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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第二章
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力の剥奪 七愚の呪い

 へたり、とぬめっとした冷たい、気味の悪いモノがわたしの足首にまとわりついた。前はいつも通りよく見えるのに、怖くて目が開けない。


「ひぃっ⁉」


 あまりの気持ち悪さに、生理的拒絶――抵抗も空しく、強すぎる力で足を掴まれている。血反吐が出る。鳥肌に寒気、冷や汗が噴き出る。


 左の方から、颯らしき声が聞こえる。わたしと同じように悲鳴を上げている。


「レムーテリン!」

「主上!」

「嬢ちゃん!」


 仲間の悲痛な叫びが聞こえるが、こちらはモノに対する絶叫で仲間に返す言葉が出ない。


「一つ、最期に土産を、あげるわ」

「んなっ⁉」


 足元から、聞きなれた憎い声が聞こえてきた。絶叫するのも忘れ、恐ろしさに負けて目を開けると、そこには――


「わたしが出来る、最高の土産を、ね」


 血みどろの、血まみれの、赤黒い、どす黒い、原形が見えないほどにぐちゃぐちゃになった魔人がいた。ほぼ骨と皮だけになり、肉がべちょりと付いている部分があまりにも少ない右腕で、わたしの右足首をあり得ない力で掴んでいる。


 わたしよりずっと死が近いはずなのに、狂おしいほどの生への執念とわたしへの憎悪が死を後回しにしている。


 地面から、ぐおっと縄が出て来て、わたしを拘束する。


「ぅあっ!」


 イーリンワーナの魔法だ。後ろで、颯もわたしと同じように掴まっている。イーリンワーナと同じ状態になったデヴァウムが、颯の左足首を掴んでいる。


――怖い。怖い怖い怖い怖い。人殺しをしておいて、怖い。自分が死ぬのは怖い。死にかけに殺されるのは怖い。怖い恐い怖い恐い。


「魔人イーリンワーナの名のもとに!この者の≪力の剥奪≫を行う!」

「―――――⁉」


 声にならない叫びをあげる。全身を切り裂かれるような、焼けるような、そんな痛みが体を蹂躙する。体の内側から自分を壊されていくような不快感と信じられない痛み。



痛い痛い痛い痛い恐い怖い痛い怖い恐い痛い怖い怖い痛い痛い痛い――――



 手からポトリと落ちた魔剣。不意に消えた拘束縄。抜け落ちる力。ぐらつく足。力が入らない手。回らない頭。考えられない脳味噌。何も出来ずに崩れ落ちる体。無力の、わたし。



わたしは今、本当の意味で無力になった。



 今見えるのは、自分の血、吐瀉物、手、デヴァウムの体、颯。デヴァウムの口が動く。


「魔人デヴァウムの名のもとに!この者に≪七愚の呪い≫を授ける!」

「ぐほはぉあぁぁぁ―――っ‼」


 颯の苦しそうな叫び。吐血するわたし。じくじく痛み出す胸の傷。死へと近づく体。魔人共の謎の言葉。どさりと投げ出される颯の体。魂を失ったデヴァウムの体。


「颯。勝ったね」

「だな、水樹」


 短く交わされる言葉。それが、わたしの今の気持ち。痛みに負けないうちに、憎い相手を殺した歓びに浸れますように――。







「おはよう」

「おはよ」


 眠い目をこすりながらわたしはパジャマ姿のまま、木製の椅子に座る。ここは颯とわたしが作った家である。異空間からものを取り出したため、昨日は疲れた。朝っぱらから癒しの後すぐに家作りだ。大工も建築家もため息だろう。胸の傷は、全員のエネルギーを総動員して治した。本当に、よく死ななかったと我ながら思うし、皆にもそう言われた。今生きているのが奇跡だ。怒りって、本当に凄いと思う。


「ミルク、飲むか?」

「飲む。ありがと」


 颯から受け取ったミルクを飲み干す。彼の態度は、戦いの前より少し硬くなった。原因は勿論、分かっている。わたしが誤ったって変わらないってことも、分かってる。でも、颯は笑ってくれるし、あの狂笑があくまでも狂ったものだって言うのも、分かってくれている。だから、我儘は言わない。これが、颯の最大の優しさって言うのが分かっているから。


「颯、傷、大丈夫?」

「あ、おぅ、全然。水樹こそ、平気かよ?」

「わたしは、皆に治してもらったから、大丈夫だよ」


 こんなに早くから颯が起きているなんて思わなかった。ここまでの早起きはわたししかいないと思っていた。わたしは、天乃雨にいた頃から早起きは大の得意だったから、早朝でも余裕で起きれる。


「今日、事情説明だったよね。わたしたちったらさ、一緒のタイミングで気を失っちゃったから、お互い共通の情報が、全く同じところまでしかないんだよね」

「だ、な。そういや、俺も水樹も魔人共に変な言葉かけられて、激痛走ったろ?あれ、何なんだろうな」

「女王に説明、頼んでみよ」


 無言でミルクのお替わりを要求すると、颯は苦笑いしながらカップを受け取ってくれた。なんだかんだ言って、優しい。


 一昨日、わたしの記憶はあの後すぐに途絶えてしまった。颯が倒れて、会話を交わして、すぐに。颯も、同じ時に気を落としたそうで、お互いの疲労はほぼ同じだったのか、と言っている颯が印象的だった。


 今現在、颯のパーティーは三人だ。マトイーンがイーリンワーナとなって裏切り、デウムは亡霊に殺された。無事なのは颯、アスート、イズフェのみだ。三人の苦しみは想像を遥かに超えており、わたしが二人を失ったときはここまで消失感はなかったと思ってしまうくらい、三人は暗かった。


 目覚めたのは昨日の午後。簡単な説明はあったが、全員が疲れていたため、事情説明は明日と言うことで、今日に延期になった。


「ほい」

「あ、今度はあったかい」

「工夫を凝らしてみた」

「得意がっても意味ないからね?」


 鼻の下を擦る颯にツッコミを入れると、ホットミルクをコクリと一口飲む。わたしの口調は元に戻った。もう色々ありすぎて、荒む者も荒めなくなって、逆戻りだ。目つき?それはまぁ、ほどほどに戻った。


 デヴァウムが颯に言ったのは、「七愚の呪い」。イーリンワーナがわたしに言ったのは、「力の剥奪」。今のところ、分かっているのは「力の剥奪」のみだ。


 わたしが昨日、落とした魔剣を取りに行って触ったら、痺れるような痛みが全身に走った。結局、魔剣を拾うどころか触ることすらできず、女王に取ってもらった。その後、ふざけていて凛子を小突いたら、拳からブシャーッと血が噴き出した。また死ぬかと思うほど、痛い痛い。


 これは、戦闘力、防御力、全て消えたと思っていい。そして、この後も、戦いは出来ない。……と考えるのはまだ早かった。魔法という術がわたしにはまだ残っていた!


「お、英雄と姫騎士が揃ってらぁ」

「えっと、貴方は……スン?」

「当たりだぜ、よく見分けつくな!家族でもつかねぇぞ」

「それは駄目でしょ⁉」


 わたしが一人で考え事をしていると、スンが入って来た。


「他は?」

「サンはそろそろ。シンとセンはまだまだだな」


 スンも、颯にホットミルクを要求する。彼は、重いため息を着きながら、手早くホットミルクを作る。意外な特技だ。


 デウムが死んでしまったことにより、昨日の暗さは零度を下回り、氷点下レベルだった。もちろん、わたしも口を挟むに挟めず、自責の念というやつで、何も出来なかった。


「ほぅっ、このミルク、うめぇじゃねぇか!英雄、やるな」

「颯だよ」

「ハヤト、な。了解。嬢ちゃんは何だったっけか?」

「羽葉澤水樹ことレムーテリンことリーミルフィだってば」

「じゃ、リーミルフィな。最初の方は覚えてねぇ」

「記憶力なさすぎねぇ⁉」


 ガハハ、と豪快に笑うスン。愉快な奴らだ。残ったミルクを飲み干し、わたしは頭の中で情報を整理していく。


 「七愚の呪い」、わたしは何となくネーミングから、「七つの大罪」ではないかと予想している。仮にそれを七つの大罪だと仮定して、何故デヴァウムがそれを颯に移したのか。デヴァウムは七つの大罪の何なのか。その辺りが不明だ。


 そして、初めて会った時。アスートが言っていた言葉で、お、と思ったものがある。それは、露河にも学園がある、ということだ。そこに入学してみたいと、密かに思っている。そこで、この世界の友人を作りたい。特に女子!わたしには、露河の女子友達数がおめでたい0なのである。凛赤はあれで、イーリンワーナもあれ。心梨は親族、女王は友達ではない。颯もアスートもイズフェも男、凛子とさやかは天乃雨の友達だ。女子友達を作りたい。


 ただ、その場合厄介なのが剣を振り回せないと言うことだ。姫騎士の二つ名が汚れる。魔法のみで戦うのはよくやっていたが、学園に行くとなると剣の練習もするだろう。そこでわたしが考えたのが、姫騎士という二つ名を利用して剣と防御の講義だけ受けない、というものだ。魔法だけやる。どうせなら青春という学園生活を謳歌したい。


 そして幸いなことに、学園の入学が二十歳からでも可能、ということである。というか、入学が皆二十歳なのである。そこから三年、学園の寮に住んで講義を受けまくる、という。楽しそうじゃんか!ということで、凛子とさやか(心梨)、颯と入ることにした。口約束だが。


 今現在魔物の数は0だ。もちろん、リポップなんてゲームっぽいことは無いし、実に平和な世界のため、これから攻撃力がなくなっても特に困らない。それは本当に助かる。


 そして今わたしは、玖美玲に送る本の原稿を書いている。それを颯が、白紙の本に移してくれれば、製本終了だ。どこでそんな魔法を覚えたのか、実に不明である。原稿は、そろそろ書き終える。すぐにでも本に出来る!という状態ではないが、天乃雨で行っていたブログ活動や小説投稿で培った文章能力を舐めるでない!と颯に見せつけたいレベルではある。


「水樹、はよっす」

「水樹ちゃん、早いね」

「凛子、さやか。おはよう、二人も十分早いよ」


 二人が着た瞬間、無言でホットミルクを作りだす颯も、かなりこっちのペースに慣れてきたと思う。うん。


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