七愚の魔物
「ではまず、皆様方から質問を受けますわ。わたくしが知っていることは全てお話致しましょう」
食後のティーを一口コクリと飲む女王は、余裕の笑みでこちらを見る。組んだ指の上に顎を乗せて、こちらに話すように促す。わたしは、後ろに座る皆を振り返って軽く頷くと、女王に話し出した。
「まず、一つ。これは相談。わたしと凛子、さやかと心梨と、あと颯。学園に入りたいと思ってるんだ。どうかな?」
「それは許可しますわ。貴女たちのその二つ名で、すぐに入学できるでしょう」
二十歳からの入学でも、違和感はない。この世界は年齢より外見が幼いというか……十歳が六歳くらいの、というか。二十歳は十五くらいだ。わたしは見た目も全部変わっているし、凛子は創造主ということで、外見を歪ませている。さやかは心梨の見た目だし、颯も実は容姿が変化している。全く問題はない。
「で、次。魔人について、詳しく聞きたいんだ」
「そうですね。魔人について……ですか」
女王は少し考え込んでから、話し出した。その内容はざっと、こんなものだ。
魔人は、自分が強く望んだら慣れてしまうという、怖い強化方法だ。もちろん、もう嫌だと思ったらすぐにでもやめられる立場だが、一度なった者は狂いに狂ってやめられなくなる……まるで薬物乱用だ。
魔人化すれば強くなれるが、その代わりの対価は命、寿命だ。魔人化する度に命が削られるという。わたしは絶対にしたくない。
「魔人についてはあまり多くは語られていませんし、これくらいしかないはずです」
「そう、なんだ。魔人って、意外と単純なんだね。しかも、見分けがつかないのが厄介」
「魔人はこの世にあの二人しかいませんでしたから、大丈夫ですわ。いかも魔人は人類の討伐対象ですから、わざわざ魔人化しませんから、害を与えることはありません。ただの自己満足です」
「自ら人類の討伐対象になって自己満足とか、あり得ないんだが……」
わたしはため息を着いて次の質問を考える。やはりここはイーリンワーナとデヴァウムが残したあの言葉に聞くべきか。それによってわたしと颯の運命が左右されたら嫌だし。いや、フラグ立てちゃったよ!
ヤバいヤバい!でもこうなった以上絶対運命は変わる方向に行くよね。はぁーっ。
「女王。貴女もきっと分かってると思うけど、あの魔人二人が残した、あれ。何、かな……」
震えてしまう声とは裏腹に、わたしの背はピシッと伸びて、顔つきは真剣だ。興味本位というより、それによってわたしと颯がどうなるのか、きちんと把握しておきたい。言えば……不安だ。
「わたくしが知っている範囲で全て、お話しします」
七愚の呪い。それはやはり、七つの大罪だった。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。その『七つの愚かな呪い』には、一つ一つ魔物がいるらしい。その魔物は今封印されているが、その封印を気付かないうちにいつの間にか無意識に解いてしまう者、と言うのが百年に一人ほど、産まれるそうだ。それが、デヴァウム。
デヴァウムのためにダウヴェが凛赤に取り入って、凛赤が「任せろ、絶対に治す」とか何とか言ったらしく。そしたら凛赤もダウヴェもわたしに殺され、怒り狂ったデヴァウムがイーリンワーナと手を組んでわたしたちを襲撃したらしい。わたしに会うために颯の仲間になったのは何故だろうか。英雄同士なら会うかもと思ったのか、わたしに直接行くのは危ないと思ったのか。
「魔人になればその七愚の呪いを誰かに移すことが出来るようになります。おそらくデヴァウムは……ハヤトにそれを移したと思われますわ」
「そ、んな……⁉」
ひゅっと息を呑んでしまう。恐る恐る颯を振り返る。
「颯……」
彼は唇をきつく噛み顎から血を滴らせ、拳を膝の上でギュッと握り、真っ青に顔を染めていた。見るからに苦しそうな彼を救う力も資格もわたしには……ない。それが悔しくて悔しくて。
「もしハヤトが七愚の魔物の封印を解いたとしても、それはハヤトの責任ではありません。その人物が存在するといつの間にかその魂に吸い寄せられて七愚の魔物が目覚めてしまうのです」
「何で七愚の魔物は封印されてるの?だって、少なくとも一回はそうやって封印を解いちゃったんでしょ?何で殺さなかった?」
「殺す力がなかったのです。力不足などと言う生温い言葉では済まされませんでした。何人の死者が出たか……あの悲惨な状態からここまで立ち上がれたのは奇跡としか言いようがありません。わたくしもまだ子供でしたから詳しくは覚えておりませんわ。きっとデヴァウムが生まれたときに目覚めたのでしょうね。七愚の魔物はその者が生まれたときに必ず目覚めます」
「封印は出来たけど、殺すことは出来なかった……わたしたちが出くわした時、殺せるかどうかだよね。魔人相手に苦戦してたら全然駄目なのかな。それにわたし、魔法しか使えないし」
この会話をしているうちにも、颯が苦しんでいくのが分かる。早く終えたいけれど、詳しく聞いておかないと後で困るのはわたしたちだ。
「どうでしょう……今は勇者がいますから、どうなるか」
いきなりのファンタジー発言⁉勇者召喚的なあれですか⁉ひゃっほーっ、興奮してしまうわたしを殴りたいです!
いきなり目を輝かせるわたしに苦笑したように女王は話す。
「勇者は合計五人。レムーテリンやハヤトのように、移民の方々が一名、露河出身の方が四名ですわ。実は露河では古代から、白髪と金髪と銀髪が混ざった髪色をしている者が勇者だという伝説が語り継がれています。五名は全員その三色が混ざった色をなさっています」
「女王!移民の人もそのトリプルカラーヘアだったの?」
「こちらに来たら黒髪からその髪の色になったようですわ」
ギャルとか不良とか、その辺りの方だと思ったわたしを深く恥じます。申し訳ございませんでした。っじゃなくて!
「勇者は、その、なんかすごいの?」
「凄いも何も……そうですね、わたくしと以前のレムーテリン、ハヤトが合わさったくらいの強さでしょうか」
「五人で?」
「一人で」
もぅこれチートまっしぐら!てか実際わたしもそうだったんですが。魔法なんて前天乃雨で読んだ本のパクリですよ?あ、颯と詠唱が合わさったってことは、同じ本読んでたのかな?まぁ同じ図書室常連からあり得るのかもね。っじゃなくて!
「その勇者さんがいれば、七愚の魔物は倒せるの?」
「その可能性はかなり上がりますわね。わたくしたちでは、太刀打ちできるかどうか……」
女王は言葉を濁しているが、きっと絶対に勝てないのだろう。無謀なことでしかないのは、言葉の端々から読み取れる。
「勇者に協力を要請するの?」
「そういうことになりますわ。レムーテリン、偶然と言う者は日常に転がっているものです。実は、その勇者の一人が今年、学園に入学するそうです」
「ふぁぃっ⁉」
思わず舌を噛んでしまった。かなり痛い。
「移民の方です。性別は女、もちろん同じ年齢です」
「よっしゃ来たよーっ!」
いきなりのご都合主義状態に目をクルクルさせながら立ち上がって踊っていると、凛子に太腿を叩かれた。
「水樹落ち着け……って、おおぉっ⁉」
「ってぇーっ!ぐっはぁっ、ヤバい、死ぬぅ……女王……!」
「レムーテリン、リンコさん!」
今のわたしは防御力0だ。凛子に叩かれただけで皮膚が破け肉が裂けて血が噴き出して危うく骨まで届きそうになってしまう。最近わたしは死にかけてばかりいる。胸の傷跡は残るはトラウマも受け付けられるわ。はぁ。
強烈な痛みをこらえて耐えて必死に生き延びようと足掻いて思わず気を失いそうなほどの辛さを無視しながらそう思っていると、女王が癒しをしてくれた。スピードが段違いだ。自分でないものが入っていく感触があるため、気持ち悪い嘔吐感が襲う。
「助かったよ、女王。ありがと」
「いえ、大丈夫ですわ。レムーテリン、何かありましたの?」
「え?ううん、特に何もないよ。ただ、この世界の女友達が欲しくて、好条件だなって」
「では、勇者様とレムーテリンがお友達になれることをわたくしも祈っております」
さりげなく女王の笑顔に癒されながら、わたしはすぐに座って話の続きを求める。
「では、レムーテリンに勇者様とお友達になってもらうと仮定して、その方から勇者様全員を招集していただくとしましょう。わたくしは七愚の魔物が出る時期の予想や資料を集めます」
「魔物の名前は大体予想できちゃったりしてね……」
「レムーテリン?」
「至極どうでもいいお話であります」
すぐに取り繕ってわたしは笑顔を向ける。女王の情報収集は素直に嬉しいし、お友達作りへのやる気も湧く。七愚の魔物の名前が推測できるというのは、七つの大罪の魔物を考えれば、ということである。例えば、「傲慢」だったら魔物は「グリフォン」みたいな。
「じゃあ、そう言う感じで」
これ以上無駄話は出来ないため、わたしはすぐに話を打ち切ろうとした。だが、まだ話していないことがあった。これは相談しないと大変だ。




