ご都合主義な創造主
「ちょっと待ったーっ!」
「何?」
心梨……さやかはおっとりと首を傾げる。
「心梨は、まださやかに似てると思う。最初からそう思ってた。でも。でも!凛子がこの世界の神とか、信じられないんですけど!認めたくないんですけど!」
「ぎゃはははっ、残念だったな水樹。あたしはこの中で一番偉いんだぜ。なんてったって神だからな!」
とにかく分かりやすく説明しよう。
凛子は、ファンタジー系の物語ばかり読んでいた。もちろん、二年前の天乃雨での話である。その中で特に気に入った小説に憧れて、スポーツ少女ながら、主人公がファンタジーな世界に迷い込むストーリーの本を書いていたという。
すると、主人公がわたし、姫がさやかにぴったりなことに気が付いた。凛子は、実際にわたしたちの名前が出てくるように変えて、台詞もわたしたちっぽくして、工夫を凝らして作ったそうだ。こんな世界が作れたらいいのに、主人公は水樹、姫はさやかという風に実際になったらいいのにと凛子は思ったそうだ。
ここから、ご都合主義のような感じで進む。凛子が思い描いた世界――露河が現れた。凛子はその創造主になった。というわけである。訳が分からない方が多いだろう。むしろ訳が分かったらすごいと思う。わたしも分からないから。
スイジュは創造主である凛子が思うように操れるようになっているそうだ。スイジュ、水樹という名前は、わざとわたしの名前にしたらしい。何でも、凛子とさやかを結び付けてくれたから、とか。わたしが二人を紹介したからこうして三人組として活動できているわけで……まあどうでもいいや。
そしてわたしは主人公と同じようにスイジュという名前の木に出会い、呼び出され、心梨はさやかの分身として生きているらしい。
「どうしてわたしも分身になんなかったかな……」
「そこらへんはあたしもよく分からない。時差とか、そういうところもよく理解できてない。でも、あたし、演技上手くないか⁉今までずっと演じてたんだぜ!水樹が勝負だ、とか言ってる時も、あーこれ本にあった台詞だとか思いながら思い出して会話するわけだ。そしたらさやかも台詞と丸被りすることを言ってだな――」
「罪悪感とかないのあんたには⁉自分が露河じゃなくて天乃雨の運命まで変えてるってことに!わたしたちに面倒をふりかけてるってことに!」
「あー、それはちょっと怖い時はあったな」
凛子が、突然神妙な顔になって頷いた。心梨が寄ってきて、わたしたちの肩を抱く。
「凛子ちゃんはどこまで行っても凛子ちゃんらしいし、水樹ちゃんは変わっても水樹ちゃんらしいし、良いと思う。あと、重大発表。わたし今、さやかになってます。えへっ」
…………
「はぁっ⁉」
あー、つまり、さやかは前、凛子が書いた小説を呼んだことがあったらしい。わたしに渡すと文学少女すぎて細かいこと言うからさやかにしようとか思って、と凛子は言ったそうだ。さやかは、読み進むにつれて自分が言ったことや行ったことが全て書かれていることに恐怖を覚えた。そして凛子に相談すると、この場面は小説には出てないけど、といって今の秘密を明かしてくれたそうだ。でも、楽しいから少し放っておかないか、と。
そこでわたしにも言ってほしかった。切実に。
「で?さやかは、心梨と体を入れ替えてこっち側に来たいーって分身に願って、こっちに来ましたー、みたいな?」
「そうそう、よく分かったね水樹ちゃん」
「マジなの⁉」
冗談を言ったつもりなのに真面目な顔をして頷かれて、わたしは叫ぶ。もうさっきから叫んでばっかりで疲れた。ハァ、もう。何だかなーだよ。
どこまでご都合主義なの?この世界。
「つまり、ホントはこの世界、存在してないってわけ?」
「そういうことになるな。うん」
凛子はコクリと頷くが、わたしは脱力した。
「あと、それで……レムーテリン。ヴィートレート王と、レルロッサムは……」
ついに、その質問が来てしまったか。語尾に?が付いていない辺り、もう分かっているのだろう。
「凛子」
「あぁ。二人とも、獄中死だ。いたぶられてな」
女王の顔がみるみるうちに青くなり、ハァハァと息をし出した。わたしはすぐに癒しをかける。
「さやか。分身にも伝えておいてあげなよ。父親が亡くなったら、誰だって悲しむものだ……」
「分かってるよ、水樹ちゃん」
わたしの場合ナイテクストは親ではないが、親のようなものだった。だって、一番泣いたのは全部、あの人の前だ。彼が死んでしまったのは……ダメージが大きすぎる。
「王の代わりを務めるのは、女王。あんた一人しかいないんだ。あたしがこれの創造者だ。その……悪い」
「いえ。それに、仰っていたではありませんか。こんなの、書いたところになかったって」
そうなの?とわたしは問いかけたくなったが、空気を読んで何も言わなかった。
「そうだな。きっと凛赤が話を歪めてこうしたんだろう。アイツは異常に強い。空間を歪めるのも容易かったりするだろう。となると、水樹にも出来そうだな。女王にも」
女王は「わたしレベル」というより、わたしより強い所が沢山あるから、それはそうだと思う。でも、女王が強いなんて知らなかった。わたしは、癒しをかけるために女王の側に来ていたから、そっと耳元で囁く。
「女王。貴女はきっと、肉体的に強いだけではなく、精神的にも強いはず。わたしの推測だけど、わざわざここに来たってことは、凛赤のせいで夢楽爽はぐちゃぐちゃってことだよな?だって、凛赤が魔物の発生源なら、一番早く被害にあうのは夢楽爽のはず」
「そうです」
「でも、そうすると矛盾がある。ヴィートレート王は、わたしに『夢楽爽はまだ被害が少ない方だ』って言っていた。つまり凛赤は、魔物を一気に夢楽爽に放ったってことじゃない?」
女王は、静かに頷いた。絶対にわたしが、夢楽爽中の魔物をすべて倒して見せる。世界の魔物がほとんど倒した。なら、夢楽爽の魔物を倒せば、ほぼ終わる。あとは、漏れだした魔物をちょこちょことつつくようにして倒せばいい。
「そうだ、凛子。前にアイツの家に行ったとき、トゥセールンって側近がいたけど、アイツは何なんだ?あと、オッティニモ」
「多分、あたしもそこらへんは書いてないから分からねぇけど、髪の色から察するにシャッテルだろうな。オッティニモは男性だろ?だからダウヴェだよ」
素朴な疑問をぶつけると、凛子は丁寧に返してくれた。久しぶりに会う親友なのに、そこまで感動的ではないのは、この凛子のお茶菓子爆食いがあるからだろうか。もちろん、作ったのは真華と貫春だ。あの二人は料理も作れるし、強いし、最強だと思う。うん。
「それと、女王。二人は埋葬しておいた。しっかり、天に行ったから、大丈夫」
「そうですね、レムーテリン。貴女に敬語を使われないのが新鮮です」
「あ、ごめんなさい、穏音様」
「構わないのよ?わたくしは今の方が好きですから」
女王はそっと微笑んだ。すると、「そうですわ」と呟いて、わたしを見つめて話し出す。
「わたくしが存じている方で、レムーテリンと同じ異世界人の方が一人います。名前は、ハヤトと言いましたね。颯と書くと教えてくれました。天乃雨の方でしたよ」
「その、颯という人は、今はどこに?」
「生きています。安心なさって。確か、レイカにいるはずです。今度、お会いしたらいかがでしょうか?残念ながらわたくしには仕事があって、案内することはできないのですが……」
「会ってみたい、その颯って人に。今度、魔物退治も兼ねて行ってみるよ」
わたしが微笑むと女王も可愛く笑ってくれる。そりゃあもう、可愛く。
「水樹、話終わったか?このお菓子美味いぞ」
凛子が話の終了を察して片手にお菓子を持って話しかけてきた。
「どうせ梅味を押し付けるつもりでしょ」
「梅味なんてないからな。ユッチェント味ならやるよ」
「食べたい!」
わたしが飛びつくと、皆苦笑した。凛子がわたしの口にお菓子を突っ込む。
「わっ!」
お菓子は、口の中でほろほろと溶けて、しゅわっと無くなってしまった。砂糖のような甘みが、口の中に広がる。その後、ユッチェント独特の丸っこい酸味やらなんやらが襲ってきて、そりゃあもう……美味!
「美味しい……」
「だろ?言ったろ⁉」
「あっ、わたしも食べる~」
さやかがお菓子に手を伸ばす。
「はむっ……きゃっ、美味しい!無くなっちゃった。チョコレートみたいな味がする。あっ、オレンジの味も!」
さやかが一人で興奮している。それがとても可愛らしくて、わたしは凛子とを顔を見合わせて笑ってしまった。わたしの側近は、「これが本当のわたしなんだな」という顔でわたしを見ている。
「そうだ。煌紳、泰雫、サティ、レーランティーナ、笑照、陽満。今日はホントに有難う。助かった。皆がいなければきっと、負けていた。これからもよろしく」
わたしが言うと、レーランティーナが顔をしかめながら笑うという器用な真似をした。
「レムーテリン様、お言葉が乱れていますよ。ですが……もう咎められませんね。貴女様はもう夢楽爽の姫の従姉妹レムーテリン様ではなく、麗しき姫騎士リーミルフィ様ですから」
寂しそうにわたしの頬をそっと撫でる。
「そうだね、レーランティーナ。わたしはもう、リーミルフィなのかも。じゃあ、ちょっとだけ、頑張ってみるとしますか。うぅっん。えー、この度の活躍、主として非常に嬉しく思いますわ。また、二年間わたくしの代わりに沢山の仕事をしてくれたこと、誇らしく思います。ここに労いを与えますわね」
わたしがそう言えば、レーランティーナは「懐かしいですね」と言った。その仕草が妙に大人びていて違和感がある。そういえばもう、ニ十歳を超えているんだった。
「皆、大人になったのですよね。わたくしもそろそろですわ。……って、凛子も二十歳超えしちゃってるの⁉その前に、学校とかどうなっちゃってるの⁉」
わたしは思わず叫んでしまった。凛子の精神年齢で二十歳なんて、大丈夫だろうか。わたしの心配をよそに、凛子はお菓子を五個右手に持って笑いながら左手をパタパタ振った。
「大丈夫なのだ~!その分の知識とかそういうのは次天乃雨に帰った時に調整できるから」
「そういうものなんだ……」
わたしが納得していると、突然睡魔が襲ってきた。そういえば最近ろくに満足に寝ていない。
「そろそろ寝たいな……」
「では今日はこの別荘をお借りして寝ましょうか。かなりの部屋数がありますから、全員一部屋で寝られると思いますよ」
「では湯浴みを致しましょう、レムーテリン様。準備を致します」
「あー……サティ。一つ、お願いしたいんだけど。久しぶりに、三人で入ってみたいなって思うんだ、お風呂」
わたしがそう言うと、サティは不満そうにすることもなく、優しげに笑ってくれた。
「なるほど。分かりました。ではわたくしは、準備だけ致しますね」
「では、レーランティーナとヴァラーペリアン。それが終わったらわたくしの湯浴みを手伝って下さる?」
女王がわたしの側近の女性に頼む。皆笑顔で走り出していった。わたしもすぐに脱衣所に向かった。
「凛子もさやかも、来てよ」
「分かってるってば」
「久しぶりだね、三人でお風呂入るの」
二人とも楽しそうで良かった。わたしが言い出したことだから、二人が嫌がったらどうしようと思ったのだ。前にも一度か二度、一緒にお泊り会をしたことがあって、とても楽しかったことを覚えていた。
「レムーテリン様、後はご自分でなさいますか?」
「そうね……自分でするわ。有難う、サティ」
「いえ。では、わたくしは女王様のお手伝いをしに行って参りますね」
二年ぶりのサティのほんわかスマイルで癒されたわたしは、すぐに服を脱ぎ始める。
「よし!入ろう!」
「おぅ!」
「うん!」
夜も楽しかった。お風呂では馬鹿騒ぎをして、一緒の部屋で三人小さくなって同じベッドで寝た。夜中はずっと久しぶりのガールズトークをしていたが、皆疲れていたためすぐに寝てしまった。
二人に挟まれて暑すぎて、思わず起きてしまった。リビングの明かりが点いている。誰かが消し忘れたのかもしれない。そう思ってそっと起き上がって、電気を消しに行く。
「っ……く」
「?」
電気を消した後、どこからか声が聞こえてきた。少し怖いが、そっとそちらへ向かってみる。声の出所は、女王の部屋だった。少しだけドアが開いているため、覗いてみる。
「……っ」
そこでは、女王が窓から夜空を見ながらそっと泣いていた。ヴィートレートのことを思うとわたしも胸が痛くなる。女王の気持ちが苦しいほど分かった。女王ほど付き合いは長くないが、二年を共にしたいわば戦友だ。
会いたいな……。御免、ナイテクスト。なんだかんだ言って、ううん、言わなくても、あんたは優しかったね。未熟者を育ててくれたし……そもそもの発案者はあんただけどさ。幸せだったよ。
わたしはすぐにベッドに戻って、そっと目を伏せた。瞼を閉じると一筋の滴が目じりから零れ落ち、そっと二人の笑顔が浮かんで消えた。




