悪魔と死に際と鮮血と恨みと
「な、んで……?」
わたしは、扉の奥にいた人物を見て動けなくなってしまった。
「そんな……そんなわけない!」
「そんなわけあるわよ」
キャハハハ、とあくまでも楽しそうに笑う11歳の少女を見てわたしは胸をそっと抑えた。
「凛赤……あんたが最大の敵だなんて思っても見なかった。でも……親の仇、恩人の仇を討つ。心梨が強くなったことは知ってるよね?わたしだって麗しき姫騎士だ。こっちも、あり得ないくらい強力な助っ人だ。済まないけど……殺す」
この世界の唯一の年下の親戚だった。でも、凛赤を殺さないという選択肢はない。わたしが凛赤を見据えると、「何睨んじゃってんの?キャハッ」なんて笑う。あれから少しは打ち解けたと思ってたのに……結局裏切り者だったってわけか。
わたしも今までさんざん魔物を殺してきた。いまさら人殺しにビクビク怯えることもない。裏切られても、そこまでうろたえずに友人を殺すという意識に切り替えることが出来た。
「生身の人間でも、相手は罪人。生きる価値はないわ。水樹ちゃん、剣で切りかかったって、大丈夫よね?」
「もちろん。相手もチートかもしれないけど、こっちだってわたしと凛子がチートだから。好きな時に行って構わない、心梨」
「うん!」
従姉妹を前にしても、うろたえずに殺す宣言をする心梨に思わず称賛の拍手を送った。強くなってるじゃないか。それに、「チート」が伝わった。……まぁ、いい。それならとりあえず、味方の攻撃力、防御力、回復力、スキルの威力、あらゆるものを爆発的にアップさせて、敵――凛赤のあらゆるものを急激にダウンさせるスキルを使って、強力なトップクアラティのガードシールドを張って、準備は万端。
「心梨、行け!」
「分かった!」
心梨は剣を振りかぶって凛赤に向かって進む。スッと剣を振り下ろすと「ッ」という声と腕から滴る血が見えた。
「へぇ、結構やるわね。じゃあ、場所を作り上げてあげる。そこでなら、好きなだけお互い暴れられるわ」
そう言って凛赤は、指をパチンと鳴らした。一瞬で風景が切り替わり、草原になる。
「かかっていらっしゃいな。さっきは防御力を0にしていたからああなったけれど、次はそうはいかないってことを証明してあげるわ」
あれで、防御力0?じゃあ、防御力が上がったら――
「ダメージは与えられない」
「正解よ、ハバサワミズキ。あタしにはダメージは入ラなイ。いくら強度な魔法デモ絶対に無理よ」
かなり離れたところにいるのに、凛赤はわたしの呟きをしっかりと拾った。凛赤の方がわたしより凛子より心梨より、ずっと遥かに強い。だが、言葉の発声がおかしくなってきている。
……まずい。ヤバい。敵う?
「水樹ちゃん。わたし……ダメージを与えられなくても、絶対にやってみせる」
「親の仇を討ツためニ従姉妹を殺すナンて、残酷ね、夢楽爽ノ姫」
凛赤にそう言われた瞬間、心梨の瞳に迷いがゆらりと浮かび上がった。
「心梨。アイツは従姉妹じゃない。ずっとわたしたちを狙ってた、悪役だよ」
「そうね。分かってる。わたしは絶対に、許さない!」
この台詞、聞き覚えが……?
「もしかして、夢で出てきたのって、心梨だったのか?」
「あ……わたしもたまに、何だかわからないけれど何かを感じる時があったの。一番最近は……ダウヴェにずっと持っていた水晶玉を壊されたときね」
「だから、嫌だやめて駄目、水樹ちゃんって言ってたのか。……詳しくは後で」
「うん」
凛赤がふわりと浮かび上がって、片手をわたしに向けた。
「死ネ!」
『トップクアラティ・ディ!』
早い⁉今までに見たどんな攻撃よりずっと早い。ナイテクストよりレルロッサムより、わたしより……?
魔法は、バリアを破壊して終わった。
「ディって……」
「死ぬ。だカら、死ねって言っタでしょ?なノに死んでクレてないナンて」
「そんなに簡単に死ねるか!」
「アンたも変わっタわね。でモ、余裕デ勝てルわ」
凛赤が嫌な笑みを浮かべる。無詠唱は出来ないみたいだが、その代わり威力は半端ない。詠唱するためどんな攻撃が来るか分かるしそのための防御も先に出来るが、早さで上回られたら、大変かもしれない。
『トップクアラティ・ダークファイアディ!』
もっと強いレベルの魔法攻撃が来た。信じられない速さで向かってくる。まずい!ガードの準備が終わってない!それなら……自分の前だけにバリアを張れば、まだ間に合う!
「っ⁉」
「水樹ちゃん!」
「水樹!」
左の肩から胸にかけてが、焼けるように痛い。いや、実際に焼けている。痛いじゃすまされない。気を失いそうなほど、胸と肩、頭がガンガン鳴り響いて、辛い。とにかく、絶対にトップクアラティのバリアを張らなきゃ……。
凛赤が放った魔法は、バリアを壊してわたしの肩と胸に命中した。このままじゃ、わたしまで死ぬ。だって、ダークファイアディだ。ダークファイアが付いたせいで、胸と肩が焼け焦げ、チリチリと言っている。プシャァッと気味の悪い音を立てて、追い打ちのように血が噴き出してくる。
「くっ……」
膝をついて頭を草原の草につけながら呻く。こんな痛みを感じたことがない。死にたくない……。
「ネーリンワーナ……」
心梨が左で鞘から剣を抜いて、カチャリと前に突き出した。
「前も今も、貴女を許せない。きっと……必ず未来でも許せない。お父様を殺して、レルロッサムさんも殺して、魔物を作って罪のない人々を殺した。そして今、水樹ちゃんも殺そうとしている。これ以上誰かが死んだらわたし、耐えられない。でも、貴方が死ぬのは喜べるわ。絶対に、殺す!」
心梨が右の腰の位置に剣を構えて、走り出す。早い。随分と強くなったようだ。でも……痛い。痛い!
「水樹。応急処置だ」
凛子がわたしの胸と肩の部分に両手をかざす。すっと破れた肌が復活し、表面を覆う。だが、周りにこびりついた血や、体内で暴れる痛みは消えない。
「もう少し、癒してよ、凛子」
「分かった」
凛子が両手をぎゅっと握る。痛みが、少しずつ治まって行く。
「助かった、凛子。じゃあわたしたちも、突っ込んで行く心梨の援助をしよう」
凛子は苦笑して、走る心梨に両手をかざす。すると、心梨の周りに黄金の光が現れ、瞬く間に心梨が目に見えるほど強くなった。走る速度も段違いだ。剣も光り、風が強く吹く。ならわたしは、内側からサポートすれば……!詠唱しよう。その方が強い威力になって心梨に届く。
『この地に生ける 全ての生命よ 今我に力を貸し 今我に希望を与えよ 想うは力 感じるは強さ 命の輝きと共に 全能力向上せよ』
「トップクアラティ・オールアップ!」
心梨が、わたしたちの方を見てニコリと微笑んだ。そして、すぐに凛赤に視線を戻す。彼女は、余裕の表情で突っ立っていた。
「やあああぁぁぁあぁぁっ!」
心梨が構えていた剣が横と縦に一回ずつ舞った。
「ハっ……!」
小さく呻いたのは、凛赤だった。
「心梨!」
「やった……っ」
と呟いた瞬間、十字に切られていた凛赤の上半身がみるみる再生していく。
「残念ネ。アたしには自動再生能力があルの。殺ソうとシテも無理よ。すグに生き返るわ。キャハハッ!じゃア、行ケ!セカンド・ダークファイアディ!」
「くああぁぁあぁっ!」
ブシャァッ!と派手な音を立てて再び、わたしの肩と胸の肌が破れて肉が裂け、血が滝のように噴射した。痛みに思わずのけぞる。先ほどよりずっと酷い痛みだ。セカンド・ダークファイアディは、二度目の死?くっ……きつい。癒しで延命は出来ても、近くに死ぬことは避けられないかもしれない。
「水樹⁉」
「凛、子……」
「水樹ちゃん!御免、わたしが一発で倒せなかったから――」
「一発であタシを倒す?無謀ヨ。ソレもそロそろ死ヌわね。二人デ対抗できるカしら?つまラナそうね」
凛赤が肩にかかった髪をはらう。わたしは、力を振り絞って治癒魔法をかける。すぐに、二人も魔法を重ねてくれる。でも、セカンド・ダークファイアディは収まらない。
「ぐあぁっ!」
また、肉が裂けて血が噴射する。駄目だ……死ぬ。
「チッ……水樹、まだ死ぬなよ。今、助けを呼ぶ」
凛子が焦ったように叫ぶ。
「スイジュ!連れて来い!」
凛子の視線の先をやっとのことで追う。そこにはまた、半透明のスイジュがいた。そしてキラキラと光を伴って消えていく。
「水樹、今助っ人を呼んだ。大丈夫だ」
「ん」
意識が遠のき始める。これで目が覚めたら死んでいるのだろうか。嫌だな。
「まだ死んじゃ駄目!水樹ちゃん!」
心梨がわたしを揺さぶる。痛みが、増す。よくこの気を失いそうな痛みに耐えられているなと自分を褒める。
「そろそろ、死ぬような、言い草だね、心梨。まだ、死なない、から」
「うん、まだ死なないで……スイジュが来たよ」
わたしはそっと心梨から視線を外し、後ろを振り返る。スイジュのてっぺんから、何個もの光が浮いて出て来て、パッと人型になった。そっと血を吐く。あぁ、まずい。早く誰か、癒して……。
「水樹。女王、煌紳や泰雫、水樹の側近たちだ」
「レムーテリン!」
「レムーテリン様っ!」
女王とサティが駆け寄ってくる。
「久しぶり、女王。サティも、しばらく」
「無理して話してはなりません。わたくしが手当てをします」
女王が、わたしの左肩と左胸に両手をかざす。すると、みるみるうちに傷が塞がって行く。気持ち悪さも痛みも苦しみも血の温もりも恐怖も、全てが消える。凛子が助けてくれた時の何倍だろうか。本物の癒しとはこういうものなのだろうか。
「あノネぇ、感動的なシーンだロうから待ってあゲテるんだけど、モウ我慢できナいわ。魔法、ぶっ飛バして良いカしら?」
頭上から妬ましい声が降ってくる。癒しが効きすぎたのだろうか。わたしの体に力がみなぎっている。いつの間にか血も破れた服も元通りになっていた。見れば、髪まで艶がある。でも、今魔法が来たら、きっと避けられない。でも――
「サード・ダークファイアディ!」
二度あることは三度ある?違う。三度目の正直だ!間に合え!
「トップクアラティ・クリアシールド!」
追い打ちで!
「トップクアラティ・エレメンタルビューティー!」
盾を出して同時に飛んでくる炎を水で消しつつ、炎系が得意であろう彼女に水系の魔法をぶつければ……?
「な⁉ディを防いダ⁉」
凛赤がところどころから血を出しながら、わたしを睨みつける。
「でもあんたまでは消せなかった。なら……もっと強い魔法が!」
「ミズキ様。それならばこちらをお使い下さい。女王の私物ですが、使っても構わないと」
煌紳が後ろから、何やら細長い包みを手渡してくれる。わたしはそれを受け取りながら、女王をそっと見る。軽く頷いた彼女に頭を下げ、包みから中身を取り出す。
「魔剣です」
何故それを女王が?とは問わず、わたしはそっと柄に手を馴染ませた。初めて持つ剣なのに、しっくり来るというか……これなら、行ける。
「とどめは貴女がさしなさい、レムーテリン。誰もがそう思っているわ」
女王の言葉にうなずいて、わたしは剣を構える。良い魔法はないだろうか。
「皆、援助魔法をかける。手伝って」
「分かっています」
全員が了承してくれる。
「じゃあ……トップクアラティ・エブリワンオールアップ。出撃!」
「馬鹿ね!あンたにあたシは殺せナい!」
前にある祝詞を唱えなくてもわたしは、魔法がかけられる。それをついさっき知った。でも、皆があそこまで強いなんて知らなかった。わたしが出撃と言った瞬間に飛び出し、次々に沢山の技をかけて行く。凛赤も嫌がっている。ならば、ここでわたしが行けば!
凛子と心梨、女王が一度に剣と魔法を入れた瞬間、わたしは飛び出した。祝詞を唱えればその分、威力も上がる。走りながら唱えてもそれは変わらないはず。わたしはニヤリと口元を歪めて、凛赤を見据える。頭の中にフッと祝詞が浮かんだ。そして、口を開く。
『この地に生ける 全ての生命よ 今我に力を貸し 今我に希望を与えよ 想うは全て 感じるは世界 命の輝きと共に 聖なる光よ 悪しき力を罰し 愚かな身に苦しみを 女神の吐息で 目覚めるは白き愛 麗らかな水に愛を乗せ 激しき滝へと変化せよ』
「トップクアラティ・ヴィーナススマッシュストーム!」
バッッッッシャアアァァァァァ――――
「ギゃあアああアあぁァぁあアアぁァっ―――!」




