叔父(王)と従姉妹(姫)
サティは朗らかな美女性で、わたしのどんな質問にも答えてくれる。ちなみに今は、魔法陣から領主の住まいに向かっているところだ。サティから聞いたことを集めると、王様ヴィートレートに挨拶をしに行き、側近候補を選び、住まいを整える、と結構忙しいようだ。
ここ、一日何時間よ?間に合うわけ?
24時間だそうだ。
わたしは今、この大きな建物を前にして、足を動かせないでいた。いや、建物?城壁と言った方が正しいか。驚くと本当に口が丸く開くんだなぁ、と、心のどこかで別のことに驚いていたりした。
「ミズキ様?」
「あぁ、サティ。煌紳、泰雫。もう戻って良いよ」
煌紳と泰雫がふっと人間の体になって、わたしに笑みを向けた。
「ミズキ様、天乃雨で読書を好まれていたのでしたら、礼儀作法も分かっておられるかと存じます。その礼儀作法を、これから先、どうかお使い下さい」
「えっ?えっと……、了解致しました、煌紳。わたくしは王の娘の従姉妹として、立派な態度を取ろうと思います。努力が儚く零れ落ちることがない様、精一杯の挨拶を致しますね。サティ、煌紳、泰雫、これから頼みますわね……?」
煌紳たちは嬉しそうに笑う。
慣れぬ。解せぬ。わたしが何故お嬢様っぽい口調をせねばならぬ?あ、お嬢様なのか。
「さぁ、これから城壁を境に、王ヴィートレート様の領主城に足を踏み入れることになります。ミズキ様、ご無礼だけにはご注意を」
「えぇ、分かっているわ、泰雫。前を煌紳、後ろをサティ、最後尾には泰雫」
わたしがそう言うと、三人はサッと動いて一列になる。
「煌紳」
「はっ」
読書って本当に、未来のためだね!
わたしは、赤いカーペットをギュッと踏みしめる。幸せ。柔らかくて上質だと、一目見るだけ、一足踏んだだけで分かる。左右は金色の毛糸で縁取られ、踏むだけで足がぬふっと沈む。
「ミズキ様が到着なされた。王のご息女の従姉妹の身分だ」
「なんと。今王に伺って参ります」
王様の部屋の前に付いた時、煌紳が素早く騎士に話しかけ、面会の準備をしてくれる。わたしは赤いカーペットで楽しみながら、準備を待つ。
「どうぞ、お入りくださいませ、ミズキ様」
この場合、「有難う存じます」と言うのが無難だろうけれど、本当にそれを行って良い状態なのかどうか分からなくて、わたしは笑顔でスルーしてしまった。
御免なさい、騎士さん。悪気はないんですよ?
「ミズキ様、跪いて」
「へ?」
サティの声がくぐもって、右の方から聞こえる。瞳だけを上に持ち上げると、そこにはドドンと座る大きい足が見えた。王様のようだ。わたしは見様見真似で、先程のサティの跪き方を思い出す。
「ほぅ、其方がミズキか。心梨の従姉妹の身分と聞いたが」
「はい。わたくしは天乃雨から呼び出されました、羽葉澤水樹と申します。よろしくお願い致します」
領主の吐息が聞こえる。緊張、しております。何で~?
「私はユラクソウィッテの王、ヴィートレートだ。複名を、厳安と申す。私の奥にいるのが妻のファンナツィン、複名は穏音だ」
見ると、ちらりと穏音様のたおやかなお顔が見えた。すると、綺麗な口がするりと動いた。
「すぐに貴女の住まいを整えましょう。心梨の従姉妹となるべき方なのですから、温厚な方なのでしょうね。シェルテルド、準備を頼むわ。一週間ほどで出来るでしょう。それまでは心梨と共に過ごして下さいね。お顔を上げて下さいな。せっかくの綺麗なお顔が見えませんわ」
わたしは腕と足はそのままに、笑顔をミチリと付けて顔を上げる。
「複名を授ける」
「複名……でございますか?」
「異世界から呼び出された者で貴族の者、もしくは生粋の貴族の者には、私が複名を授ける。そうだな……レムーテリンはどうだ」
「レムーテリン、ですか。有難く頂戴致します」
わたし、レムーテリン。えー、羽葉澤水樹のつもりなんだけどなぁ。
「其方は身分鑑定所で働いていた沙庭か。煌紳と泰雫が側近とは。将来有望な側近だな」
「有難う存じます」
四人の声が重なる。領主は笑みを漏らして立ち上がった。
「これにて面会は終了とする。ヒュフォマ、四人を心梨の部屋へ案内せよ」
「はっ!それではレムーテリン様、こちらへ」
「えぇ」
とりあえず、ヒュフォマはわたしより身分が低いと断定できるから、敬語は使わない。心梨さんはどうだろ。一応使うかな。
「こちらがクィツィレア様のお部屋です。今、クィツィレア様にお伺いの許可を得て参りますね」
「頼むわね、ヒュフォマ」
ヒュフォマは嬉しそうに笑って、速足で許可を得に行く。
「素晴らしいです、ミズキ様」
「有難う、サティ。でも、クィツィレア様と上手く話せれば良いのだけれど……」
「ミズキ様なら大丈夫です」
わたしが小声でサティと会話をしていると、ヒュフォマが笑みを浮かべて帰ってきた。どうやら許可が下りたようだ。さすがに拒絶は出来ないだろう。
わたしはクィツィレアの部屋のドアの護衛をしている騎士に扉を開けてもらって、大理石の床に足を踏み入れ、すぐに跪く。横目で見ると、クィツィレアは白いテーブルの右側の椅子に座ってお茶を飲んでいたみたいだ。すぐにカチャリと音が聞こえ、カップを皿に戻したのが分かる。
「初めまして。わたくしは、天乃雨から呼び出されました羽葉澤水樹、複名をレムーテリンと申します。これからよろしくお願い致します」
「あら、改まって。わたくしはクィツィレア、複名を心梨と言いますわ。よろしくお願い致します。同い年なのでしょう?身分もほとんど同じですわ。どうぞ、四人とも立って下さいな」
クィツィレアの声は、とても特長的だった。澄んで凪いで、コロコロと鈴が鳴るような優しくて繊細な声。さやかの声に近い。
わたしは出来るだけ優雅にふわりと立つ。見ると、椅子から立ったクィツィレアが見えた。金と銀が混ざった髪の色をしていて、瞳は薄い水色。水色と紫の綺麗な布で造られた優美なドレスを着ている。
「こんにちは、レムーテリン様」
「初めまして、クィツィレア様」
外見と名前が本当に合っていた。綺麗な見た目だ。肌の白さと体の細さが本当にさやかに似ている。華奢な体も酷似していた。
「どうぞ、お座りになって。アリナーラ、お茶の準備を。暖かいものに交換して」
「畏まりました」
「失礼致します」
わたしはそっと椅子に座る。クィツィレアの前のお茶もスッと下げられていく。
「素敵な御身をなさっているわね。綺麗だわ。わたくしも見習いたいわね」
「そのようにおっしゃることはございません。クィツィレア様はわたくしよりも素晴らしいお肌をなさっているではありませんか」
「嫌ですわ、レムーテリン様。ふふ、従姉妹と話すのは楽しいものですね。またゆっくりお話ししましょう。お互いのことを知りたいですもの」
クィツィレアの笑顔は癒される。本当に、天使の笑みなのだ。
はい、今、頭の上に天使の輪っかあります。あ、死にませんよ?ただ、本当に、こっちが死にたくなるほど可愛くて綺麗で、美少女中の美少女ですね。ァハァ、天使。
「レムーテリン様、どうぞ。アリナーラの淹れるお茶は美味しいのですわよ」
「そうなのですか?それでは、いただきます」
上品にティーカップを持ち上げて口にお茶を流し入れる。コクリと嚥下すると、薄く爽やかで、ほんのり甘いお茶の風味がぶわりと広がった。アッサムティーに似ている。
「これは、何のお茶ですか?」
「ブラニキーモの身をすり潰して、ライファドゥーカの香味を合わせたお茶ですわ。どうでしょう?」
「とても美味しいですね。わたくし、こういうお茶が大好きです」
それは良かった、と本当に嬉しそうに胸の前でちょっと斜めに手を合わせる仕草が、本当に可愛い。ヴィートレートとファンナツィンの親バカも分かる。
「このお茶がお好きなのでしたら、ブラニキーモとアイニャファッシュ、レンティンティとライファ
ドゥーカのお茶もお好きなのではないですか?」
「わぁ、こんなお茶があるのでしたら、是非頂きたく存じます!そうです、こんなにクィツィレア様にご迷惑ばかりお掛けして申し訳ありませんから、クッキーをお詫びとしてお送り致します」
「クッキー……?」
「こちらには、クッキーがないのですか……?」
わたしが、やってしまった、と心で頭を抱え「ぬあああぁぁぁぁぁ!」と叫んでいると、クィツィレアが嬉しそうに笑った。
「レムーテリン様の故郷の食べ物ですか?それは楽しみですわね。ねぇ、アリナーラ?」
「はい、そうですね、クィツィレア様」
アリナーラが幸せそうなクィツィレアの笑顔を見て、幸せそうに笑みを浮かべる。
「その前に料理人を雇わなければならないのではありませんか?」
「りょ、料理人⁉え、贅沢な……わっ、わたくしには似合いませんわ、おほほほほ……」
衝撃。わたしが料理人を雇うなんて、お母さんに料理を作らせるようなものではないですか。わぁお、ダイナミック。普通の人はこんなにビックリしないものなのかな。でもね、実際に自分の身に事が起きるとね、衝撃、来るものなのだよ。
「あら、レムーテリン様。料理人を雇うのが不安でいらっしゃるの?」
「そ、そういうわけではないのですが……ちょっと、凄いですわねぇ、うふふふふ……」
「それならば、わたくしが紹介致しましょうか?良い料理人を何人か、存じておりましてよ」
「それは、助かります……」
クィツィレアは、「可愛い子ね」という顔をしてクスクスと笑い、「今度声をかけますわね」と口元に上品に手を当て、わたしに言った。
「有難う存じます、クィツィレア様」
「これからもよろしくお願いしますわ」
……ん?わたしには、何か、「せっかく料理人を紹介してやるんだから、これからも便宜を図れよ」って聞こえたんですけど⁉
「あら、嫌ですわ、レムーテリン様。レムーテリン様が考えていらっしゃるようなことは、言っておりませんわよ」
心読まれたっ⁉
「それでは、そろそろレムーテリン様もお部屋を片付けなくてはならないお時間ですわね。毎日お会いできるなんて、良いですわね。空き部屋は、どうぞご自由に使って下さいね」
「有難う存じます。それでは、失礼致します」
わたしはしっかりお辞儀をして、最後にニコリと笑う。そして、沈黙する。
わたし、これからどうするべき?どこに行けば良いの?




