先生ドギマギ訪問会
わたしは今日もクィツィレアとお茶会をしていた。この前に出来たわたしの部屋は、クィツィレアの部屋を借りていた時の構造と全く一緒で、過ごしやすいと側仕えからも評判だ。わたしも特に不満はないし、むしろ好きな色の系統で安心するくらいである。
「それで、レムーテリン様。貴女様は、天乃雨へお戻りになりたいとは思われませんの?」
「あぁ、たまには思いますよ?でも、まず現状把握が最優先ですからね。それをしつつ、クィツィレア様とスイジュについて調査をするのです!」
「あら、お元気ですこと。わたくしも一安心ですわ。ふふっ」
「まぁ、そんなに心配していらしてくれたのですか?わたくしも嬉しいです」
クィツィレアと優雅な会話を交わしながら、クッキーをつまむ。サクリと心地良い音を立て、口の中でほろりと溶ける。甘い味が広がって、思わず幸せな顔になってしまう。
「そろそろお父様にお伺いをした方がよろしいのではないですか?余裕なお顔をなさりながら悲しいことを言わないで下さいませ。やはり天乃雨にもお戻りになりたいでしょう?わたくしだったら寂しくて、今頃は追い詰められて泣いてしまうわ」
「そんなことはありませんよ、クィツィレア様はお強い方ですし、わたくしは天乃雨のことより先にこちらの世界を理解してある程度日常を進めておいて、そこから天乃雨に戻れば良いと思うのです」
「素晴らしい方ね、レムーテリン様は。わたくしよりずっとお強いわ。わたくしももっと頑張らなくちゃいけませんわね」
クィツィレアがわたしを見て、瞳をキラキラさせる。待って。そんな目でわたしを見ないで。わたし、そんなに尊敬されるような人じゃないからぁっ!いたたまれいよ……。
「そういえば、レムーテリン様。専属教師はどうですの?」
「勉強の様子を見に来られますか?珠蘭、今からクィツィレア様と向かってもよろしくて?」
「陽満に確かめてくれ、笑照」
「分かっている」
笑照がふわりと流れるように動き出し、静かに退出の礼をした。
「悪いわ、レムーテリン様。わたくしのせいで、ご迷惑をお掛けするなんて」
「迷惑ではありませんよ、クィツィレア様。側仕えたちは皆喜びます」
「そうかしら……?ならば、良いのだけれど……そうだわ、アリナーラ。ファルテモッポを持って行きましょうか!」
「畏まりました。ユニフェン、料理人に知らせて下さい」
「はい」
アリナーラとユニフェンが素早く動き出す。アリナーラは近くの棚から包みの袋を選び出し、ユニフェンは奥で料理人と会話をしている。
「ねぇ、煌紳。ファルテモッポとは何?」
「ファルテモッポは、この領地の有名な特産品です。薄い生地の中に暑くて硬いチョコレートを挟むケーキです。夢楽爽は最下位ですが、四位の領地とも取引している商品です。ファルテモッポを土産として出せる心梨様は本当に上位のお方なのだと自覚を促されますね」
ミルフィーユの、クリームがチョコになって固くなったよ版かな?まぁ、美味しそう。オーヴォシュリ先生も喜んでくれるかな。薄い生地って言ってたけど、クレープはないのかな?
「クィツィレア様!」
「何?ユニフェン」
「ファルテモッポはまた次の機会にお願い致します。このような短時間では、作るのが難しいそうで……」
「そう……レムーテリン様、お勉強の開始時刻はいつ?」
「あと15分後です」
わたしが時計を見て言うと、クィツィレアは少し難しい顔をして、すぐにパッと顔をあげる。
「そうだわ、ネウルォインは?」
「分かりました。ネウルォインなら大丈夫でしょう。料理人に伝えます」
「煌紳、ネウルォインは?」
煌紳は苦笑しながら耳元で教えてくれる。
「ファルテモッポの生地の一枚分の中に、クリームや果物を入れて、味と見た目を楽しむスイーツです」
あ、クレープだ。
「クレ……ネウルォインの中に野菜は入れないの?」
「野菜、ですか?いや、入れませんよ。生地と相性が良くないですからね」
相性良いんだけどなぁ。
「クィツィレア様、一つ、お願いをしたいのですが……」
「何ですの?」
「ク……ネウルォインの中に、野菜を入れてほしいのです。果物やクリームの代わりに」
「やっ、野菜ですか⁉そんな、野菜?わ、分かりました。ユニフェン、伝えて」
「分かり、ました」
皆が動揺している。そんなに変なことなのかな。美味しいよ?レタスとか挟むと。
「天乃雨から来た方はこのような要求をするのか……?」
「ご、御免なさい、泰雫。でもわたくし、あの野菜クレープが大好きなんです」
「申し訳ございません、ミズキ様がいる前で不躾なことを申し上げてしまいまして」
泰雫が顔を上にあげて謝ってくる主上に驚きつつも、謝っている。
ホント、御免なさい。空気読めません。側近のサポートって大事だね。
「ネウルォインの準備が整いました、主上」
「分かりました。レムーテリン様、出発致しましょう。よろしくお願い致しますね」
「えぇ。一言申し上げておきますが、オーヴォシュリ先生は怖いですよ?」
「まぁ、ご苦労様ですわ。ふふっ」
楽しそうに笑うクィツィレアと一緒に、わたしは自室へ戻った。
「まぁ、素敵なお部屋ですのね」
「心梨様に貸していただいたお部屋と全く変わりがございませんから、側近たちは動きやすいと言って、嬉しがっていますよ」
「そうですの?良かったわ。オーヴォシュリ先生はいついらっしゃるのかしら?」
「もうそろそろです、多分」
心梨と他愛のない会話をしていると、貫春がお土産のネウルォインをお皿に三つずつ乗せて持って来てくれた。
「こちら、ネウルォインです。一つ目がクリームのネウルォイン、二つ目がフルーツのネウルォイン、三つ目が野菜のネウルォインです」
野菜のネウルォイン、敬遠されてる。ガーン。
「いただきます」
クィツィレアが一つ目のネウルォインを手に取って、優雅にパクリと食べる。
「盛り付けが綺麗ですから、美味しく見えますわ」
「クィツィレア様の料理人の腕がよろしいのではないですか?」
「有難う存じますわ」
クィツィレアが自分の専属教師の話をしてくれる。
「わたくしの専属教師はオーシュヴィルというのです。オーヴォシュリ先生と似ているわと思いましたわ」
「そうですね」
「オーシュヴィル先生は煌紳様や泰雫様と同じくらいのお歳で、上級貴族の方です。とてもお優しいの」
「オーヴォシュリ先生は少しお顔が怖いんです。でも、お勉強に関してはとても良く教えて下さるから、大助かりなんですよ。一度、オーシュヴィル先生にもお会いしたいですね」
「わたくし、明日にお勉強がございますの。見に来られますか?」
「良いんですか?ねぇ、サティ」
「構いませんよ」
サティのお許しを貰って、わたしは笑顔で話を進める。
「ミズキ様、先生がいらっしゃいました」
「まぁ。それでは、通して差し上げて下さる?」
わたしが立ち上がって部屋の入口へ向かうと、少しばかり厳めしい顔をしたオーヴォシュリが立っていた。
「おはようございます、レムーテリン様」
「おはようございます、オーヴォシュリ先生。今日もよろしくお願いします。それと、今日はもう一人、わたくしのお勉強を見に来られたお方がいるのです。紹介致しますね。こちらへどうぞ」
わたしが笑顔でオーヴォシュリを招くと、左側にクィツィレアが優雅に微笑んで立っていた。
「こちら、王のご息女の心梨様、又の名をクィツィレア様です」
「おはようございます、オーヴォシュリ様」
「おっ、お初にお目にかかります、オーヴォシュリと申します。よろしくお願い致します」
クィツィレアが女神の笑顔でオーヴォシュリを迎えると、彼は辺りを見回したそうにしながら、上ずった声で挨拶を交わした。
「わたくしはいないものだと考えて下さいね。わたくし、レムーテリン様のお勉強のお邪魔はしたくありませんから」
「畏まりました。レムーテリン様、お勉強を致しましょう」
「えぇ」
「今日は数学のこの部分、地理のここと、歴史のここを学びましょう」
オーヴォシュリは、いつもよりずっと早いペースで勉強を進めていく。
わたし、理解出来てませんよー、先生ー。ねぇ、心梨ちゃん、優しいから怒らないよー、変なことしても。王様は「うちの娘に手ェ出すな!」みたいに噴火するかもしれないけど。
「せっ、先生、ここの部分、もう一度説明お願いします」
「畏まりました。えー、今から13年前、夢楽爽は……」
先生は、先程と全く同じ文章をリピートしていく。
わたし、「リピートアフターミー!えー、今から13年前、夢楽爽は……」って言ったわけじゃないんだけどなぁ。
「今日は失礼致しましたわ、レムーテリン様」
「いえ、こちらこそ、ハイスピードの授業で、クィツィレア様も困惑されたでしょう?」
「あら、オーヴォシュリ先生を落胆させるようなことを言っては駄目よ?」
「分かっております。ですが、オーヴォシュリ先生は授業を進めるのが早くて、たまに頭が追いつかないことがあるのです。困りますわ……」
わたしの部屋の前で、わたしたちは別れの挨拶を述べる。最後の一言は本音だ。オーヴォシュリ先生といると、少しばかり疲れる。
「さぁ、ミズキ様、お部屋へ戻りましょう」
「そうね、煌紳……一つ、お話をしてよろしくて?」
「えぇ、構いませんが」
わたしは、部屋の左側にある通称「大広間」に煌紳と二人で入っていった。
「先生を、変えたいと思うの、最近」
「オーヴォシュリ先生を、ですか?」
「えぇ」
わたしが頬に手を当てながらそっと息を吐くと、煌紳は「そのようなお可愛らしいお顔が曇るのを、私どもは見たくありませんよ、ミズキ様」と苦笑いをしながらわたしに話しかけた。
煌紳、ごくごく平凡なわたしにお世辞は通用しないからね。
「彼は、突然クィツィレア様がいらっしゃったので、舞い上がってしまわれただけですよ?」
「いいえ、違うの、煌紳。わたくしが解任を求める理由は、そんなことではないの」
「何を理由に、そう思われたのです?」
煌紳は、少し険しい顔になって、わたしを見つめた。思わずわたしは姿勢を正し、煌紳の瞳をじっと見つめた。煌紳の目は、薄いブルーとグリーンが合わさった色で、とても綺麗な色をしている。
「オーヴォシュリ先生の授業を進めるスピードが、わたくしに合わないのよ。早いの。中身も、あまり。だからわたくし、着いて行けるかどうか、分からなくて」
「なるほど、そういうことですか」
煌紳は腕組みをしながらじっくりとわたしの言葉を吟味していく。
「であれば、彼に一つ言えば良いのでは?」
「そうすれば、彼のプライドに傷をつけることになります。それに、それでも先生の授業が変わらなくて、わたくしが解任を求めたら、傷に塩を塗りたくるような状況になるとは思わなくて?それならば、一気に解任をした方が、塩が傷に染みることは無いと思ったの」
「ふむ……ミズキ様、貴女様の考えは理解できました。確かに、ミズキ様の視点から見ると、彼はとてもやりにくい相手ですね」
わたしは煌紳の言葉に笑みを見せ、またすぐに暗い顔に戻った。
「でも、領主の血縁から解任を求められたら、皆、彼の一族への差別意識が強まるでしょう?彼は上級貴族ですけれど、中級貴族に軽く見られたら、悔しいと思うのです。それに、これから先、先生の一族は生きるのが大変になると思わなくて?わたくしのこの決断で、一族の未来を左右するの。その決断を一気にするのは難しいわ……」
わたしがキュッとスカートを握りしめると、煌紳はハッとしたようにわたしの肩をそっと撫でる。
「大丈夫です。その心配はいりません。彼がミズキ様の専属教師になったことは、さほど広まっておりません。それに、ミズキ様の存在が夢楽爽にあることを認識している上級貴族も、まだ少ないくらいです。ミズキ様の決断で、彼の未来の傾き方は多少変わるでしょうが、一族への影響は、ほぼ無いでしょう」
「そう、なの?なら良いわ。いや、良くはないけれど……仕方ありません、わたくし、彼を解任します。煌紳、残りの二人の特徴を、もう一度教えて下さる?」
「はい。ミズキ様の御心を推し量れず、大変申し訳ありません」
わたしは、煌紳から一通り説明を受けた後、女性の中級貴族教師、レルロッサムを迎え入れることにした。
翌日、わたしは側近全員に専属教師入れ替えの話をして、オーヴォシュリ先生に別れの手紙を書いた。レルロッサム先生は、二週間後に来てくれるらしい。やったね!




