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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第二章
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魂の抜け殻

 首がギュインとすごい速度で左に回った。スローが終わって、現実になったのだ。周りの暗闇はどこだ?颯はどこだ⁉


 見えているのは、体が向いている方向とは真反対の、背中側。後ろだ。そこにたった今、絶大な効力をまとった爆発魔法が訪れようとしていた。


「い、やぁ……っ!」


 これが、亡霊共が企画していた大規模魔法。わたしたちは……未然に防げなかった。







 体中の力と怒りを振り絞って、わたしは後ろに駆けだす。あの魔法を全部わたしで受け止めれば、死ぬのは一人で済む。元々わたしは瀕死状態の女性だ。わたしが死んだところで状況はあまり変わるまい。

きっとあの魔法のせいで、颯の声が聞こえなくなって、何も見えなくなったんだ。いや、ちょっと違う。あれは、わたしたちを通り越して、向こうに向かったんだ。向こうには見方が、仲間がいるって言うのに!


 ……待て。アイツらにとどめを刺すって決めただろ?自分で。自分が。この手で、アイツらの首を切り落とすって……!


 不意に動かなくなって硬直する足。固まったまま膝から崩れ落ちる。目の前に降り注ぐ黒と微かな赤と青が織りなす、醜いほど美しい爆発魔法を、わたしは座り込んだまま、ただ見つめていた。自分の愚かさに嘆きながら、ただ、ひたすらに。



「ぅおんるぃやあああぁぁぁ―――――ッッ!」

「⁉」



 凄い音を立てて降り注いだ魔法の下らしきところから、声が聞こえる。だっ、誰⁉誰の声、誰の叫び⁉


 すぐにでも走り出したいのに、足が動かない。手も目も口も。全てが動かない。無意識のうちに息までもが止まる。苦しい……。


「リーダー、アスートさん、イズフェくん、姫騎士さん。ナイトとレディそれに姫騎士さんの側近さん。乳繰り合う太腿好きさんたちでしたかい。皆さん……負けちゃいられねぇんでないですか!」


 低く野太い、よく響く頼りがいのありそうな声。記憶にない……誰?助けを求めて、後ろに立つ颯を見ようと硬直する体を必死に動かして、後ろを見る。


 そこには、唖然として口を開け突っ立っている、瞳が揺れて苦しそうで泣きそうで……今まで見たことがない颯がいた。


「颯……」

「デ、ウム、だよな……っ」


 デウム……あの、ごつい男の人?デウムが、あの魔法を一手に引き受けて……引き受けて⁉


「死ぬなぁぁーーーっ!」

「颯!行っちゃ駄目!」

「離せ水樹!」

「嫌……グホッ」


 かなりの量の血が口から零れ落ちる。走り出そうとする颯の左手を懸命に掴む右手に、汗が滲み出てくる。


「デウムの善意を、無駄にする気⁈」

「だからって仲間を見殺しにしろってか⁉」

「……ごめん」


 怒鳴り返す颯の言葉につられて、手を離してしまった。わたしは、仲間を知らない時に失って、苦しかったから。仲間が死ねば、どんな形でも苦しいと思うけど、それでもまだ、どうにかしたいって思える方が、よほどいい……。


 走り出す彼の背中を見送って、わたしはようやく力が入って来た手で地面を押して立ち上がった。後ろに迫る亡霊のことなんて考えられない。今も音を響かせるあの爆発魔法の下でデウムが、本気で戦っている……。


 走っていた颯が、突然へたりと座り込んだ。


「颯⁉」

「俺……駄目だ。デウムを助けたいって思ったのに、怖くて動けねぇ……情けねぇ話だ」

「ん……ぁ」


 唇からぽつりと零れる呻きのような一言。それは、血まみれの草原にそっと落ちていく。わたしの瞳に映るのは、デウムただ一人に吸収されていくものすごい量の光と、苦しそうに顔を歪める颯の顔のみ。


 ぱっくり割れた胸の傷からとめどなく流れ出る血や深い傷のせいで、意識が闇に沈みそうになる。こんな体で良く動けている、と現実逃避するように考えてしまう。


「負けちゃ、駄目だ、颯。自分の仲間だろ?動けってんだ、俺……」


 颯が、よろよろと立ち上がる。わたしも、行かなくちゃ。でも……。やっとの思いで持ち上げた腕と足は、すぐに力を拒絶するように崩れ落ちてしまう。


「申し訳ねぇです、リーダー。あっし、リーダーに報いること、出来なくて。だから今、報いるんス。来ちゃ駄目ですよ。そしたら、あっしの覚悟が全部消えちまうです」

「デウム。デウム……お前、馬鹿が!」


 どこまでも仲間想いのお互いの心がぶつかり合っている。こんなに残酷な場所なのに、こんなにも美しいなんて。こう思う自分が……気味悪い。


 颯が泣き叫びながら近寄ろうとするが、血で滑って派手に転ぶ。


「リーダー。何で来るんスか。あっしだって、死ぬつもりじゃねぇんですよ」

「デウムぅぅぅっ!」

「リーダーは、優しすぎなんスよ。大丈夫、死にやしません。だから、あっしに任して欲しいんス。だから、来ねぇでください」

「ふざ、けんなっ」


 ああ……デウムの命が、消えてく。また、仲間が一人、消えちゃう。


 デウムは、死ぬつもりなんてないって言っているけど、でも、あれは、死ぬ。……また?また誰かの、味方の、仲間の死体を見なきゃいけないの?もう、嫌だよ。


「最後に一つ、言わして下さいね?」

「デウムぅ」

「リーダー。自分を蔑んじゃいけねぇです。リーダーはこんなに良い人でねぇですか。だから、自信と誇り、持ってくれねぇと、駄目です。な?」

「おまっ、やっぱ、死ぬ気じゃんか……!」

「もしもの場合も考えろって、リーダーの口癖。あっし、忘れてねぇですよ」


 颯の顔が歪む。そして同時に、笑みを保っていたデウムの顔も、苦痛に耐えきれなくなったように苦しそうな顔をした。



「じゃ……あっしの本気。『吸収』――っ!」



 パッと、光が消えた。何もなかった。不意に、ドサッという重苦しい音と、草がサカッと揺れる音が静かな草原にただ、響いた。わたしの目に映るのは、魔法が落ちると出来るクレーターの周りに腰が抜けたようにへたり込む、デウムに突き飛ばされて一命をとりとめたであろう仲間と――クレーターの中にある自身の血の海に浮かぶ、デウムの……尊い心の持ち主の、魂の抜け殻。



「デウムぅぅ―――――!」



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