選考会
困惑した状況の中、それは始まった。
「こちらが、依頼の書類ですわ」
「心梨様……素晴らしいお方なのですね」
不思議そうな顔をする心梨を前に、わたしは青ざめていた。料理人候補の書類が多い。多すぎる。少なくとも、五百枚以上ある。それに、翌日に面会が出来るとは思ってもみなかった。朝っぱらからゴテゴッテンである。
ぬはあぁああぁあぁっ!これ、四人で捌くの大変っ!
「どうぞ、ご自分が信頼できるお相手をお探しくださいませ」
はぁ、と頷きながら、サティに書類を手渡した。予想以上の遥かに上を行く量だ。さぞかし重いだろう。
「ふふ、クッキー、楽しみにしておりますわね」
「はい、お楽しみに」
「どうか、されましたか?」
いえいえ、健康状態バッチリです、と答えて、鳴りそうなお腹をグッと抑えた。昨日から何も食べていない。さすがに大広間に集まっても、なかなか収まらない。
「それでは、またお会いしましょうね。アリナーラ、片づけを」
「はっ」
「失礼、致しました……」
どべーんとお辞儀をすると、サティが後ろで苦笑した。
「多いですね、この量は」
「この世界でも多いのね。これが普通だと思ったわ」
わたしが愚痴を漏らすと、サティが「露河の基準もご存じないんだわ」と呟いた。
親不孝者で、すみません。ん、側仕え不孝者か。
「とにかく、今日一日……二十四時間、1040分あります。四人で捌きましょう」
「えぇ、そうね。でも、1040分と聞くと、安心するわね。桁が大きくなるから」
そうですね、と笑いながら、サティは部屋のドアを開けてくれる。
「面会してきたわ。料理人以来の資料が、これだけ集まったの」
わたしが言うと同時に、サティが泰雫に書類を手渡した。
「なんと……多いな」
「えぇ、そうです。とても多いのです。1040分で、4人で捌きましょう」
「フッ。なんとも頼りがいのある言葉だな、サティ」
二人が笑ったところで、わたしは書類の確認をしていく。
「男性候補は煌紳と泰雫が、女性候補はわたくしたちが見ていきましょう。料理人は2人で構いません。男女二人ずつです」
「貴族と平民のペアはどういたしますか?」
「構いません。その二人が協力できそうならば、貧民と上級貴族でも良いですよ。貴族が平民を蔑んだり、平民が貴族を舐めて自分第一にならないような関係なら、許しましょう」
「畏まりました」
3人から力強い返事が返ってくる。わたしとサティはソファで、煌紳と泰雫はテーブルで書類を見始める。
「そういえば、サティ。3人の身分は何なのですか?」
「わたくしは中級貴族です。2人は上級貴族出身です。安心感があるでしょう?」
「サティだって、信頼できますよ?」
「あら、お褒め上手ですこと」
わたしたちは、また書類を捲り始める。
どれほど経っただろうか。向こうから、「彼で決まりだな」「うむ」という声が聞こえてきた。
「決まったのですか?拝見します」
わたくしが席を立つと、煌紳と泰雫がこちらを向いた。
「ミズキ様、彼はどうでしょう」
見ると、下級貴族のユーザンドという人らしい。写真を見ると、とても優しそうな金髪をした、爽やかイケメンだった。グッド。
「えぇ、構いませんよ。わたくしは賛成します。では2人とも、こちらを手伝ってくださいませ。あと100枚ほどですから」
わたしがとびっきりの笑顔で言うと、2人もとびっきりの笑顔で、「お断りしたいところですが、主上の命ならば……」と左の部屋に移ってくれた。
「さぁ、再会しましょう」
わたしが手元にある書類を少し2人に分けると、サティも真顔でこちらを見て、すぐにわたしと同じくらいの量を2人に渡し始めた。
「女性候補は多いな」
「そうだな」
だいたい、女性候補は350人、男性候補は150人だったのだ。いや、男性候補だって多いのよ、十分。
わたしたちはペラペラと書類を捲り、良い人材は右へ、候補にしては甘い人材は左へ置いて行く。
「こちらは終わりました」
「私も終了した」
サティと泰雫が終了の合図を告げた。わたしはあと3人、煌紳は最後の1人だ。
「私も終わりましたが、ミズキ様は」
「わ、わたくしとて、あと1人ですよ!」
わたしも急いでその1人を見て、右に置いた。
「わたくしも、終わりました」
「では、この右の書類から、良い人材を選び抜いて行きましょう」
「何名ほどいるか?」
「ザッと見て、50名はいるかと……」
「ご、50名っ⁉」
わたしは思わず、素っ頓狂な叫び声をあげてしまった。
だって、誰だって驚くじゃないか、これだけ頑張って50名。誰か、わたしに殺意を感じている人、いる?
「わたくしと煌紳、泰雫は15名、レムーテリン様は5名で構いませんよ?」
「嫌です。皆で10名ずつ……一度10名ずつ分け、終わった人から順に残りの方を見て下さいませ」
「分かりました。それでは、始めましょう」
サティが手際良く配ってくれる。わたしたちはまた、厳選した50名を左右に分けて置いて行く。
「終わりました」
「わたくしも」
「私も、終わったぞ……」
「わっ、わたくしとて、あと7名ですっ!」
あぁ、生暖かい目。わたし、17歳。
「残りの書類も、3人で見ていきましょう。レムーテリン様は終わり次第お声かけ下さいな」
「わ、分かりました……」
わたしが最後の2名を見ている間に、もう残りの書類はなかった。
「お、終わりましたよ」
「右の書類は?」
「うむ。12名だ。ミズキ様、どのような配分で?」
「決まっていますっ!3、3、3、3ですっ!」
「ふふっ、分かっていますよ」
わたしが言い切った時には、手元に3枚の書類があった。わたしは急いでパラパラと捲る。が、じっくり見ないと合否判定は出来ないものだ。
「わたくしは、終わりましたわ」
「私も終わったぞ」
「私も、終わりました……」
「わっ、わたくしとて、あと1名ですからね!1名!ほら、終わりましたよ!5秒くらいしか差はありませんからね!」
「はい、分かりました。右の書類は?」
「4枚だ。テーブルに並べて、全員で見よう。ミズキ様、構いませんか?」
「えぇ、良いですよ」
わたしが鼻息を吹き出してふんぬぅっと構えていると、サティがテーブルに4枚の紙をわたし向きにササッと置く。
「良いのですよ、3人に見せても」
「いいえ、主上第一ですからね。まず、1人目。この方ですね」
「私が拝見したときには、好印象を覚えましたが、主上はどうです?」
「えぇ、身なりも整っているし、家庭の環境も申し分ないです。上級貴族ね。ただ、ユーザンドは下級貴族ですから、蔑まれては困りますね」
「では、置いておきましょう。2人目、彼女は落ち着いた印象ですね」
じっくり吟味して、2人目はどうか決めていく。3人目、4人目もしっかり見ていく。
「あら?この4人目の方は、わたくしが何度も見た方ですね」
「レムーテリン様が?そうですか。毎回レムーテリン様のところに回ったのかもしれませんね。煌紳も泰雫も、じっくり見ていますから」
「そうみたいね。中級貴族で身分も完璧だし、穏やかそうな物腰で、しかも綺麗な肌をしていて、清潔そう。良い人材ね、と思ったの」
「そうですね。私たちも、全く否定は致しませんよ」
「サティは?」
わたしは、サティのいる左を見る。
「わたくし、ですか?ふふっ、主上がお決めになることですから、わたくしは関係ありませんよ。どうぞ、ご自由にお選びくださいませ。わたくしは、側近としてのコメントを言ったまで。ここから先は主上がお決めになることです」
「そうなの?それならば、わたくしは、4人目の、中級貴族のリッフェルヴィが良いと思います。嫌な人はいない?」
「構いません」
「心配は無用です」
「わたくしも、大丈夫です。ふふっ」
サティが、小さな笑みをこぼした。わたしはそれを見逃さず、すかさず質問する。
「あら、サティのお友達ですか?」
「……あ、いえ、そういうわけでは、ないのですけれど……そうです。幼馴染です」
恥ずかしそうに縮こまるサティを見て、わたしたちはクスリと笑った。
「それならば構いません。料理人は、ユーザンドとリッフェルヴィ。決定です」
「最終候補はこの5人。誰にしましょう?女性も同じく5名です」
料理人を決めたその翌日。朝早くに料理人以来の手紙を送り、今は側仕え候補を吟味している。総合計、600人。
「1人目の彼は信頼できますよ。私の友です」
「2人目は、確かリッフェルヴィと仲が悪いと聞いたことがありますが……」
「2人目は外しましょう。3人目は?」
「ユーザンドの料理に文句をつけた経験がありますね」
「3人目も外します。4人目の彼はどうでしょうか」
「上級貴族です。私たちにとっては良いですが、サティたちはどうでしょう」
「4人目は置いておきますね。5人目は、わたくしが推薦したのですが、どうでしょう」
「彼は、泰雫と諍いがありましたね」
「煌紳!その通りです、主上」
「それなら残るのは、1人目と4人目ですね。それならば、1人目の彼にしましょう。中級貴族の、エキャーニス。構いませんか?」
皆から賛同を得ると、わたしは即座に女性候補をテーブルの上に広げる。
「あっ……」
「どうしました?サティ」
「いえ、何でも。便箋の数が、少なくなってきたかと思いまして」
「あぁ、そうですね。これが終わったら、手続きをお願いしたいわ」
「畏まりました」
サティが笑顔を浮かべる。何事もなかったと判断して、わたしたちは資料に目を通す。結果、3人目のレーランティーナ、上級貴族、4人目のヴァラーペリアン、こちらは中級貴族という杯分になった。
「レーランティーナ様とヴァラーペリアン様、それにエキャーニス様ですね?分かりました。手続きをしておきましょう。レムーテリン様はお手紙をお書き下さい」
「サティ、寒いの?声が震えているわ」
「えぇ、少し」
わたしは、一度大広間に行って、床に「暖」の字を書く。すると、3番目の部屋全てが、ほんわりと暖かくなるのだ。
「どう?サティ」
「え?あぁ、えぇ、ちょうど良くなりました」
サティは、慌てて笑顔を浮かべた。手元の書類を見てみると、ところどころ発注書の計算ミスがあった。
「ここは違うわ、この部分が1ではなくて2よ。それにここも、ここも……。どうしたの、サティ?」
「……実は、レーランティーナ様の家とわたくしの家が、お金の貸し借りで……少し」
「ならば、レーランティーナは変えましょう!いけないわ、そんなことがあるなら」
「いえ!わたくしは、まだ、レーランティーナ様と、直接はお話させて頂いたことがないのです。わたくしの身元も、レーランティーナ様はご存じないと思いますし、問題ありませんよ。レーランティーナ様は優秀な方だと聞いております」
「そう?なら、良いのだけれど。辛かったら言って下さいね、サティ。わたくしにとって貴女は、信頼できる唯一の女性側仕えなのです。苦しい事を聞いてくれる、大切な女官。わたくしは貴女を誇りに思っていますし、共に居たいですから」
わたしが笑みを浮かべて言うと、サティはホッと和やかに笑って、わたしを見た。
「……有難う存じます。ですが、わたくしがいるせいで、レムーテリン様に不利益が訪れませんよう、お祈り申し上げます」




