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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第二章
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ただ逃げる


いきなりのことすぎて頭の中が混乱している中で、颯にあんなことを言われた。今までの疲れが、どっと押し寄せる。


颯たちに出会ってから、全てが早すぎたんだ。すぐに颯たちが裏切られて戦いが始まって、緊急応援を要請して、仲間が死んで敵を殺して、倒れて、痛くて、情報整理をして本を書いて、碌に悲しみも苦しみもせずにただ人を癒して――。癒せてた?


 癒すふりをして自分を癒してた、それは言いすぎ。だと思う。自分可愛さじゃないことを祈る。自分が分からない。生きている感覚がない。


 頬の上でからからに乾く涙の跡をそっと手でなぞる。あれからどれだけ経っただろう。外は……暗い。


 情けなさすぎるわたしがいる。大人げない、背中を丸めて感情のない瞳で空間を見つめる。


わたしには分からなかった。全てが。この世が。世界が。人が。自分が。誰かが。あの人が。たったこれだけのことで精神を削られるわたしの脆い心が。鋼になれない体と心が。ずたずたに引き裂かれた心が。心が、心が、心が心が心が――。分からない。嫌いだ。大嫌いだ。魔人共の次に――いや、同列に憎んでいる。


何でわたしなの?何でわたしが露河に来なくちゃいけなかったんだろ……。全部スイジュのせいじゃないの?あの木がなかったら、今頃平和に天乃雨でちゃんと笑えてた。死を、鮮血を、どす黒さを、目の前で

感じることも見ることも聞くことも触ることも、なかったはずなのに……。







 夢を、見たんだと思う。幻を。偽りの未来を。美しい優しい世界を。


 蝶と花びらが舞い、爽やかな緑が視界を彩る。隣には……背の高い彼がいる。二人で会話をしていて、楽しそうに笑う。わたしは暗くない。辛くない。疲れていない。充実した気持ちいい笑みを浮かべて。まるで、露河を知らなかった頃のわたしのように。


《颯は、覚えてる?》

《何を?》


 不意に、会話が聞こえてきた。目の前がはっきりしてきた。わたしと颯が、お洒落な椅子とテーブルでお茶を飲みながら、話している。穏やかな日々を過ごしている証、体には傷も何もなかった。浮かべるたおやかな笑顔は、今のわたしには到底浮かべられないような優しい笑みで。


《デウムを失って、魔人を殺して、玖美玲に会いに行って、わたしが――》

《覚えてるぜ、あのことは。覚えてねぇわけがねぇ。あれを忘れたら俺はもう、駄目だ》


 きっと、颯はわたしをかばったんだろう。言いたくないことを言わせるようで、それが嫌で先回りしたんだと思う。彼は、そういう人だから。


《あれから、まだ少ししかたってないよね》

《一応、五年くらいはたったぞ?》

《体感では、だよ。……颯は、自分が好き?》

《俺は……自分より、お前の方が好きだぜ》

《――馬鹿。そういうことを言ってほしかったんじゃないのに》

《いいだろ?別に、バカップルでも》

《外聞が悪いよ》

《それでも、俺らの愛は本物だ》

《もぅ……ずるい》


 これは何?何何何⁇わたしを苦しめたいのか。これがわたしの理想だって言うのか。やっぱりわたしは颯が好きだって言うのか。


 夢の中のわたしが立つ。それに合わせて、颯も立つ。二人が、ゆったりと近づいて、わたしが瞼を伏せる。顔を少し傾けて、彼を待つ。


 颯が、近づいて、血の通う唇をわたしの唇に近づける。甘く滑らかでとろけるような感触が、全身を伝う。


 気持ち悪い、見ていたくない。


《わたしは、わたしが嫌いだよ》

《俺は、お前が好きだよ》

《わたしも、颯のことは好き》

《俺は俺が……俺を分かってやれねぇから、何も言えねぇな》

《颯らしい答え。ホント、馬鹿みたいだよ》


 二度目の接吻。現実のわたしには、嘔吐感が込み上げて来て、生理的苦痛を訴えかけるように涙が出てきた。少し朱色をしている。血が混ざっていた。


《ヤベ、恥ずかし》

《だから、馬鹿。それを考えたら、わたしたちは終わりだよ》

《……でも、俺がお前を好きなのは変わんねぇよ?》

《真顔で言うなっての……照れる》

《それを言ったら終わるんじゃねぇの?》

《終わりませーんだ。馬鹿》

《四度目だぞ》

《馬鹿》

《おい》


 何気ない日常のやり取りが心を抉る。体が苦くなって、酸っぱいものがせり上げてくる。肌は粟立ち、鳥肌で溢れている。目を伏せたくても、伏せられない。怖いもの見たさ?違う。何だこれは。これは、何……⁉


《颯。わたし、颯――――》


 突如として訪れた砂嵐。目の前の光景が崩れ、音が遮断される。意識のみが漂う世界に誘われるがまま、わたしはただ気持ち悪さに耐えていた。


 理想のはずなのに、絶対に見たくない光景のような。今だけの、話なのかも、しれないが。







「――ぐはぁ――っ‼」


 目を覚まして最初に感じたのは、背中をびっしょりと濡らす不快な汗と、うるさく鳴りやまない自分自身の鼓動の音だった。


「い、今のは……夢」


 気持ち悪かった。何でわたしが、颯とあんなことをして、笑って、にこやかにこの頃を振り返って……苦い。


「ぅおふっ――」


 何故だろう、こんなにも嘔吐感が込み上げてくる理由が分からない。アニメやら何やらで、何度あの光景を見た事か。なのに、めまいがする。


「は、早く、皆に会わなくちゃ――」


 とりあえず今はトイレに行ってから思い切り、ぶちまけてその後皆と色々――


「ぉぶっ」


 何より先にトイレに行かないとまずい。わたしは、背中側のドアを開けて、逃げるように――否、逃げた。何から?きっと、あの夢から。不快感から。嘔吐感から。頭痛から、腹痛から。想いから。人から。皆から。颯から。自分から。全てから。大嫌いなものたちから。


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