3「ア」
「じゃ、俺らはこっち、お前はそっちだな」
「待たなー、水樹ー」
「隣にいるから、会いたくなったら来てね?」
優しいのはさやかだけですか、と零して、わたしは笑みを浮かべる。ララノラに質問攻めにされたり、飾り立てられたりしない限りは良いのだ。ああいうキャラは結構好きだし。
「ありがと、行ってきます」
「お?やけに素直じゃねぇか」
……カチン。
「颯、交換してあげてもいいんだよ?」
「行ってらっしゃいませお嬢様」
おいお前もしっかり嫌がってんじゃないか!
「失礼しまぁす……って、ここわたしの部屋だっけ」
「お、誰か来たようだ――」
「あれ?セーリーラ?」
2号室のドアを開けると、奥から凛々しく大人っぽい響きを孕んだ声が響いて来た。聞き覚えのある口調と声に反応して、わたしは部屋をのぞき込む。
「……と、ララノラ様ね」
「あぁーっ、ミズちゃぁん、来たんだねぇ!」
「はい、来ましたよ。だってここ、わたしたちの部屋ですからね。えーっと、わたしから提案なんですけど。ルームメイトということで、敬語はなしにしません?」
そうなのだ。せっかくの学園生活!身分を気にしてへりくだりまくって行儀上の言葉しか返せなくて本物の友情ではなく敷かれたレールの上に乗っかった『ご学友』を拾っていくだけではつまらん!
ということで、敬語なし制度を導入させようと思ったわけである。
「ふむ、興味深いな。ミズキ殿はしっかり奥まで考える人格のようだ、己も信頼している。故、己は訳を聞かずとも賛成しようではないか」
え!何々、わたしそんな出来た人間だと思われてる⁉違う違う、青春謳歌のための地盤作りでございますよ⁉
「ミズちゃんとセーちゃんがそーゆーなら、ララも反対なぁし!」
「――ということで、敬語はなしにしよ、ね?えっと、セーリーラとララノラ、かな?ラが多いね」
「そーだねぇ」
「ミズキ殿にはないのか、少し悲しいな。おや、ユフィアナ殿もないではないか。仲間はずれでなくて良かったな」
セーリーラの純粋な笑みに抗えず、わたしは思わずほにゃっと頬を緩めてしまう。セーリーラの性格と顔が合わないのがギャップ萌えで最高です。
セーリーラの後ろで、四つのうち一つの椅子に腰かけて足をぶらぶらさせているララノラと目が合う。なんだ、大丈夫そうじゃん。エロい体の精神年齢3歳の人ってことね。いけるいける。それより――。
「部屋、すごくない?」
「だよねぇ、ララも思ったよぉ。ララもねぇ、こんなすごぉい部屋、住んだことないよぉ」
「それはないのではないか?だが己も驚いたぞ。まさか学園の寮で、こんな豪華な部屋が頂けるとはな。さすがは露河学園」
キラキラした目で、周りを見回してみる。学校の寮って普通、こんな豪華じゃないよね?と問いたくなるような部屋だ。
まず、個人部屋がある。そこからおかしいよね?リビングには大きなテーブルに椅子が四つ。奥に右からお風呂、洗面所、トイレ。右全面、キッチン。でかっ。左に個人部屋の扉が四つ。
上にはシャンデリアが五つ、テーブルクロスはレース(繊細で全部織ってある)、模様が豪奢すぎて根気あるなぁと感心するほど。椅子は綺麗に滑らかにやすりがけしたつるつるでピカピカの光沢椅子と呼びたくなるほど眩しく磨かれている。もちろん、元は木だ。
「個人部屋は決めたの?」
「まだだ。ユフィアナ殿が来たら決めようと思ってな」
「偉い!偉いよ、セーリーラちゃん!」
「おぉ、そうか……?」
セーリーラが不可解な顔をしているが、わたしは彼女の肩をポンと叩き椅子に座る。うわっ、と声を出しそうになる。滑るほどツルッツルだ。
「うぉっ」
「だ、大丈夫か、ミズキ殿?」
「あぁ、うん、大丈夫だよ、セーリーラ。この椅子、ツルツルですね……」
指でそろそろと椅子を撫でてみる。蝋で固めたような感触がする。すごいな職人さん。
上にあるシャンデリアも、落ちてきたら即死間違いなしの一品だ。すごいな職人さん。
と、コンコン、とか細いノックの音が聞こえてきた。きっと、ユフィアナだろう。わたしはすぐに、ドアを開けに行く。
「はい、誰でしょう?」
「わ。えと、ユフィアナ・エルメリック=カーリーラです」
「お、来た来た~。セーリーラ、ララノラ!ユフィアナさんが来ましたー」
と言ったところで気付く。皆さん名前の最後がア行です。わたし?ンとィときです!うわぁん!
ふきふき、ふきふき。ごしごし、ごしごし。
「ごめんねみんな」
「いいよー、ユフィアナたん」
「ユフィアナ殿が可愛らしいと言うことは伝わったぞ」
「ユフィちゃん、そんなことで凹まなくていいよぉ。そしたらララ、いつだって凹んでないといけないもぉん」
「それはそれで駄目じゃないっスかね……」
わたしのツッコミも空しく、握る雑巾は水……いや、紅茶浸しだ。真っ茶色の水分を含み、ぼしょぼしょになっている。
状況説明をしよう。そそっかしいユフィアナがルームメンバーとなり、改めて皆で軽くプチお茶会を、と紅茶をすすっていたところ、熱かったのか、ユフィアナが――ユフィアナの尊厳に関わるので、あとはお察し下さい。
「よいっしょっと、これで終わりかなー?」
「ん、おわり。ありがと、みんな。たすかりました」
「いいっつの。ほれほれ、お茶会の続きをしようじゃないか、ユフィアナたん」
こんな可愛らしい子に「たん付け」をしない意味が分からず、遠慮なくユフィアナたんと呼ばせて頂いている。こういうそそっかしくてふわふわしてて危なくてちまちましててゆるゆるしてて、みたいな子、わたしは大好きなのだ。
「ふ、ふぃぃ……」
突然、部屋に可愛らしい声が響き渡る。いや、声というより情けない泣き声だろうか。わたしは、すぐに泣き声の方向を振り向く。そこには、つい先ほどまで笑顔でわたしたちにお礼を言っていたユフィアナの姿があった。
「ユ、ユフィアナたん?」
「どうしたのだ」
「みんなにたべてほしかったおかしわすれちゃった」
「それで泣くか⁉まっ、可愛いから許すけども!」
「ユフィアナのだいこーぶつなの」
「そ、そうなのか」
隣に座っているセーリーラが、ポンポンと軽くユフィアナの肩を叩いて落ち着かせ、癒してやる。麗しい女性二人が肩を並べて慰め合う姿はとても美しい。が、ツッコミどころ満載でわたしは大忙しだ。
「とりあえず、ユフィアナ殿の菓子ならば、大丈夫だぞ。側近に連絡すればすぐに持って来てくれるのではないか?……可愛らしいな。可愛らしいぞ。己はユフィアナ殿と出会えてよかった。運命に心から感謝しようではないか」
「さりげなーく詩的表現使って感動的な場面にしようとしてるセーリーラに乾杯&完敗です」
「ララもぉ、ユフィちゃんがいればそれでいいよぉ。ユフィちゃんといると楽しいしぃ」
「貴女が言うと獲物を狙う猛獣の発言にしか聞こえん!背筋が凍る!ユフィアナたんガンバ」
まったくもーこのルームメンバーはツッコミ甲斐があって非常に嬉しいったらないよ、あたしゃ。




