可愛い女王 不気味な女王
「おはよう、皆」
おはよー水樹、早いね水樹ちゃんという元気な声と、おはようございますわレムーテリンという声が返ってくる。眠気を堪えて目を擦ればそこには凛子とさやか(クィツィレアの外見をしているが『水樹』と呼ぶからさやかだと思う)、女王がいた。凛子はトーストにかぶりつきながら片手をあげてわたしを見つめる。どこにパンなんてあったのだろうか。やっぱりおちゃら獣の嗅覚は違う。
「何、あたしが早起きってことに驚いてんの?」
「違う……とは言えないけど」
「言えねぇのかよ!まぁ、そりゃそうだろうな。お前の五時起き図書室に慣れちまってよ、今じゃ家族の中でも一番の早起きなんだよ」
「あはっ、もう、変わらないんだから」
さやかが心底嬉しそうに笑うのを見て、女王もふわりと笑う。
良かった。昨日、あんなに泣いてたし。実は心配していた。実はじゃないか。
「っ違うから!今日は早起きなんじゃなくて、お前にベッドから落とされて起きたの!水樹!」
「へ?あ、すまんすまん」
わたしがそう言うと凛子が唇を尖らせて隣に座ったわたしを睨む。さやかは何故だか不思議そうな顔をしている。
「何だよーっ、人の安眠を邪魔して『すまん』かよー!」
「うんうん」
なっ、さやか⁉裏切りか⁉最近わたし裏切られ率上がってないか⁉
「前は『すまん』じゃなくて『ごめん』だったよね」
「そっち⁉」
「そっちかよ!」
「二人はどっちなの?」
そんなわたしたちのやり取りを見て堪えきれなかったように女王が笑い出した。最初はたおやかな姫みたいな女王だなんて思っていたけど、最近は好きだった本に出てきた仕事バリバリ女王の顔がかぶさって見えるほど「女王」感を出している穏音様が、「くすくす」ではなく「ふふふふふふ」と笑っている。そりゃあ、バリバリ女王っぽくて好きだが、その……不気味だ。
「ふふふふふふふふ、三人とも面白いわ」
「女王、不気味」
「あらごめんなさいねレムーテリン。仲が良さそうで良かったこと。ふふふふふ」
「女王~」
ここに来て初めて女王の扱いに困った。女王って実はこんな人だったのか。どんどんあの本のバリバリ女王の顔に頭の中で改造させられていくんだけど。
のちに皆起きて来て、貫春と真華が起きて早々腕を振るうことになった。味が美味しいから皆満足だ。二人は眠気覚ましに濃いコーヒーもどきをがぶ飲みしていた。
「女王。わたしはこれからどうすればいい?女王がアイツの裏の事とか、そこらへんは全部調査してビシッと決めるんだろうからわたしは口を挟まないつもりでいるけど」
朝食の後わたしは膨らんだ腹を撫でながら女王に尋ねた。どことなく目の下に隈があるような、寂しそうな微笑というか……女王はそっと苦しんでいると分かってはいたが、こちらもずっと寂しがってはいられない。早々に魔物を消し去って颯とかいう人に会わねばいけないのだ。別に颯に会うのは義務ではないが、色々と話し合って見たいというのが本心であったりする。
「そうですね……」
「あっ。話を乱すようで悪いんだけど。そろそろ心梨ちゃんが戻りたいらしくて。入れ替わってもいい?」
さやかがそっと話しかけてきた。わたしたちは顔を見合わせて、そっとうなずく。待たね、さやか、とアイコンタクトを取って、お茶をすする。さやかは目を伏せて、分身である心梨を呼び出す。ふと、瞼から涙が溢れ始めた。
「心梨……」
「ぅぅっ……あはぁっ、ぅあぁあぁぁっ」
心梨となった彼女が、泣きながら両手をのばしてわたしに駆け寄ってくる。女王と話し合うより先に、この子を癒してあげなくちゃ。わたしはそっと隠すようにヒールを唱えて、涙でぐしゃぐしゃになった顔を抱き寄せて頭をそっと撫でる。すると心梨に強く抱かれた。
「おっ、お、お疲れ様っ、水樹ぢゃん……っく」
「ん。ホント、疲れた。死ぬかと思った」
「ぞれ、比喩?」
「なわけないって」
「……ぅあぁっく、っくぁあぁっ」
「ごめん。ナイテクスト、助けられなくて」
心梨はわたしに抱き着いたまま首を横に振った。
「仕方ないでじょ。水樹ぢゃん、ありがとう。ありがとうね……っく。水樹ぢゃんが生きででくれで、ホンドに良がった。っく」
柔らかい金髪をそっと手で梳く。今は泣かせてあげよう。座ろうといってそっと膝枕をしてあげる。落ち着く、と言って心梨は目を閉じた。そのまま、泣き疲れて寝てしまったようで、甘い吐息が聞こえるようになった。わたしは頃合いを見計らって女王に再び尋ねる。
「で、わたしは何をするべき?」
「全国の魔物退治をお願いしたいかと。実は……サヤカさんと心梨は相当な頻度で入れ替わっていたらしくて、心梨もサヤカさんと同じくらいの武術経験はありますので、三人でお願いしたいのですが。もちろん、サヤカさんと心梨が入れ替わっても構いません」
わたしは凛子と顔を見合わせて、思いっきり頷いた。
「もちろん引き受ける。変える時期は分からないけど、絶対に夢楽爽に帰るから。心配しないで」
「せざるを得ないことを分かっていて、無茶を言いますのね」
ホゥッと頬に手を当ててため息を着く女王の頭もわたしは撫でてしまう。ポォッと女王の頬が真っ赤に染まって行く。
「ごめん、ちょっと子ども扱いしすぎた?」
「いえ、あまり、経験がないものですから……ありがとうございますわ。ふふふふふふ」
ヤバい、何か最近女王様めちゃくちゃ可愛い!でもって怖い!ほぇ~っ、萌え。あーっ、やさぐれたくせに萌えちゃってるわたし。ま、少しずつ治って来てるってことでポジティブに受け止めようか?言葉遣いはまだ荒れてる部分が多いけど。
「じゃ、凛子。昼食を食べたら出発しようか」
「ぅえ、早くね⁉」
「物事は早い方が良いんだ。さっ、わたしは読書をするから邪魔しないで、な?」
わたしは、ちょうどテーブルの上にあった本を手に取った。表紙をパラリと捲る。ぷぅんと本のいい香りが漂ってくる。わたしは口角を少しだけあげて微笑みながら、読み始める。
「あ……この話……」
「どうかなさったの?レムーテリン」
「あぁ、女王。うん、この小説の始まり、前の世界でわたしが大好きだった話に酷似してて。偶然ってあるんだな、なんて」
そうですか、と女王は笑って、紅茶を飲んだ。わたしも、そっとお茶に手を伸ばしながら、久々に優雅なティー読書タイムを始めた。
「それじゃあ……久しぶりに会えたけど。また、離れることになるね。えっと……頑張って魔物、消してくるから。颯にも会って来る。色々話も聞いて来る。あと、それと、この本、持って行っていい?」
少なめの荷物を背負って、わたしたちは別荘の玄関を振り返る。感動的な言葉を言ってみようと努力はしてみたものの、最後はガラガラ崩れてしまった。
「もちろん構いませんわ、麗しき姫騎士リーミルフィ様?」
女王がからかうようにわたしの別名を呼んだ。最近ではレムーテリンよりリーミルフィの方が慣れてしまったため、何だか落ち着く。
「じゃあ、わたしの側近の皆も、引き続きよろしく……お願い致しますわ。わたくしの留守の間、懸命に仕事に取り組んでください。これは、主であるわたくしの命令です」
「畏まりました」
右に立つ凛子、左に立つさやかの肩を抱いて、わたしは「行ってきます」と言葉を残して、歩き出す。心梨は、「リンコさんがいるならわたし、サヤカさんと入れ替わるわよ」と言って、さやかと入れ替わったのだ。
「いってらっしゃい、なんて、優しいこと言ってくれるよね」
「当たり前だよ、水樹ちゃん。だって、水樹ちゃんは皆の家族だもん。同然、なんてレベルじゃないよ。だから、絶対生きて帰ろうね」
「あたしがナイテクスト、さやかがレルロッサムの立場になるのか?まっ、頑張るぞ!」
凛子はケラケラと笑いながら早速飛びかかってきた魔物をつついて仕留めた。この辺りに魔物はほとんどいないし、いても最弱レベルの魔物だ。わたしだってつつけば終わるはずだ。睨むとか叫ぶでも行けるかもしれない。まぁ、いわば雑魚だ。
「じゃあ、進みながら色々整理していこう。わたしの分野は魔法、凛子は……オムレツポテト。さやかは剣」
「オムレツポテトって何だよ⁉」
凛子が喚く。ナイテクストと違ってオムレツポテトの意味を知っているため、からかう面白さが増す。
「はいはい、じゃあ、さやかが前衛、オムレツポテトが中衛、わたしが後衛ね。ほらほら、一列!」
初めて夢楽爽に来た時もこんな風にサティと煌紳と泰雫の四人で一列になって歩いたなぁと思いながら、わたしは一番最後に並ぶ。
「出発?」
「進行!」




