お招きと二度目の夢
たまには夢楽爽に帰ってみてもいいんじゃない?とわたしが言ったのは、あの夢を見た日の夜だった。わたしとレルロッサムは結局あの後魔物狩りにはいかず、帰って来たナイテクストと一緒に夕食を食べた。
「夢楽爽に帰る、か。そうだな、久しぶりには良いかもしれんな」
「自分も、今の夢楽爽に興味はあるぞ」
「なら、一回帰ってみようよ。わたし、側近にもクィツィレア様にも凛赤様にも会いたいよ」
「今となってはクィツィレアと凛赤、ではないのか?」
身分的にはそうかもね、とナイテクストの言葉に苦笑いしながらわたしは言った。もう既に麗しき姫騎士とオムニポテントナイト&ソールドレディはかなりの有名人になっていて、知らない人はいないレベルの代物になってしまっている。
「今日出発するか?このあたりのダンジョンもかなり制覇したしな」
「レルロッサムが嫌じゃなければ、そうしようか?」
「自分は文句などないに決まっているであろう。リーミルフィこそ、今日は大丈夫なのか?」
ポトフもどきを口にしつつ、レルロッサムが訪ねる。出来るだけふわっと笑って、わたしは親指を立てた。
「大丈夫!もう完全回復だよ。心配かけてごめんね、二人とも」
「平気ならば良い。明日出発だな!」
「早く寝るとするか」
全員でパクパクと夕食を食べて、すぐにベッドに入った。もわんと暖かい布団がわたしを包み込んでくれる。昼間まで寝ていたはずなのに、すぐにわたしは眠りに落ちた。
「おはよう、二人とも。出発だね!」
「あぁ、そうだな」
「自分も楽しみだ」
二人ともかなり故郷が懐かしかったのだろうか、朝になっても興奮している。わたしは、そうだなぁ、「生まれ育ったふるさと」ってわけじゃないから、ただ単に友達に会いたいって感覚なんだよね。申し訳ないけど。
パンとミルク、小さなチキンとサラダ、ベーコンエッグを食べて外に出る。うーんっと伸びをすると、早朝の柔らかい日差しがわたしたちの頬を照らした。
「行こう!」
そう言って歩き出すと、ふいに後ろから声がかかった。
「お待ちくださいませ!麗しき姫騎士様!」
「ふぇ?」
振り返るとそこには、跪いた……騎士?みたいな人達が三人ほどいた。
「私たちは、この国の王族を守るナイトでございます。是非、ご同行願います。王が、お三方とお会いしたいと」
ヤバい!向こうはきっと、夢楽爽の王であるナイテクストの顔を知ってる。絶対に会ったことある。だってここは、第一位の国、コウリオウィート。ふっとナイテクストを見ると、焦ったような顔をして、一歩前に出た。
「すまぬが、騎士たちよ。王との謁見は、姫騎士のみ、という風には出来ぬのか?」
「王は、しばらくのご滞在をお望みです」
つまり、しばらくゆっくりしていけ、ということか。命令ならば従わざるを得ない。ナイテクストもため息をして、一歩下がった。了承して構わない、ということだろう。
「分かりましたわ、皆様。着いて行きましょう」
「有難うございます、麗しき姫騎士様!それに、オムニポテントナイトとソールドレディ!」
どうしてもオムレツポテトなんだよなぁ。じゃなくて。早朝にして夢楽爽への帰還の道を閉ざされたわたしたちは、仕方なく興利央の王と謁見することにした。
「こちらでございます」
……でしょーね。
案内されたのは、もう見たことがない位大きな城だった。夢楽爽の城も「何じゃこりゃ⁉」って感じだったが、こっちはもう驚きを通り越して呆れる。高さは30階建てのビルくらい、横は一般住宅……20前後くらい。いや、こんなに広かったら移動が面倒でしょ、考えなかったのかな?
「着いて来てください」
えぇ、と返事をして、そっと後ろを振り返る。レルロッサムはぽかんと口を開けて、ナイテクストは羨ましそうに城を見つめている。
「ほら、二人とも!」
「ぅあ、あぁ」
完全に圧倒されてるよ、こりゃ。
「よく来てくれた、麗しい姫騎士&オムニポテントナイトとソールドレディ。待っていたぞ」
謁見の間に案内されたわたしたちの前に、恰幅のよい中年の男性が座っている。これが、興利央の王らしい。彼はわたしたちをじっと見る。このままでは、ナイテクストがヴィートレートだとばれてしまう……なんてことはなく。
「日々の戦い、お疲れであろう。勝手ながら、部屋を用意させて頂いた。ゆるりと休んでくれ」
「有難うございますわ、王」
「夕食に招待させて頂く。昼食は部下に運ばせよう。麗しき姫騎士、夕食までにこれを読んでいただきたい」
昼食までじゃなくて、夕食までなんだ……?
王は、わたしに分厚い資料を差し出した。恐る恐る受け取る。言っておくが、前にクィツィレアからもらった選考資料とは比べ物にならないほど分厚い。確かに、昼食までではなく夕食までと言った意味が分かる。
でも、わたしの本好きを舐めるでない。こんなに活字が詰まったものを読めるなんて、きゃーっ、楽しみ!
「では、案内せよ」
「はっ。では、こちらへ」
ナイテクストはさきほどから自慢げに仁王立ちしている。何故かって?王にヴィートレートだとバレなかったからだ。わたしが、幻をみせる魔法でナイテクストの顔が他者から見ると泰雫とか煌紳とかに見えるようにしたのだ。
二人とも、ごめんね。
「リーミルフィ様はこちら、ナイテクスト様はこちら、レルロッサム様はこちらでございます」
あ、別々なんだ?
「じゃ、待たね、二人とも」
「あぁ」
「待たな」
わたしは自分の部屋に入ってみた。香水のような甘い香りがしてきて、眠くなる。ヤバいヤバい、資料を読まねば。
わたしは、ふかふかのベッドの隣にあるデスクでランプを付け、資料を読み始めた。
資料の内容は、ものすごくものすごーくものすごーっくおおまかに説明すると、魔物の討伐依頼だった。いつ行けばいいだろうか。まぁ、二人と合流してから決めればいい。
ダーッと息を吐く。なんとか、昼食前に読み切った。選考資料の時は時間がかかったけど、その間にわたしも成長している。もともとあの時はじっくり決めたくて、ゆっくり見ていたから、仕方がないのだ。今回は、似たような内容が続くところが何個かあって、そこは斜め読みをしていたから、余分な時間をなくしてパッパと読むことが出来た。
チリン、と可愛いベルが鳴る。昼食が来たのだろうか。
「構いませんわ」
「失礼致します」
王の側近が、昼食を持ってやって来る。別のテーブルにコトンと昼食を置くと、笑顔で出て行く。
「おかわりは自由です。その機械を押していただければいつでも参ります。食事が終わられました場合にも、その機械を押してください。では」
と言って。そして昼食は、豪華だけれど少な目の量だった。夕食がまっているからだろう。それも、宴のような夕食が。
今までにも、例えばレイカクィンツィアの王の夕食に招待されたことがあって、昼食がとても美味しかったからおかわりしたところ、夜が宴で辛かった。何もお腹に入らない。なのに、手元のお皿にはどんどんと料理がつまれていく。必死になって食べた。
今回は、このくらいの量で良いだろう。あの宴も何とか持ちこたえられると思う。レイカクィンツィアとコウリオウィートは違うから分からないけれど。
わたしは、ベッドよりもふっかふかのパンに手を伸ばし、両手で持ってみる。すると、それだけでちぎれた。なんと、ユッチェントブレッドだった。情報を集めているのだろうか、リーミルフィの好物はユッチェントブレッドだ、とか。でも、どう考えてもこれは偶然だ。二か月間、このパンを食べていなかったから。
「甘い、じゅわって果汁が出てくる、そんでもってパンの繊維?柔らかくてほんのり甘くて弾力があって、美味しい……!」
感動しながらハムハムとパンを食べていると、他の料理が冷めていくことに今頃気付いたわたしは、急いで他の食事にも手を付ける。
スープはちょっぴりしょっぱくてコクと深みがあった。サラダの葉はみずみずしくシャキシャキで何もつけずに生野菜で食べたくなるほど美味しく、お肉も中は赤く外は茶色く、最高のレア。
固めと柔らかめがあって、わたしは少しだけ、固めをおかわりした。固い方は肉々しくて、ジューシー。柔らかい方は、ナイフじゃなくてフォークが当たっただけでほろりと溶けて行った。もうどっちも美味しくて困った。
飲み物は爽やかですっきりするセレクサワー。セレクというのは、レモンのようなシークワァーサーのような味のする柑橘系の果物だ。びっくりして飲み干すのを忘れてむせたほど美味だった。
「美味しかったー」
機械をポチッと押すと、すぐに王の側近が入ってきて、失礼致しますとお皿を片付けてくれた。
「あー、どうしよ。眠くなってきちゃった。寝ちゃおうかな」
ふわんとしてくる意識に抗いながらわたしはベッドにもぐりこむ。豪華な食事の後は必ず眠くなる、庶民の鉄則だ。ま、わたしは麗しき姫騎士なんだけどさ。
「おやすみ~……」
最近わたしは眠ってばかりいる。そう思いながらわたしは、すぐに寝息を立てて眠り始めた。
「どうすればいいか、わたしにだって分からない。でも、やるしかないよね?」
あ、また、聞こえる。あの声、あの人。迷ってる。
「ミズキちゃんなら、どうするかな……」
わたしの名前だ。呼んでる。わたしの助けを呼びたいのかな。
「わたしのやるべきことって何なんだろう、ミズキちゃん……」
分かんない、わたしにも分かんないよ。だってわたしは、神様じゃないから。
「あっ!」
ゴオォオオォオォ……心が燃えてく。教えてよ、キミ。何が憎いの?恨みがあるのは何?わたしは、何をすればいい?
「ひどい……許せない。ごめん、ミズキちゃん。わたしもう……抑えきれない」
そんなに苦しいならわたし、きっと止められないね。頑張って。応援してる。
「助けてくれてありがとう、ミズキちゃん。必ずわたし、わたし……やってみせる」
うん、そうだね。頑張って。でもわたし、何もしてない、貴女を助けてない。
「頑張るから、わたし。ミズキちゃんも頑張って」
分かった。頑張るよ。お互い頑張ろう。キミも、わたしも。




