リスタート・騎士特訓
「性急すぎます、ミズキ様!」
「ご、御免なさいね、煌紳。その、思いついたら、止められなくなってしまって……」
「思い付きであそこまで運ばれても困るのです!根回しはこちらで負担しなければなりませんし、ミズキ様方は面会依頼を書くだけで済みますが、こちらは全て行わなければなりません。ましてや心梨様もいらっしゃいます、こちらはなるべく早く事を済まさなければならないのです。まったく……このような事になるのであれば、思いついたことはまず側近におっしゃってください。出来るだけミズキ様の要望をお汲み取り致しますから」
ただいま、説教中。皆、聞きたくないね。わたしもだよ。じゃあ、幕を閉じようか。するするする……。
「ミズキ様!お聞きでいらっしゃいますか⁉」
「ふきゃんっ⁉ごっ、御免なさい……」
わたしが出来るだけ悲しげに睫毛を伏せると、何故か煌紳が悔しそうな顔をしながらくしゃりと笑った。
「そのようなお可愛らしいお顔が下に向くと、お説教をやめざると得ませんから、どうかおやめください」
「お世辞、ですか?わたくし、眼鏡もかけておりますし、別に可愛くもありませんよ……って、眼鏡⁉」
今気が付いた。眼鏡が、ない。
「あぁ、眼鏡ならば、こちらで保管しておりますわよ、レムーテリン様」
サティの優しい声に癒される。良かった、と返しながら、わたしはココアクッキーをほおばる。どうやらこちらの露河では眼鏡がなくてもよく見えるらしい。
「煌紳、お世辞はよして下さいませ。わたくしは平凡な顔をしているただの上級貴族です。そのように褒められるような良いことはしておりませんから」
「また、謙遜なさって。誰にも謙遜と分かる謙遜は、してはなりませんよ、レムーテリン様」
今度は笑照に言われる。笑照の方がずっと好かれると思う。そんなにニコニコ笑っていられないし、わたし。
「ね、ねぇ煌紳。やっぱり、リスタート・騎士特訓は駄目かしら?その、わたくしの側近たちが、体力を持て余しているし、その体力を発散しながら特訓できたら、とても効率が良いと思うのだけれど」
「そうですね、その理論は一理あると思います。分かりました。私たちは急いで事業を進めます。スイジュの件についても、天乃雨のことについても、私たちで出来る限り負担いたしましょう。皆、ミズキ様の側近になるとはこういうことです。毎日汗まみれの状態を覚悟していきましょう」
煌紳の言葉に、側近全員が頷く。
あ、あれ?わたしってそんなに問題児?うん、問題児だね。大変大変申し訳。
「明日、王に色々なことを説明なさるのは水樹様です。文面を考えた方がよろしいのでは?」
「あぁ、そうね、泰雫。サティ、珠蘭、手伝ってくれる?」
「畏まりました」
二人を連れて右の部屋に向かう。最近は右の部屋をライトサイドルーム、左の部屋をレフトサイドルームと呼ぶようになった。
良いの、側近は分からないかもしれないけど、分かりやすいでしょ?うーん、ライトルームでも良いかなぁ……。
「沙庭、文末は『全て、王のためです』と入れるのはどうでしょう?」
「良いですね。レムーテリン様、こう致しましょう。『このリスタート・騎士特訓は、騎士の体力及び――』」
サティが言う言葉の意味は全て清く正しく、正確で単純明快であり、この国のためのこと、事業なのだということを表す、わたしには考えられない文だった。
「サティ、珠蘭。二人で考えてくれません?その、わたくしが考えるより、二人が考えた方が説得力も乙女の魅力も『知識ありますアピール』もあるし出来るし、最高ですから」
「最後の言葉がよく聞き取れませんでしたが、分かりました。わたくしたちで作りましょう」
「レムーテリン様はお部屋でお休みください」
わたしは陽満と煌紳に付いて来るように言い、部屋に戻った。いわゆるレフトサイドルームだ。
「わたくしは読書をするけれど、二人は?」
「わたくしは、お洒落について学びますわ!このパッドで、綺麗な美容について考える講座を見ます。ニハッ!」
「私はもちろん事業の裏回しをします。ご息女様のお依頼でしたら、王様もお断りできないでしょうし、先に動いておいて損はありませんしね。出来るなら陽満にも手伝ってほしい所ですが」
「ずっと楽しみにしていたのですよ、今日を!」
煌紳はため息を着いて、自分の部屋から資料を取ってきた。わたしは笑いながら読書を始める。今日のお話は、あの日、明日読みたいと思っていた、物語の本だ。
明日の面会に備えて、わたしは早く寝る。今日の夜ご飯に、炒め物は出なかった。ユッチェントを使った甘いお菓子やフルーツサラダで楽しんで、わたしは柔らかい眠りについた。
「おはようございます、皆。今日は勝負の面会の日、張り切っていきますよぉ!えい、えい、オォーッ!」
朝、わたしが大広間で叫ぶと、全員が疲れた顔をしてははっと笑った。
「側近はサティ、煌紳、泰雫、珠蘭。この四人で行きましょう。貫春、真華、ユッチェントブレッドをお願いね」
「畏まりました」
二人と同時に、側近がさらりと動き出す。わたしもサティと珠蘭を連れてリビングへ向かう。ただ、読書をしながら朝食を待つのではなく、昨日書いてもらった紹介分の最後の暗記に努める。
「朝食が出来ましたよ、レムーテリン様」
「あら、そうなの?じゃあ、いただきましょう」
わたしはやけに震えた手で大好きなブレッドを掴む。いつもは甘くてとても美味しいブレッドは、今日はサラサラとした甘みを感じていた。咀嚼と嚥下が難しい。
「レムーテリン様、緊張なさらないで下さいませ。一度王とはお会いしたことがある身なのですから、笑顔で行きましょう」
「えぇ、そうね。頑張りましょう」
励ましの言葉で、ユッチェントブレッドに味が戻った。
王の部屋の前で、二人と合流した。三人で頷きあって、兵士に扉を開けるように言う。王に確認し、兵士が重い扉をギギギギと開けていく。
「入りたまえ」
「失礼致します」
どうやらわたしより凛赤の方が緊張しているようだ。凛赤の声が震えている。わたしの手よりもだ。
「クィツィレア、レムーテリン、ネーリンワーナ、何のようだ」
「はい。王様、三つ、お話があります。一つ目は、リスタート・騎士特訓です」
二人が必死で考えてくれた分をしっかり暗記したのは正解だったようだ。一言も間違えずに言えた。王はわたしの言葉を一つ一つじっくり吟味して聞いていく。
この王様、ある意味良い王様なんだよね~。
「駄目でしょう、か……?」
「お願いしますわ、お父様。いえ、王様」
「あた……わたくしからも、お願い致しますっ」
あがった凛赤も、頑張ってお願いしてくれている。わたしも急いで跪いて、首を垂れる。
「リスタート・騎士特訓……レムーテリン、リスタートはどういう意味なのだ」
「再スタート、という意味です」
「ほぉ、再スタート・騎士特訓、か」
あっ、リスタートは知らないけど、再スタートは分かるんだ。リを知らなくて、スタートは知ってるのかな。
「良いな、面白そうだ。なぁ、穏音?」
「えぇ、貴方様がよろしいのでしたら、わたくしも賛成致しますわ。クィツィレア、レムーテリン、ネーリンワーナ。よくそんなことを考えましたね」
「有難う存じます、お母様」
クィツィレアはふわりと笑ってまた跪く。
「許可しよう。話の最後に、契約を結ぶ。これは国全体で取り組む問題だ。その場所を作ろう。其方、手続きだ」
「畏まりました」
王様は楽しそうに笑いながら言った。わたしはすぐに話を切り上げる。
「二つ目は、わたくしの一時帰還に関する問題です。久しぶりに天乃雨に戻り、あちらの状況を理解して、こちらに戻って来たいのです」
「あぁ、それはすぐに許可しよう。この問題は、穏音。其方が処理した方が早いであろう」
「分かっておりますわ。すぐに処理致しましょう」
穏音は柔らかく笑って側仕えにそっと指示を出す。すぐに三つ目に切り替えた方がよさそうだ。
「最後のお話です。わたくしたち、スイジュを見に行こうと思うのです。これには王の許可がいります。故に、王の許可を取りにこちらに参ったのです」
「スイジュ。露河と天乃雨を繋いで其方をこちらへ導いたあの木だな。何故だ?」
「クィツィレア様が興味を持たれたのです。わたくしがこちらへ参った道を知るのは無理だが、木を見るのは出来る、この考えを持って、王の許可を取りに参りました」
なるほど、と顎を撫でながら王は悩む。「スイジュまでの護衛の負担をお願いしているわけではありません」とわたしが言えば、王はにやりと笑って答えを出した。
「其方らがスイジュへ行くのは許可する。さすがに護衛を付けずに行くのは危険だ。其方の申したリスタート・騎士特訓で育てた者を使え」
「っ……有難う存じます!王様!ぜひともそうしていただきます。では、わたくしたちも騎士特訓の見学や程度の参加などを許されませんか?」
「ほぉ……よかろう、許可する。契約だ」
王はそう言って、契約書を二枚取り出した。
「リスタート・騎士特訓の設立の契約、それへの見学、参加を許可する契約書だ」
わたしたちは赤いインクで名前を書く。最後に凛赤が名前を書いて、それはわたしたちの目の前でふわりと消えた。ポシュッと音を立てて。
「え?」
「消えた?」
わたしと凛赤が驚いていると、王様は豪快に笑って、「其方らは見たことがないか」と言った。
いや、あるわけないじゃないですか。わたし、ここに来てから一ヶ月もいないんですよ?その間にこんな貴重な契約を見ることがあると思いますか?
「これで契約完了だ。レムーテリン、其方は明日から天乃雨に戻れ。三日だ。四日後にリスタート・騎士特訓についての事業を開始する。スイジュへ行くのは五日後だ」
「了解致しました。本日は本当に有難うございました」
「あぁ、こちらも有意義な時間を過ごすことが出来た。感謝する。では、明日、出発は朝早くだぞ、レムーテリン。起きたら朝食を食べてすぐにここに来ること。良いな?」
「畏まりました」
今日は早く寝ないと、と考えながら、わたしたちは別れの挨拶を述べて、王の面会部屋を出た。
「ねぇ、お二人とも。本日はあたくしの部屋にいらっしゃらない?あたくしの部屋というより、家ですけれど」
「まぁ、行きたいわ。お母様の許可が取れれば、わたくしは参ります……けれど、レムーテリン様は?」
「わたくしは、……ねぇ、よろしくて?」
わたしが四人に睫毛を伏せながら問いかけると、四人は苦しそうに身もだえながら、「少しだけなら構いません」と言ってくれた。
やったね!でも、どこが可愛いんだろう、わたしの。眼鏡なしだと、意外といい感じなのかな?いや
いや、それはないよ。ないない。
「わたくしも、少しのお時間でも構わないならば、お邪魔致したいです」
「良かったですわ!これで、三人揃いますね!トゥセールン、家に連絡を出して下さい」
ちょっと気になってしまった。凛赤が、「お父様お母様」と言わずに「家」と言ったこと。
「もしかして、一人暮らしなのですか?」
「あら、どうされましたの?」
「あぁ、凛赤様は、ご両親と離れて暮らしていらっしゃるのでしょうか、と思って。それならばわたくしもこのお城をお暇して、自分の家を持った方が良いのかと」
心梨と凛赤は、一瞬顔を見合わせた後、二人してクスリと笑った。
「ふふっ、違うわ、レムーテリン様。5歳を過ぎれば、一人暮らしをするか両親とともに住むか、選べるのよ。ネーリンワーナ様は一人暮らしを選ばれたのでしょう?」
「そうですわ、クィツィレア様。あたくし、ちょっぴり冒険をしてみたくなったのですわ。だってあたくし、王様のご息女の従妹ですもの、良い側近が付いているのですよ。だからあたくし、5歳から一人暮らしをしているのですわ。一人暮らしはとても楽しくてよ」
凛赤が少しばかり得意そうに言って笑うと、クィツィレアは可愛い子を見るように笑った。
「ねぇ、レムーテリン様。貴女様はずっとこの城にいて下さいませんか?わたくし、同じ年ごろの女の子と仲良くなりたいと思っていたのです。駄目かしら?」
「だっ、だっだっ、駄目なわけないじゃないですかっ!そんな、そんな……駄目なわけないですよぉっ!」
そんな可愛い顔で可愛い声で可愛いことを言われちゃっ、「嫌だ」なんて言えないじゃないかぃっ!まず言いたくもないよぅっ!
わたしが目をキラキラさせて言うと、凛赤が「おっほっほっほ」と高い声で楽しそうに笑うと、
「ねぇ、あたくしの家に来るという約束はどこへ行かれたのかしら?」と言った。
「そっ、そうね。行きましょう!」
わたしが鼻息荒く言うと、二人は苦笑して城の出口へ向かい始めた。




