睨み癖
「んっ!」
ハッと意識を取り戻す。体中を駆け巡る血液と流れ出る汗を感じる。そして同時に――。
「寒い……」
重い瞼をこじ開けて、目を開ける。
「なっ⁉」
背中に悪寒が走った。夢を見たときの汗ではない、冷や汗と脂汗が滲み出る。ゲームでよく見る、嫌な場所だった。
「地下牢……」
薄暗くてジメジメとした場所の一つの牢に、わたしは閉じ込められていた。
「ナイテクスト!レルロッサム!どこ⁉」
二人がいない。どうすれば……牢の鍵を壊せば?わたしはふと思いつく。だが、鍵の解除の呪文はゲームそれぞれによって違う。ならこの地下牢全体を魔法でぶっ壊せば、どうにかなるんじゃないの?
ちょっと待って、考えて、水樹。何がどうなってこうなってる?
わたしは自分で自分を制して、頭に考えを巡らせる。
わたしはお昼ご飯を食べた後、すぐに寝た。睡眠薬があったんだ、多分。……しかも、強力な。普通、ここに運ばれた時点で起きるはず。わたしったら何で気付かなかったんだろう、迂闊だった。でもなんでわたしをここに連れてきた?分からない、何が何なのか。何の目的?仕方ない、魔法で牢をぶっ壊すしかないだろうな。
「あっ……!」
今頃気が付いたが、後ろ手に縛られていて、右足が鎖で壁とつながっている。無理矢理見ようとすると、左手の甲にある魔法紋が消えていた。
「解除された……?」
魔法紋がなければ魔法が使えない。確かナイテ……ヴィートレートが半年くらい前に、わたしに魔法紋を刻んだ時言った。なら、わたしにはもうなす術がない?
「そん、な……」
「目覚めたか、麗しき姫騎士いや――ハバサワミズキ」
「何でわたしの名前を⁉」
何時間経っただろうか、しばらくしてから黒い服をまとった男が一人、女が二人地下牢にやって来た。暗くてたまにしか顔が見えない。
「調査をすればなんでも分かる。世の中とはそういうものだ」
フッと笑って、男がわたしの前に手をかざした。すると、体に激痛が走った。
「ぐはぁっ……!」
「あの方の命令だ。手を緩めることなどしない」
「ぐふ――」
このままいくとわたしは完全に敵キャラだ。わたしは何もしてないのに。「あの方」って誰?わたしに何の恨みがある?
ケフッと咳をすると血が出た。今だにびくりとするような赤黒い嫌な色をしている。それでいて、艶やかで綺麗だ。棘のあるバラのような……。
男が手を下ろすと、激痛が走るのは終わったが、不快感と余韻のような痛みがある。わたしは、男をギッと睨んだ。
「俺はダウヴェだ。こっちはハイクトーエとシャッテル。まぁ……お前の敵だ、悪を運ぶ移民」
「なっ!」
男――ダウヴェがニヤリと笑った。フードのある服だから、光る目しか見えない。ダウヴェは青い目、ハイクトーエは赤い目、シャッテルは水色の目をしている。
「何故、それを……?」
「さきほども言ったろう、世の中は調べれば何でも分かる。舐めるな」
「言っておくけど、わたしは悪なんて運ばない」
「運ぶ。お前はこの世に悪を運ぶ」
ダウヴェは、無表情でそう言い切った。グシッと心に鋭い矢が刺さる。物理的ではなく、精神的に、だ。二年たった今でもわたしは、それを気にかけていた。わたしは善を運ぶのか、悪を運ぶのか。コイツが言うならそうなのかもと思ってしまう自分に呆れる。
「ナイテクストとレルロッサムはどこ?」
「知らないわよ」
ハイクトーエが甲高い声で話し始めた。そっと視線をダウヴェからハイクトーエに映すと、彼女も嫌な笑みを浮かべて笑った。
「キャハハハッ、この期に及んでまだお仲間とやらの心配?すぐに自分が殺されてもおかしくない立場にいるのに、仲間はどこ、だなんてさ。……いい子ぶってんじゃねぇよ!」
ハイクトーエがわたしに手をかざす。激痛に負けて思いっきり血を吐いてしまったわたしを見て、シャッテルがケラケラと笑う。
「いますぐにあんたたちを同時に殺してあげる?それとも、一緒の場所に集めて苦しめながらにしようかしら?ねぇ、選ばせてあげるわ、どっちが良い?」
「どっちも拒否する」
「そこは遠慮って言わなきゃダメよ?」
シャッテルが細い腕を鉄格子のなかに入れてグッとわたしの頭を小突く。
「っく」
「呻いちゃってさ、それで姫騎士を語られるとこっちも困るんだよねー、主上の方が強くってさ、どうしても舐められる気分になって、殺意が湧くわけ。分かる?」
「分かったら頭を撫でてあげるわ。こんな風にね!」
シャッテルが手をかざすと、頭が押し付けられたようになって、痛みに叫びそうになる。
「クハッ!」
ダウヴェが相変わらず無表情でわたしを見下ろす。
「私たちの攻撃方法がこれだけだと思うな。手を抜いた手加減の最低レベルがこれだ。さぁ、たいていのことは話したな。もう帰るぞ。こんな汚らわしい所にいつまでもいる趣味はない」
「待て!」
わたしは、力を振り絞って叫ぶ。三人は上がりかけていた階段の途中でわたしを見下ろし、余裕の笑みを浮かべる。姿があらわになった。ダウヴェはチョコレート色の髪に紺青の瞳、ハイクトーエは真紅の髪に同じ色の瞳、シャッテルは群青の髪に空のような色の瞳をしていた。ハイクトーエは左右を違う長さにしていて、シャッテルの髪はふわふわとしていて腰辺りまである。ダウヴェは、オールバックのような髪型だ。
「何のようだ」
「二人の場所をまだわたしは知らない」
三人は同時に笑い出した。そして、ダウヴェがおかしそうに一言だけ置いて行く。
「こちらに得があればとっくに言っている」
わたしは、完全に荒んだ。口調もきつくなってレルロッサムやナイテクストほどではないが荒れるようになり、目つきが鋭くなった。誰かを睨む癖がついた。もちろん、あの三人以外と会ったことは無いが。こんな風に豹変する主人公の本も読んだことがある、とどこか頭の片隅で思っていた。
悪役を書くのは本当に苦手・・・




