また二人と
一瞬目まいがして、わたしは湿った草の上に立っていた。後ろを振り返るとそこには、月光で照らされたスイジュがあった。前を向けば、家が立ち並んでいる。
「天乃雨に……帰って来た……」
思わず力が抜けたわたしは、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「ミズキ様」
煌紳が差し伸べてくれた手に掴まって、わたしは立ち上がる。
「煌紳、泰雫、有難うね。ここからは、わたし、一人でも行けるから。二人は、帰ってて良いよ」
「分かりました。ですが、ミズキ様が底の角をお曲がりになるまでは、お見送りさせていただきますよ」
「うん、良いよ。それじゃあ……待たね。四日後にまた、ここに来るから」
「畏まりました。それでは」
わたしは二人に軽く手を振って歩きだす。湿った草から固いコンクリートに変われば、わたしはタッタッと走り出す。二人を見たら泣いてしまうから。早く家に帰って寝なくちゃ。制服のポケットに入っているきつくて閉められない腕時計を取り出す。午後七時。
「家に、帰らなくちゃ」
興奮と悲哀が入り交ざった気持ちのまま、わたしは自宅のインターホンを鳴らした。
『はい、羽葉澤です』
「……ただいま、お母さん」
『……っ、水樹⁉水樹なの⁉あぁっ、もう……六時になっても帰らないから心配したわ。行方不明ではないって、信じていたの……。良かったわ……』
その声と同時に、お母さんがバンとドアを開けて、出てきた。わたしを一目見るなり、下がった眉をあげようとせずに口角だけをあげて、抱き着いて来た。
「お母さん……門限から一時間しかたってないの?」
「えぇ、そうよ。……一時間のこと、聞かせてくれるかしら?」
「御免ね、お母さん。ちょっとまだ、話したくない、かな」
わたしは、抱き着く腕の力を緩めて、呆れながら笑っているお母さんを見上げた。階段の一つ上に立っているお母さんに見下ろされる形で、わたしは笑みを浮かべる。
「仕方のない子ね。さぁ、入って。まだお父さんは帰って来てないわよ。良かったわね」
お母さんが悪戯っ子のような顔をして笑った。わたしも、「そうなの?」と返して笑う。通学バッグは、いつの間にかわたしの部屋にあった。
「凛子!」
「ぅえっ⁉なっ、何だよ、水樹。大丈夫かよ?そういえば水樹、昨日の木は、どうなった?平気だったのか?」
朝、わたしは迎えに来てくれた凛子に抱き着いた。昨日の夜に、凛子にメールをしておいたのだ。明日は家に迎えに来てねと。今日は水曜日。土曜日に私は、露河に帰るのだ。
そんなことを脳内で文章に変換していると、あることに気が付いた。
わたし、いつの間にか、露河に『帰る』ってなってる……。心梨ちゃん、煌紳、わたし、もうあっちも自宅みたいだよ。
「うん、うんっ、平気だったよ。あの木はね、わたしに幸せを与えてくれたから。でもね、凛子。やっぱり、凛子とさやかちゃんがいないと、駄目だ……」
「おいー、何なんだよー、水樹ー。あの木がお前に幸せを運んだのかよ。あー、もうあたしには分かんねぇ。とにかく、良かったな」
「うん、良かった。ねぇ、さやかちゃんの家に行こう?久しぶりに、三人で行きたいよ」
「おっ、図書室は良いのか?そういえば今日、今六時十五分だな」
わたしは凛子に微笑みかけると、「行こうっ」と言って歩き始めた。
「さやかちゃん!おはようっ」
「わっ、おはよう、水樹ちゃん、凛子ちゃん。昨日は大丈夫だったの、水樹ちゃん?」
さやかが出てきた瞬間、わたしはさやかに飛びついた。甘い香りがぷうんと漂って、風邪が治ったばかりのさやかの華奢な体につい全体重を押しかけてしまう。
「もちろん、大丈夫。ねぇ、それよりもさやかちゃんは大丈夫なの、風邪?治ったの?」
「うん。今日は三人で行くの?」
「そうだよ。さやかちゃん、行こう?」
「そうだね、行こう」
わたしは二人に言われてしまった。何だか良い意味で変わったよね、と。
「ふふっ、やっぱり二人といると良いね。安心だよ。敬語もいらないし」
わたしは休み時間、図書室で二人と読書しながら独り言を零していた。
「何言ってんだよ。お前、普段敬語使わねぇだろ。わたくし、お姫様ですわ!みたいなの、水樹が言うの、想像してみろよ。笑えるだろ!なっ、さやかっ」
「うーん、そうだねぇ。でもね、水樹ちゃんは可愛いから、言っても問題なしだよ?」
さやかが真面目な顔で言うので、わたしたちはびっくりしてしまった。
「やだー、さやかちゃーん」
「えっ、あれ?駄目だった?」
「いやー、駄目じゃないけど」
こんな軽いやり取りができるってやっぱり良いな、とわたしは思ってしまう。貴族より平民?何か違う?




