。
「そいで、改めて。わたしは……どれでもいいので勝手に呼んで下さい。ヴェクさんは先輩だったんだ、ということで。よろしくっス、ヴェク先輩!」
「ミズキちゃん、そんなに堅苦しく呼ばないで良いよ」
「今ので堅苦しいんだ⁉」
椅子をもう一脚引っ張り出してきて、ヴェクに椅子を勧める。いつの間にかセーリーラがヴェク用のお茶を淹れていて、ヴェクが「さすが俺の未来の伴侶だね」と言っていた。ぽっと頬を赤らめるセーリーラが天使……女神に見えて感動した。
「ユフィアナはユフィアナ。です」
「よろしくね、ユフィアナちゃん。俺はヴェク」
「よろしく。です」
座高がありすぎる二人が頑張って手を伸ばして握手する。ユフィアナの「んむむむ……!」と励む姿が愛らしい。
「先輩なのにぃ、敬語使わなくていいのぉ?」
「ララノラもセーリーラも英雄だろう?それに、ミズキちゃんも。ユフィアナちゃんは違うけど、まぁやっぱり、後輩とも気軽く接したいしね。敬語なんて使わないで良いよ」
「わぁーっ、やっぱぁ、モッテモテのヴェクってぇ、かっちょいいこと言うぅ~!ヒュぅ~!」
「ララノラ、別に俺はモテてないし、俺はセーリーラ一筋だから、他の女には目もくれたりしないよ。安心して、セーリーラ」
「わ、分かっている」
「そこで何でぇ、話の方向がララじゃなくてぇ、セーちゃんに行っちゃうかなぁ……」
「お、おぉい!何故、何故に!セーリーラが英雄になるんだよぅ!」
あれ、話に聞いてない?とヴェクが顔をこちらに向ける。
「セーリーラは英雄……というより、むしろ、勇者かな?」
「えぇ――――っ‼」
新事実発覚!この部屋には世界で五人の勇者のうち二人がいる!
「ちなみに、俺もだよ」
訂正します!この部屋には世界で五人の勇者のうち三人がいる!
何か最近展開早くないですか⁉
えへへ……猛スピードで進めてるからかな?




