露河学園
そして、ついに入学の前日。女王の手配で、わたしたちは入学試験を受けないで学園に入れるようになった。もちろん、一般生徒には内緒だ。だってバレたら絶対ハブられちゃうよ!
明日の朝、すぐにわたしたちはアスートの何度も使える――そう、凛子と違って、一日に何度でも使える空間移動魔法で学園まで連れて行ってもらうことになっている。もちろん、この魔法が使えない生徒は(というか使えるのは全人類でわたしたちだけかと思われる)今日の夜から馬車で学園まで行くらしい。
「学園の説明は受けてないらしいね。僕はこれでも結構詳しいんだ。軽く教えることはできるけど、どうする?僕はどっちでもいいよ」
とアスートが今日の朝言ってくれたので、「あ、聞きたい。わたしたち実は学園の事何も知らないんだよね」ということで、じっくり聞いておくことにした。
わたし、颯、凛子、さやかはテーブルの向かい側にいるアスートと向かい合い、話を聞く準備を整えていた。
「じゃあ、まずは『露河学園』の基本的なところから。露河学園は、露河の最北端にある。最北端と最南端は気温を感じることがない。熱さも寒さもないんだ。ちなみに最南端は王族の住まいだよ。ファンナツィン様の故郷さ」
おぉ、学園は『露河学園』と言ったのか。まずはそこから始まるぜ。
「露河学園は三年教育。一年目では地理や歴史なんかを学ぶ。二年目で、やっと実習訓練が始まる。一年で学んだことを生かして、実際に戦闘経験を積むんだけど……君たちには慣れ過ぎていてつまらなく感じるだろうね。三年では社交と実技が両方取り入れられる。つまり、万能家庭教師みたいなものさ。寮もついている。食事も出るし、掃除はやってくれるよ。君たちはそこで暮らすことになるだろうね」
何だよオーヴォシュリ先生とレルロッサムを雇ったわたしの苦労!レルロッサムが死なないで済む可能性がここにあったよ。ごめんね、レルロッサム、わたしのせいで。早く学園行っとけばよかったね。
「一年生の教室は一階、二年生は二階、三年生は三階、教職員室が四階、そして屋上もあるよ。側には、君が考えたジムが作られている。これは高技術だって言ってね、ミズキちゃん?」
「う……そんな凄いジムじゃないよね?ただの建物のはずだよ?」
わたしはただ、ジムのように広めで魔力をぶっ放しても耐えられるような建物を作ってほしいとお願いしただけだ。そこまで凄い建物を作った覚えはない。
なのにアスートは、とぼけても無駄だよ、みたいな表情で、少し瞳を見開きながらわたしに言ってくる。
「君が開発したジムは耐久性が非常に高いらしいんだ。だから、学園でも用いられたらしい。もちろん、魔力を全力でやったって壊れない、剣で傷つけても全く無傷。だから、教育の場でも使われているんじゃないか」
「ちょ、アスート、あれはただの建物だよ?そんなすごいこと――」
「あ、心梨ちゃんが、聞いたことがあるわって。ちょっと待って、今心梨ちゃんに変わるね」
不意に、さやかが手をパチンと打って報告をくれた。しっかりと夢楽爽内の情報を把握している姫ならば、無駄に強いらしいジムのことも分かるだろうか。責任追及とか言われても困るし、早めに知っておき
たい。
「ふぅ。久しぶりね、ミズキちゃん。それに、リンコさんも」
「おぅ、姫さん!」
「しばらく、心梨。で、凛子、その微妙に距離のある『姫さん』って呼び方、なんか嫌です。太腿おっさんズを思い出します」
「太腿おっさんズ?……あぁ、サンシンスンセンか。まぁいいだろ。お前と姫さんはかけ離れてるぜ」
地味にイラつくことを言ってくる凛子を軽く小突くと、わたしは心梨に優しい笑みを向けた。わたしだって、可愛らしい笑みを浮かべることくらいできるのだ。二年前に自分が可愛いと知ってから、少し勇気が出た。
「心梨もさやかも一人で二人、ほぼ五人で学園に入学するような形になるんだよね。だったら、心梨も話を聞いておいた方が良いかもしれない」
「分かってるわ、ミズキちゃん。えっと、確かにジムの話だったわよね?サヤカちゃんから聞いてるわ」
お願いします、と言って心梨に話を振る。ジムがとてつもなく強く改造されていたりしたら、夢楽爽の人々は結構、かなり優秀だと思う。なのに何で最下位だったんだろうなぁ?わたし以外の夢楽爽に来た移民さんは何もしなかったのかな?平民だったとか?わたしが超絶ラッキー的立場にいるみたいな?
「ミズキちゃんがリスタート・騎士特訓用にジムを作ってくれたのはほぼ二年前よね。ある一人の研究者が、もっとこのジムを強くすることはできないのかって興味を持って、ジムを調べ始めたの」
え、ちょっと待って。ここでその研究者さんがわたしに会いに来て「あの素材は何ですか⁉あれはここをくっつけたのでしょうか、それともここをはめたのでしょうか⁉」とか言い出しても、「作ったのわたしじゃなくて夢楽爽の人だから知りません」なんて言って追い返すわけにはいかないよね⁉ていうかわたしに会いに来ないと思うけど。
「発案者はミズキちゃんよね。でも、土木工事や建築なんかを専門として働いていらっしゃった方がいらして、わたくしたちに助言をくれたの。このジムはここが弱くてここが脆い代わりに、ここが強く作ってあるからここと同じように作ればもっと強くなる、とか」
おぉすごいよその人!一回くらい話してみたいなぁ。何歳くらいなんだろう?
「その方と研究者の方は協力して、今のジムを作り上げたのですわ。ミズキちゃん、お二人が貴女にお会いしたいと仰っていたわよ」
E……?えええE⁉そりゃないわーって言ってたらそうだったぱてぃーん⁉わぁお。どびっくりだわ。
「マジですか……」
「『マジ』だわよ、ミズキちゃん」
心梨が、キラキラ輝いた真ん丸の目でわたしの瞳をのぞき込んでくる。
「うぅ、可愛いなぁ心梨は!で、その研究者さんと建築さんはどこに?会いたいなら時間を見て会ってみても構わないよ?」
「きゃっ!すぐに報告するわ。もちろん夢楽爽で二人仲良く暮らしていらっしゃるわ」
若くして神童・天才と呼ばれた美女研究者&若くして縁の下の力持ちと呼ばれた美男工事お兄さんだったりして。ぐふふ。エロい体のお姉さんと爽やかに前髪をかき上げるお兄さんが見えます。
「お手紙を書きたいけれど、便箋も封筒もないわね……」
「郵便なんだね。魔法で言葉を届けるとか、そういうファンタスティックなのはないんだ。ファンタジー要素があるところとない所があって面白いかも」
「ふぁんたすてぃっく?ふぁんたじー?よく分からないけれど、言葉を届ける魔法ならあるわよ?」
「あるのね」
心梨は、懐から薄く煌く透明な石を取り出して、そこに口を近づけて言葉を託す。
「イルゼット様、モールクレットー。レムーテリン様から、面会を許されるとのお言葉がありますわ」
そう言って心梨は、石をわたしに差し出した。思わず「えっ」と言葉を漏らしてしまう。心梨は頼もしく頷いて、更に差し出してくる。仕方なく受け取って、出来るだけ優美な言葉を選んで話し出す。
「初めまして、レムーテリンと申しますわ。研究者様、……方、今回はジムの改造、有難く思っております。わたくしが発案者ですが、お二人のお力と発明でとても強く、学園でも取り入れられるほど上出来なジムになったと伺っておりますわ。これも全てお二人のおかげ。本当に心から感謝を述べさせていただきます。また、この言葉だけでの会話など侘しいものです、わたくしとお二方のお時間のご都合が合います時、一度お話をと思いまして――つきましては、この……言葉の返信の際にご都合がいい時をお知らせくださいませ。お時間がないようでしたらもちろん断っていただいて構いません。また遠慮も必要ありません。お返事をお待ちしておりますわ」
そこまでで打ち切って、わたしは石を心梨に返して、ふぅと一息ついた。久しぶりのお嬢様言葉はやはり疲れる。ふと隣を見ると、颯が声を殺してクツクツと笑っていた。
「何笑ってんのよ」
「え?いやだってさ、あんな優雅な言葉、水樹らしくねぇし」
「確かにそれは自分でも思うよ。でもそれを他人に言われると何だか嫌だなぁ?」
そう言うと即座に颯は謝……らず、わたしに向けてガードを出した。
「おい!」
「あ?何だァ?」
「っ、今すぐあんたを燃やして消し炭にしてあげよっか?」
「それはやめて下さいませ水樹様お願い致します」
すぐにガードを消したから今回は許すものの、今度はちょっぴり火傷……何でもないです。
「ということですわ。レムーテリン様は、お二人のお時間が合う時にお茶会を催したいと考えておられますので、何卒返信を宜しくお願い致します」
そして心梨が、石をぎゅっと握りこんで、息を吹きかけた。瞬間、石が消えた。
いや、比喩的表現ではなくて。泡のように、シュワッと、一瞬で。光が舞って消え去ったのだ。
「あれ?ちょ、石どこ?」
「今お二人に送ったわ。すぐに興奮した声で変身が来ると思うから、少し待ってて欲しいの、ミズキちゃん」
「あ、はぁ、分かった」
ふぁんとぅあすてぃっく、ふぁんたずぃー。今ので遅れたんだ。凄いな。やっぱりこういう世界はこうでないとね!盛り上がるし。
それにしても、研究者と建築さんの名前は何と言っただろうか。よく分からなかったのだが。……確か、建築さんは結構可愛い名前だったような。研究者は格好いい感じの。
と、そこに返信が戻ってきた。
次の投稿は、七月二日ごろかと思われます。
(早くなる可能性はほぼゼロですが、遅くなる可能性は少しだけあります!すいませんっ)




