羽根ペン、良し
わたしは、天乃雨に来て、思い出したことがある。クィツィレアは、王と女王との面会に成功したはずだ。わたしが凛赤と出会った、あの日。あの時クィツィレアは、夢楽爽の名産品を作りたいとは言っていなかったか。ファルテモッポしかない特産品を、増やした方が良いのではないか。
夢楽爽は、露河の中で一番順位が低い。夢楽爽が何を出しても、既に一位の興利央は持っているだろう。ならば、天乃雨のものを出せば、興利央も真似出来ないかもしれない。製法は夢楽爽の上層部で秘匿すれば、漏れることもない。
何かないだろうか。わたしは、本で読んだ貴族が持っていそうで現実にあるものを探し出す。頭をフル回転、脳味噌を総動員だ。
「ん?は、羽根ペン?羽根ペンは、どう⁉」
「何だ、羽葉澤。どうした、この説明文は羽根ペンと何か関係があるというのか?」
「ぅえっ⁉あっ、御免なさい、先生、関係ないです、すみません」
授業中につい、叫んでしまった。スイジュに出会った日を知っているクラスメイトの凛子には、変な目で見られてしまった。普通のクラスメイトの目は、「優等生の羽葉澤が壊れた」みたいな?
御免なさい凛子、もう心配かけないからね。
わたしは家に帰ってから、書庫に直行した。書庫の中にあるテーブルの上に、確かインクと一緒に羽根ペンがあったはずだ。本棚の間をすり抜けて、わたしはテーブルに向かう。
「あった……」
ペンの上に羽が付いている、ただただ豪奢なペンだ。でも、ただただ豪奢なのが、貴族受けして売れるものなのである。もちろんこれは、本で学んだ予備知識だが。
「うーん、ヴィートレート様に献上してみる?あっ、提案の方が良いかな。一回クィツィレアにどんな面会をしたか聞いた方が良いかもね。特産品とか名産品を、どんな風に扱うかとかも、色々決まっただろうしね。わたしがやけに首を突っ込んでも、邪魔になるだけだもん」
羽根ペンの製法を秘匿すれば夢楽爽の名産品になる。だが、製法を売ってしまえばもっとお金になるはずだ。押しかけてきた他領の貴族たちに売れば、ガッポリ……。
「金儲け……ムヌフフ……」
「何言ってるんですか、先輩」
「ぅえっ⁉あっ、沙良ちゃん、賢汰くん、おはよう」
わたしはいつの間にか図書室のカウンターの中で羽根ペンについてパソコンで調べていたらしい。家に帰って羽根ペンを見つめてニヤニヤしていたのは、何と昨日のことだったのだ。
そりゃ、羽根ペンの製法調べながら金儲けだ、いやっほーってしてれば、引くよね。うん。
鈴田沙良と横川賢汰は図書室の常連で、カウンターに入って良い学年ではないのにしょっちゅう入って図書委員のみ読める資料を漁り読みしてニマニマしている。
ま、ある意味同類なんだけどね?自覚してるよ。すみません、迷惑かけて。
「沙良ちゃんと賢汰くんは何を呼んでるの?」
「わたしは図書委員の履歴。読んでみると楽しいですよ」
「僕はペンの製法の本。あっ、持ち出し禁止じゃないですもん、読んで良いんですからね!」
賢汰は、わたしに怒られると思ったのか、頬を膨らませて言い訳をしながら本を両手で抱え込んだ。だがわたしは、賢汰を怒る余裕なんてなかった。
「ペンの製法の本……持ち出し可能……。賢汰くん、この本、借りる予定?」
「い、いえ、違いますよ」
わたしの鋭い眼光のせいでそう言わせたようにも見えたかもしれないが、保証人は沙良だ。
「そっか……有難う、賢汰くん。心から感謝します。よし、借りよう。手続きは図書委員だからうまくできるし、長い間借りてても調整は効くよね。ラッキー。昔のわたし、マジ英断!」
「羽葉澤先輩、何をおっしゃってるんですか?」
「わっ、玖美玲ちゃん!おはよう、今朝も早いね。本を借りるにあたってどうするかなーって話だよ。玖美玲ちゃんは何を読むの?」
いつの間にかカウンターに、わたしたちと同じく図書室常連の白宇野玖美玲がいて、わたしが起動し検索してそのまま放置していた今やスリープ状態になってしまっているパソコンを見ながらわたしに尋ねてきた。
「わたくしは、そうですね。昨日読みかけていた小説を読もうと思っているのですが……カウンターの一部を借りても構いませんか?」
「良いよ。皆、カウンターの居心地が良いの?笑っちゃうなぁ、カウンター内部人の人口密度が……」
わたしは、笑いながら羽ペンのページを探す。玖美玲は生粋のお嬢様育ちだ。言葉遣いから仕草から何から何まで、家のしきたりや礼儀が全て付け加えられると共に、お嬢様感が爆裂するのだ。玖美玲様や白宇野様、などと、様付けする人も珍しくない。
「あった。羽根ペン……あー、あんまり書いてないよ。メジャーじゃないっけ?あれー?片側1ページしかないし、字も大きいから、あれだなー。一応書き出してみようかな」
わたしがぶつぶつ呟いていると、右側から、玖美玲の心配そうな呆れた声が聞こえてきた。
「あのぅ、羽葉澤先輩。一体どうなさったのですか?この間は夜遅くまでお家にお帰りにならないと伺いましたし、わたくし、心配でなりませんわ」
「え、ちょ、どこまで情報漏れてるの⁉あー、玖美玲ちゃんは、家があれだから、情報を知ってても不思議じゃないか……」
わたしは勝手に納得して、「羽根ペンの製法が詳しく知りたいんだよ、自分で作れるくらい」と言った。3日しかないので、早めにしなければならない。
「ならば、わたくしたちも巻き込んで下さって構いませんわよ?」
「へ?」
「ですから……わたくしや鈴田さん、横川さんも巻き込んで事業を進めればよいと思うのです。それぞれに努力は致しますのに。ましてやわたくしなんて、委員も部活も同じで、しかも両方の副委員長と部長の方にお願いされれば、断れるわけがありませんもの。頼まれなくても、善意で協力致しますわ」
玖美玲が軽く高校1年の二人に目配せをすると、同じ学年で玖美玲の強さを知っている二人はすぐに立ち上がって笑顔を見せた。
「白宇野さんも僕も鈴田も協力しますって。何ですか?言って下さいよ」
「羽根ペンの製法ですか?調べますよ、沢山。原稿用紙何枚分が良いですか?わたし、その用紙ピッタリに収めてまとめて持って来ますから」
強気の3人に苦笑しながら、わたしは学年委員という権限を使って、携帯を取り出した。
「あ、もしもし、凛子?図書室に来て。4人で待ってる」
「お願い、出来る?」
わたしは、4人に夢楽爽のことは隠して、どうしても羽根ペンの製法が知りたいと言うことを言った。
「うーん、よし。あたしは協力するぞ。親友の頼みだしな!」
「わたくしも、手伝いますわ。上司兼先輩に頼まれて断るなんて、勿体なくてできませんもの」
一気に3人が協力してくれた。残るは後輩の二人だが、どうだろうか。だが、わたしの目は腕まくりをして筋肉ムキムキポーズをした凛子の腕だった。
「ねぇ。あんた、そんなに筋肉あったの?」
「あ?あぁ、おぉ、ま、まぁな」
凛子は顔を赤らめて袖を戻した。
いやービックリだよ。親友が実はキン肉マンだったらって、想像してごらん。ね、ほら。ビクるでしょ⁉
「えっと、わたしで力になれるんですか?なれるなら、喜んでやりますよ」
「僕、夏端先輩みたいに筋肉もないですし、手助け出来ますかね?」
「なるほどね。言ってしまえば二人とも。筋肉は関係ない。必要なのは頭脳だよ。羽根ペンの製法を、出来るだけ簡素にまとめるの。筋肉がある凛子はペン工房にわたしと一緒に行くよ。移動も筋肉を使ってね、楽に行こう」
「それ、筋肉関係ねーじゃん」
素早くツッコミを入れてくる凛子に向かって舌を出すと、わたしは二人に向き直った。
「ならわたしたち、手伝います」
「力になりますよ」
頼もしい2人に笑顔を見せると、わたしは2枚の紙を取り出した。ごめんなさい皆様。実は、わたしと凛子で大丈夫でした。ごめんごめん、マジですまぬよ。わざとじゃありません。
「皆、気持ちは嬉しいけど、やっぱり先輩の凛子にお願いしようかな。定位置に戻って良いよ。あっ、凛子は図書室にいてね。凛子以外は大丈夫。一つ分かれば全て終わるからね。有難う、皆」
わたしは2枚の紙の左上に、それぞれの名前を書き込んだ。わたしたちがする行動を書き込んで渡しておくのだ。凛子とわたしは、明日学校を休むことになる。なにせペン工房に行くのだから。ペン工房はどこにするか、行っても構わないかをチェックしなければならない。
やるなら徹底的にやらなきゃね!サボるぞー!




