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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第二章
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ゴールドタイム

「わ、分かってる、皆の事、嫌いになんてなれない。でも、颯と顔、合わせたくないよ……」


 長い時間をかけてぶちまけ終えた後、わたしはよろよろとリビングに向かっていた。少しはスッキリしたが、気分は晴れやかにならない。これだけで狂っていたら一生狂い足りない。もう少し冷静にならないと駄目だ。


 気持ちを割り切って、リビングに繋がるドアを開ける。


「ぁ――」

「……」


 突然押し黙る皆。何と言ったらいいか分からず、頭が真っ白のまま来てしまったことを深く後悔しながら、わたしは虚ろな目で皆を見回した。


 分かってる。瞳に光がないことも、今言った方が良いことも。だから――


「水樹!」


 沈黙を一発で破られたことに、大きな安堵と大きな驚きを感じた。


「ぅぁ」


 口から、変な吐息が漏れる。彼がバッと立ち上がって、見開いた瞳でわたしを見つめて、近づいてきたからだ。体は拒絶反応を示しているが、気持ちはよく分からなかった。されるがままだ。


 彼は、わたしの手を取って、軽く俯きながら言う。その内容なんて、分かり切っている。故、わたしはこの行動をとる。


「水樹、さっきのこと――」

「何も言うな。興奮して憤ったのはわたしだ。颯の落ち度などないに等しい。ただわたしがまくし立ててしまっただけだ。わたしを、許せ」


 言葉がいつの間にか今までにないほど尖っていることにも気づかずに、わたしは颯の瞳を見つめ返した。精神状態は良好だ。彼を前にしても、それほど自我が揺らがない。絶好の滑り出しだ。


 謝り倒すのが正解だと思った。全面的に悪いのはわたしだ。嘔吐しながら、わたしは会話を振り返っていた。その場ならどれほど思い出しても、受け止める場所があるから、一つ一つの言葉を反芻するのには最適だ。全部、わたしの言いがかりだ。わたしが理不尽に自分を悲劇の主人公にしただけだった。


「水樹――」

「しばらく二人きりになりたいと思う。わたしの部屋に来てほしい。構わないか?」

「……分かった」


 少しばかり不服そうに、颯がリビングを立ち去る私の後を着いて行く。ドアを出てから閉める前に、前を向いたまま後ろにいる皆に告げる。


「あとで、皆にも謝る。それまで少し、颯と話し合わせてくれ」


 無言で歩き出す。わたしの脳味噌は、状況に付いて行けないまま、情報をあまりにも詰め込み過ぎてしまった。全てが早すぎた。もう少しだけゆっくり、スローペースで状況が進行してくれればよかったのに、などの泣き言は現実には許されないことをわたしは知っている。凛赤のところにいたときに、どれほど思い知ったことか。


 わたしの部屋のドアは完全に開いていた。濡れたカーペットの後を隠すように足で踏みつけ、颯を中に招き入れる。彼は、真顔で座った。


 わたしは、颯の向かい側に正座して、話を切り出した。


「まずは、すまなかった。わたしの変な言葉で、お互いの気持ちを乱してしまった。申し訳――」

「水樹。俺、お前に謝ってほしいなんて思ってねぇから」

「……?」


 ワンモアプリーズ、なんてことを言えるはずもなく、わたしはただ不思議な事態に押し黙った。予定というか、希望通りに事が進めば、ここで颯はわたしを許して、自分も悪かったと謝り、少し関係は違うものの、ほぼ今までと同じ通りに青春学園生活を謳歌するはずだったのに。


 ……あぁ、そうだった。現実って言うのは、わたしの希望通りに進まない、必ずどこかでねじり曲げるものだった。なら、事態に応じて返せば、嘘にならないことを言えばいいだけ。そうすればまた現実は歪むだろうけれど、わたしは絶対に屈しない。


 思っていることと全てが真逆に、それも悪い方に行くことを考えろ。そういうことを引き起こす人間なんだと、理解すればいい。これからもその大変な目に遭い続けて、そのたびに絶対不利な状況をひっくり返す。その覚悟をせねばならない。


 颯の顔を見つめ直したわたしに、彼は一言、告げる。それが、わたしの覚悟をいとも簡単にぶち壊す一言だと、知らずに。



「俺、自分が間違ったなんて思ってねぇよ?」



「―――ぇぁ」


 口から掠れるように零れ落ちたそれは、涙でぐちゃぐちゃのカーペットの上にそっと降り立ち、儚く消え去った。


 覚悟を、したじゃないか。現実は、理想より、予想より、遥かに上回る。残酷な、ただ残酷でしかないものなのだと。それに、わたしは悪を背負っている。それは、自分にも通用するものだったのだ。だから、彼が今口にしたことも、決して、ある意味、逆の意味で、想定外ではなかったはずで――


「ぃぅ」


 喉が掠れ、意味不明の言葉がまた飛び出した。分かってる。知ってる。自分が予想していない、想定外の事だったと。予想は軽く裏切られるものだから。だから――もう、何言ってんのさ。


 心の中で頭を抱えて、きつく目をつぶり、次の颯の言葉を待つ。わたしからは話せないし、颯の言葉も聞きたくない。でも、聞くしかない。気持ちが通じたのか、颯は言葉を紡いでいった。


「水樹と白宇野は違う。どっちが上とか下とか、そういう評価、つけらんねぇよ?」

「っ、あぁ」


 必死で、相槌を打つ。確かに、わたしと玖美玲は全てが違う。でも、上下の評価を付けられないのはおかしいと思う。


「確かにさ、俺が付き合いやすいとか話しやすいとか、側にいて落ち着くとか、そういうのは二人とも違うぜ。あのー、図書館ガール……鈴田だっけか?それに、夏端とか夜桜とか。全員違う。それぞれ感じることは、文字通り十人十色だ。だからこそ、言える」


 何も言えない。颯が正論すぎる。言い返すことも、言い返したいとも、出来ないし思わない。確かにわたしだって、煌紳や泰雫、笑照、颯にナイテクストなど、全員に感じるもの、ことは全て違かった。聞きたくなかったはずの颯の言葉が、続きが、早く聞きたくて仕方ない。


 彼は、一度唇を閉じて、またゆっくりと開ける。その動作が妙に艶っぽく、その仕草が妙に色っぽい。


「俺は、水樹と白宇野は、本で言うと、ジャンルが違うと思うんだ」

「ジャン、ル?」


 思いがけない言葉がポンッと出ていて、わたしは戸惑いながらインコのように聞き返す。彼は、しっか

りと頷いた。


「そう、ジャンルだ。ファンタジーバトルと学園ラブコメみたいな、全くの別物。比べようがない。考えてみろよ、水樹。例えば、俺とアスート。比べようがねぇだろ?」


 確かに。颯は獰猛だけれど繊細で考えなし、つい口出ししてしまうような、それであって頼りたくなる。でも、たまに自分本位になるところがあり、そこが困りもの。わたしが言うのもなんだが。


 アスートは確かに颯のしっかりしている部分は似ているけれど、芯はしっかり持っている。逆に、全てしっかりきっちりしていないと気持ち悪いといいそうだ。そこが頼れるところではあるが。間違いをしても笑って厳しく許してくれそうな人だ。まだそこまで沢山話したわけではないけれど、常日頃話している同居人、何となくでも人格くらいは分かる。


「颯とアスートは、人が違い過ぎる」

「俺も、同じ感じだぜ、水樹。俺にとっちゃぁ、水樹と白宇野はかけ離れた存在だ。俺の中での居場所が、違う」


 前にも言われた言葉だ。それでわたしは、心をズタズタにされた。それは勝手な、ただの悲劇のヒロイン気取りで。


 でも今は違う。全く違う。暖かい響きを持って、わたしの心にじんわり染みてくる。こんなありきたりな表現で伝わると、わたしだって思っていない。でも……例え方がそれしかない。スープがパンに染みるような、一瞬でじわっと行くようなものではない。パンの繊維一つ一つをスローモーションで、スープが染みていく様子を見ているような、そんな感覚だ。


「いや、居場所って言うより、いる場所って感じか?」

「意味的には同じだぞ」

「分かってらぁ。とにかく水樹。俺は別に、自分が間違ったとは思ってねぇよ。だけど」


 颯は、わたしを見据えて、一歩近づいた。そして、真っ赤に染まった顔で、必死にわたしに語り掛けてくる。顔が、近い。吐息が聞こえる。否、吐息を、感じる。


 鈍感なわたしでも、さすがに分かる。あと一言。あと、一言だ。その一言を言ったら、わたしは、わたしたちは――


「お前を、水樹を。無意識に傷つけちまったのは後悔してるんだ。謝りたいと思ってる」

「ん」

「で、二個お願いだ。その、話し方を直してほしいんだ。調子が狂う」


 彼は、恥ずかしそうに頭を掻きながら一つ目のお願いをした。もう、心が甘い。あんなに苦しんだのに、傷ついたのに、それをされた本人によって、傷が埋まって行く。何のお願いだって、聞いてあげる。そんな気持ちになってしまっている。


「善処、しよう」

「二つ目の、お願いだ。これはもう――察しろ」

「颯……」


 こんなに熱く、とろけそうな雰囲気を、今までに感じたこともない。肌がざわめき、震える。もちろん、いい意味でだ。体は彼を拒絶することもなく、むしろ受け止める体制を作りつつある。


 颯の顔が、ぐっと近くなる。反射的に、瞼を閉じてから、正解だと自覚する。


 無意識に喉から洩れる呻き。だがそれは、優しく包み込まれるような響きを持つ。熱さも何も気にならない。颯の唇を超えて飛び込んできたものまで、ふわりと受け止めてしまった。絡み合う、混じり合う。これで、二人を阻むものは消えてなくなった。もう何も、二人を引き離すことは無い。


「――って、違くない⁉わたしの妄想癖、どうなっちゃってんの⁉」

「ぅおっ⁉み、みみみ水樹、どどどどうしたよ⁉」

「はわっ⁉」


 いきなり叫んだわたしのせいで、二人が同時に慌てふためき心が乱れまくる。呂律が回らなくて、顔を真っ赤に染めながらもわたしを心配する颯を見た瞬間、ぼぅっと顔が熱く、赤くなるのが自分でも分かった。


「ななななんでもなかったりしちゃうし?ベべべ別にまったく何も存在してないといいますか?ははは颯には一ミリメートルも一マイクロメートルも関係性がないわけでありまして。ととととにかくわたくし羽葉澤水樹、ただいま絶好通常運転中であります!道路交通法もきっちり守っております!ゴールド免許取得!アクセルブレーキ共に全く問題なし!至って平常です!」

「ななな何言ってんだかよく分からんけど、とりあえず」

「ん」


 颯の冷静に慌てている声に反応して、わたしは即座に正座し直した。颯は、わたしの目を真っすぐ見つめて、言葉を探すようにした。


「……ゴールドからシルバーに落とすなよ?」

「あ……⁇」

「免許だよ」


 その後、颯がわたしに呆れられて無理矢理二度目の接吻を迫ったのはまた別の話である。


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