器用貧乏
「じゃ、おっさん。情報は役立てるから。また」
「おうよ、嬢ちゃん……と、その連れ。元気にやれよ!」
相変わらず愉快なおっさん四人に見送られ、わたしたちは宿屋を出た。サンサンと朝日が降り注いでいる。
「じゃ、凛子。人に見られないうちにヨウカリに飛んで。姫騎士たちってバレたら囲まれる!」
そう、わたしたちは前、宿屋を出た瞬間に一般人に「麗しき姫騎士様~っ!記念日だぁ!」「オムニポテントナイト様だ!」「ソールドレディ様がいらっしゃるぞ!」なんて言って囲まれたことがあるのだ。凛子とさやかは経験したことがないから分からないかもしれないが、あれは辛い。精神的にきつい。
「ぇう?おぉ、分かった」
凛子はすぐに右手を上にあげてヨウカリにわたしたちを飛ばした。
スーッと爽やかな風がわたしの頬を撫でる。そっと瞼を開けると、そこにはヨウカリの鮮やかな緑一色の草原が広がっていた。……鮮やかな緑一色の草原が。広がっていたんだ。そう、よくあるレンガ造りの壁やら噴水やら宿屋やら賑やかな人混みやら、そういうのがない首都。ヨウカリの首都は草原なんだなぁ。……ヨウカリの首都は草原なんだなぁ……⁉
「首都じゃないよなぁ、ここなぁ。なぁ!」
「すまん、すまーんっ!コントロール、ミスっちまった!」
凛子が必死に謝っているから、まぁ許してあげるとしよう。だが……ここはヨウカリの首都まで、かなり遠い。わたしはバッグの中に入れている必需品の地図を取り出す。
「今はここ、ヨウカリの大草原ヒムソト。ヨウカリの首都メクスまでは……約45キロ!」
「はぁっ⁉」
「えーっ!」
わたしとさやかが同時に凛子を睨む。凛子は、空間移動魔法を何回も使うことが出来ない。一日一回の悲しい魔法だ。何かこういう設定の仲間がいる本、読んだことあるぞ?と思うが、そこは突っ込まずに……野宿?悲しすぎではないのか?
「どうするよー」
「あんた(凛子ちゃん)のせいでしょー!」
凛子が唇を尖らせて、携帯できるボトルに入った水をごくりと飲む。
「にしても……あっちーな」
「ホントだよもぅ」
「ん?お困り?」
ふいに、優しそうな男性の声が頭から降ってきた。
「ふぇ?あ、どうも。お困りだけど」
わたしはすぐに振り返って、少しばかり背の高い男性と目を合わせる。そこでわたしは思ってしまうのである。こう言う場合、大体彼が颯なのだ!
「はは、お困りか。俺たちが出来ることならしてあげるけど、どうする?」
薄いクリーム色の髪に、同じような色の、少し白みがかった瞳。髪はストレートで短め、ボサボサではなくちゃんと整っている。この人なら全部やってくれるはずだ。とりあえずお願いしておこう。裏切りに備えて信用はしないけど。
「ありがと。それなら、首都のメクスまで……いや、英雄に会わせてくれない?」
「ん~、色々話、聞かせてくれる?訳アリだね?」
「理解が早くて助かる」
男性は、かなり後ろに何人か仲間を連れている。男3、女1……遠すぎて髪の色は見えない。これはクリーム色の人、颯さんではないですか?なんて聞けないし……でも、黒髪黒眼だと思うんだけど……。
「へー、君たち、麗しき姫騎士とオムニポテントナイト&ソールドレディっていう長い名前の英雄なんだね。よく聞くよ、姫騎士様?」
「どうも。こっちもよく聞かれるよ、もしかして姫騎士様方ですかって。もううんざり」
男性は、ハハッと笑ってわたしを見た。
「僕たちは短い名前の英雄って呼ばれてる方の人間なんだ」
「やっぱり……会わせてというより、会ってた?」
「そうだね。お察しがよろしいようで」
予想は大当たり。でも、黒髪黒眼じゃないのはなんでなんだろう、髪を染めてる、とか?瞳の色なんて変えられるんだろうか。
でもだがだけど、ここで王道展開ってのも悪くない。これこそ異世界だ。凛子、こういうのも小説に入れておいた方が良いかもよ。
「じゃあ、僕たちも名乗るから、君たちも名前を教えて?僕はアスート。剣士だよ。こっちはデウム、弓使い。イズフェは槍使い、ハヤトは異世界人、何でもやってる、器用貧乏。マトイーンは魔法使い」
「器用貧乏じゃねぇ、何でも出来るんだ、オールマイティだっつってるだろ」
颯!見つけたぞ!お前だな!いつの間にかアスートの側にいるし!黒髪黒眼だし!
「どうも、水樹。あー、羽葉澤水樹ね。異世界人。一応魔法を主に使ってるけど魔剣使いかと思われるよ。こっちは夏端凛子、同じく異世界人、この世界の創造主なんだって。突き刺しが得意。こっちはさやか、夢楽爽の姫クィツィレアの分身だ。剣の扱いは魅入るよ」
「へーっ、魔剣使いの姫騎士と突き刺しタイプの創造主、それにクィツィレア様の分身の魅剣女、凄い組み合わせだね」
「ミケンジョ?あぁ、魅剣女ね。さやかは……そうだね、魅剣女」
「ちょっと笑いながらわたしを見ないでよぉ!」
さやかが頬を膨らませて抗議してくるが、可愛すぎて駄目だ。ぐふぐふ笑いが込み上げてくる。気持ち悪いといわれてしまうかもしれない。
魅剣女は、剣を操ると誰かが魅入ってしまうほど綺麗に使う女剣士のことをいう。さやかは確かにそれに当てはまると思う。
「それにしても、この世界の創造主って聞いた時はびっくりしたよ、凛子ちゃん」
「そぉかぁ?ま、あたしが一番偉いってことで――」
「凛子は気にしないで」
「はは、うん。じゃあ、色々と話を――っと、危ないなぁ、もう」
突然アスートの後ろから誰かが出てきた。斜め後ろからアスートを突き飛ばし、わたしたちの前にズイッと顔を突き出してくる彼は……。
「イズフェだね」
「あったりぃ!ボク、イズフェね。よろしくー。キミたち、ボクらに何か用があったんだよね?タスートぉ、早く聞いてあげないとだよ」
「そうだね。じゃあ、目的を最初に聞こうかな」
「ああ。颯。貴方を探してた」
「は⁉」
二人の後ろにいた黒髪黒眼の男――颯が素っ頓狂な声を上げて叫んだ。
「俺かよ⁉」
「ああ、俺だ。颯いえ……榎賀颯先輩」




