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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第一章
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水樹とスイジュ


 さやかの家に入るのは、二人ともかなり久しぶりだ。一年ぶりかもしれない。わたしは、手に持ったビニール袋をさやかのお母さんに差し出す。


「これ、中学の帰りに買った、チョコレートパイです。さやかちゃんにどうかな、と思って」

「あら、御免なさいね、有難う。あとでさやかに持って行くわね。あと、お茶も」

「有難うございます~。それじゃあ、さやかの部屋、行って良いですかね?」


 美人のお母さんが首を縦に振った瞬間、凛子は階段を速足で登っていった。わたしは苦笑いしながら、お母さんに軽くお辞儀をした。


 さやかのお母さんは、本当に美人だ。黒とも茶色ともいえる地毛はゆるい天然パーマで、背中まで垂らしたロングヘアが良く似合う。すっぴんで買い物に行ったら、通常日に五割引してくれたそうだ。


「よぉ、さやか!大丈夫か?」

「こら、凛子!さやかちゃん、熱のところ御免ね。お見舞いに来たよ」


 ニパッと笑う凛子を抑えながら、わたしはドアを閉める。そして、凛子を自分の後ろに回して挨拶をする。


「おはよう。有難う、水樹ちゃん、凛子ちゃん。わざわざ御免ね。コホッ、ゴホッ、少し咳が出て、微熱もまだあるから、うつすと悪いよね。マスクするね」


 さやかの華奢な体が、ゆっくりと動く。細くて高い、小さくて鈴が鳴るような繊細な声と共に、二つに分けて耳の下で縛った黒髪が揺れる。肩上までしかない髪は、さやかのお母さんとはまた少し違う魅力を持っている。


「あー、さやかが眼鏡外してるー。うわー、あたし始めて見たー」

「あっ、そうだね。凛子ちゃんは、見たの初めてだね。ふふっ、そっかぁ」


 赤いフレームの眼鏡が、ベッドの右側の棚の上にちょこんと置いてある。


「ほら、二人とも座って。ゴホッ、ケホッ」

「無理しないで、さやかちゃん。苦しいなら、わたしたち、帰るよ」

「ううん、良いよ、水樹ちゃん。二人が来てから、コホッ、少し、楽になった」


 それなら良いけど、とわたしは不安そうに左を見た。椅子に座ってのんびりしている凛子は、さやかの眼鏡を取って検分している。


貴女に何が分かるのよ。全くもう、世話が焼けるなぁ。


「凛子、さやかちゃんの眼鏡が傷つくでしょ。そろそろ戻しなさい」

「ん、あ、うぃ」


うぃって何よ。


 凛子が棚の上に眼鏡を戻した瞬間、部屋のドアがノックされた。


「さやか、水樹ちゃん、凛子ちゃん、入るわよ。さやか、二人がチョコレートパイを買ってきてくれたのよ。感謝して食べなさい」

「えっ、そんなぁ、悪いよ、二人とも。ホントに有難うね。ゴホッ。いただきます」


 咳をしながらも美味しそうにパイを食べてくれるさやかを見ながら、わたしはベッドの後ろにある壁に付いた棚を見ていた。


「どうしたの、水樹ちゃん?」

「あぁ、その棚に、何が入ってるのかなって」

「アルバムよ。小学校卒業アルバム」

「えっ、アルバム⁉見る、あたし、小学校時代の二人、見てみたい!」


 凛子は、中学で一緒になった友達だ。小学校の時は、水樹とさやかとは別々で、中学一年で同じクラスになってから、初めて仲良くなったのだ。


「五年前のわたしたち、かぁ……。さやかちゃん、三人で見てみない?」

「そうだね、良いよ。その棚の一番左側。薄ピンク色のアルバムよ」


 わたしは小学校卒業アルバムを取り出して、一ページ目を見た。


「桜が丘小学校、六年二組。へぇ、二人とも二組か。あたしは三組だったな」


 六年二組の名簿を見始めると、二人とも最後の方に名前が出てくる。


「夜桜さやか。おっ、頭が良い人ランキング第一位。おめでとー」

「今は凡人よ?」

「あたしよりは上だ」


 凛子は視線を巡らせて、わたしの写真を探し始める。


あの、ですね。わたし、影薄いですかね。わたしより後ろに載ってる友人、先に見つけましたよ、凛子。ショックですね。はい。


「あった。羽葉澤水樹。将来社長になっていそうな人第三位。三位かー」

「何よ、悪い?」

「あたしなんて、おちゃらけ者第一位だもんね」

「貴女はおちゃら獣よ」


 凛子はギッとわたしを睨んでから、盛大に笑いだした。


「否定出来ねぇ!」







 わたしたちは、アルバムの中身に突入していた。編集者が勝手につけた写真のコメントが色々なところにあって、わたしたち二人の写真もあった。


 最も、凛子と一番遠い位置にいるわたしには、写真なんて全く見えないが。辛うじてさやかが少し見えているだろうなぁ、くらいにしか思えないほど、凛子は独占している。


「おっ、二人とも可愛い。ひゃー、ニコニコだ」

「ちょっ、見せなさい。馬鹿にするような写真、あった?」


 凛子が笑いながらアルバムを差し出してくる。見るとそこには、校庭のど真ん中で二人で歯を突き出してVサインをしている写真があった。


「ちょっとやりすぎた写真、載せられちゃったのよね」


 さやかは笑っているが、わたしはもっと別のところに注目していた。


「ねぇねぇさやかちゃん。何で木があるの?校庭のど真ん中に」

「木?あたしが見たときにはなかったぞ」

「何の木?桜が丘小には桜しかないけれど」

「違う。桜じゃない。葉の色が、水色でピンクで黄色で紫で緑で白……」


 わたしの瞳には、おかしな木が映っている。


「っ、この木、光ってる?」


 アルバムの写真の中の木が、ゆらゆらと光りだした。わたしは怖くなって、ページを捲る。そこには、わたしの写真が多くあった。


「おっ、水樹が多いページだ。少し見せてくれよ」

「……え……?何、これ……⁉」


 わたしが少しでも、髪の毛が少しでも写っている写真には、全部どこかしらにあの木があった。


「木が、どこかしこに……嫌だっ!」


 わたしは怖くなって、さやかにアルバムを渡した。


「水樹ちゃん、木なんてないよ。錯覚だよ」

「水樹ぃ、アルバム見ようよー」


 凛子とさやかが、仕切りに訴えてくる。が、わたしは見たのだ。あの気味の悪い木を。


「御免っ、わたし帰る。気分悪い。またね、さやかちゃん、凛子」


 何故あの木でこんなにも体調が豹変してしまったのかは分からない。苦しい。息が出来ない。

何それ。わたしもの凄く失礼。馬鹿みたい。何であの木があんなに怖いの。怖くて苦しくなるの?わたしに何が起きてるのよ。今すぐに知りたいよ。あぁ、でも無理、苦しい……!


「あっ、水樹ー!御免、あたしも帰る。アルバム、御免。おーい、水樹!」


 凛子がさやかに別れの挨拶をしながら、わたしを追ってくる。


「すみません、わたし、帰ります。さようなら」

「あたしも帰りまーす!さよならっ」

「あら、さよなら、二人とも。忙しそうね。また今度」


 速足になっているわたしと走っている凛子を見てその結論にたどり着いたのだろう。ちっとも急いでなんかいない。ただ、あの木から逃げるのには、急いでいる。


「おい、水樹っ!何があった。みんな心配してる」

「木が見えたの。虹色の木が。ゆらゆら光るの。わたしが写っている写真全てに。怖くて、逃げてきた」

「御免な、理解できないが……帰ろう」

「うん。そうだね、御免」


 わたしたちは、頑張って出来るだけゆっくりと歩き始める。まだ鼓動が激しい。喉を締め付けられる感覚は残っている。


 突然、男の子が飛び出してきた。前からは、早めのスピードで走る黒い車がいる。


「あっ、危ないっ!」


 わたしは、思わず飛び出してしまった。男の子を抱きしめ、反対側の路地に駆け込む。車には引かれずに済んだ。


「あ、有難う、お姉ちゃん。へへっ」

「危ないから、飛び出しちゃ駄目だよ」

「うん。バイバイ」

「待たね。気を付けて」


 男の子に手を振って、わたしは立ち上がる。男の子は、路地から見て左側、わたしたちが来た方に走って行く。


「ふぅ、セーフ」


 そう言って道路を見ると、車も男の子ももういなかった。


「おい、水樹。突拍子もないことはやめろよ。無事か?」

「うん、無事」

「なら、帰ろう」

「ちょっと待って、凛子」


 ん?と言いたげな表情の凛子を横目でチラリと見ながら、わたしは振り返る。


「ちょっとこの路地、行ってみたくて。何か良い雰囲気、ない?」







 結局、少し話し合ったところ、凛子は先に帰り、わたしは路地に行くことにした。もちろん、凛子とすぐに連絡が取れるように、携帯の電源を入れて。


「なんとなく入る路地って、いい雰囲気あるよね。鼓動も落ち着いて来たし、たまには寄り道。木から逃げてるようには見えないけど」


 ずっと歩いていても、なかなか終わらない。住宅街がずらずらと並ぶ。突然、足元の道が、湿った苔の匂いと草に変わった。


「あれっ、草の原っぱでもあるのかな?」


 わたしは早歩きになって路地を歩きだす。不思議な木のことも記憶から薄れかけたその時。


「木……っ!」


 木があった。虹色にゆらめく木が。幹は茶色で、ところどころに苔がある。そして、葉は……。


「水色、ピンク、黄色、紫、緑、白……」


 怖い。苦しい。いつまでもわたしに付きまとう。


「嫌っ!」


 わたしの全神経が、拒絶反応を示している。


何で?


 グッと締め付けられる胸の手で押さえると、目玉が飛び出るほど早く動く心臓が感じられた。


 わたしは思わず、瞼を閉じた。きつく、きつく、木が見えないように。振りむいて帰ろうとしたその時。


「お待ちください、ミズキ様」

「っ⁉」


 低い男の声が聞こえた。思わず振り向く。不思議と、拒絶感はなかった。穏やかで、わたしの心とは裏腹に、凪いでいて落ち着いた、澄んだ声だった。


「ミズキ様、どうぞ、私たちの瞳を、見て下さいませんか」


 今度は、別の男の声がする。力強く、頼りがいのありそうな声だ。わたしは、思い切って二人の男の目を見つめる。


「……あれ?人じゃない?何それ、怖いっ!しかも様付け!」


 わたしが見つめたのは目じゃなかった。ちょっとボワァン、とした、マリモみたいな、ギュッて握ったら気持ちよさそうな……。


「フッ。私たちは人ではありません、ミズキ様。ですが、獣でもありません。今は、光になっております」


 左に青の光、右に緑の光が浮いていた。声が出ると、光が動く。察するに、青の光が落ち着いた男の声、緑の光が力強い声のようだ。


「ミズキ様、どうか、私の背にお乗りください。光に触られるだけで構いません」

「えっと、青さん、貴方に触るとどうなるんですか?」

「●〇〇●●へ参ります」

「えっと、聞き取れません、すみません。とにかく、触れば良いんですね?」

「はい」


 穏やかな光に、わたしは触ってみる。


あぁもう、わたしホント馬鹿。変なことがあったら凛子と連絡を取るために携帯を持ってるって言うのに、ここぞというときに使えないって。何だろうね、どこかで使いたくないんだよね。触りたいの、この光に。何この誘惑。しかも、目の前に木があるのに落ち着いていられる。光に信頼を寄せてちゃう。馬鹿だなーっもーっ。


 恐る恐る、人差し指を近づけると、青い光が一層青く染まって、動き出した。わたしは、ふわりと浮いて、青い光とつながる。


「キャッ、えっ、何⁉怖いよ、凛子、さやかちゃーんっ!」

「ミズキ様、どうか、お静かに」

「ふぇっ⁉」


 わたしが前を向くと、あの木があった。二つの光は、木の一番上に行って、急降下し始めた。

「キャーッ!」


何が何だか訳が分からなくなっていきます。でも、こんな訳の分からない小説読みたくねぇ!って言わないで下さいね?もう少し冷静な小説になると思いますので・・・!

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