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何故か王様になっちゃった件について。  作者: 白玉 ショコラ
第一章
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凛赤登場ですわ!

 わたしは今、どこにいるでしょうか。正解は、王様の部屋でした。それが何って?絶賛緊張中です。だって今、わたしとクィツィレアで、厳安様と穏音様に跪いているところなんですから。


「もう良いわ、二人とも。お顔を上げて下さる?」


 穏音の優しい声と共に、わたしたちはふっと顔を上げる。正面には、厳めしい顔をしたヴィートレートと、たおやかな笑みを浮かべるファンナツィンが見えた。


「クィツィレア様から、お話があると伺いまして、付き添いとして参りました」

「有難う、レムーテリン。貴女は別室で待っていらして。クィツィレアのもう一人の従妹がいると思うわ。仲良くして下さると嬉しいわ」

「有難う存じます。畏まりました」


 ここに来てから一週間、もうそろそろで午後には自分の部屋が出来るというワクワク状態のわたしは立ち上がる瞬間に、真横にいるクィツィレアの耳元で「頑張れ心梨ちゃん」と言った。クィツィレアはふっと笑顔になって、ガチガチだった顔に余裕が見えた。普段だったら、大好きな両親の前で歯なんて震わせないものだが、これからしっかりとした相談をするのだ。緊張は当たり前。その緊張をほぐす言葉をかけられたなら、従妹さんともうまく行ける!と思った。







 わたしは、珠蘭が開けてくれたドアの向こうに、足を踏み入れた。前を見ると、銀髪の前髪を結い上げ、真っ赤なリボンで後ろ髪と一緒にまとめて、ゆっくりとお茶を嗜む美女がいた。足なんて組んじゃって。


「お初にお目にかかります、レムーテリン、複名を水樹と申します」

「こんにちは、レムーテリン。あたくしはネーリンワーナ、複名は(りん)(せき)と言うわ」


……え?身分、一緒なんじゃなかったっけ?


 わたしは、少し動揺しつつ、空いている椅子に座る。赤いカーペットの上には、丸テーブルが五つ、椅子が二十五個もあった。一応、凛赤の正面に座ってみた。


 後ろから珠蘭の、「何なのです、あの態度は」とぐちぐち言う声が聞こえてきた。もちろん、小声の中の小声で。


「えぇっと、ネーリンワーナ様。クィツィレア様と、どのような会話をされますか?」

「世間話よ。もちろん、夢楽爽の政治的地位なんて面倒くさい話はしないわよ」


おぉう、会話が続かない!


「……」


 凛赤は、すまし顔でお茶を飲み続けている。身分は同じなのに、優越が付いている感覚がして、なんとなく落ち着かない。いや、腹立たしいとか、そういうわけではなく、移民のわたしに、常識はずれな人を押し付けたら、それが常識だと思ってしまうからやめてくれと叫びたくなるような感覚がするだけであり、別に凛赤が憎いなどとは思ってはいないのだが。


「ネ、ネリーンワーナ様」

「何?」

「ネリーンワーナ様のご趣味は何でしょうか?」

「お茶を飲むことね」

「あ、はぁ……」

「他に、何か用でもあって?」


 わたしは頭をフル回転させて、出来るだけ会話を続けようとした。


「本……本などは、好まれないのですか?」

「本なんて古くさいもの、読んだりしないわ」


本なんて古くさいもの!


「何が、古くさいんですか!現代知識が詰め込まれた、とても趣がある素晴らしいものではないですか!本は人類の宝でしょう⁉」

「レ、レムーテリン様!お気が荒ぶっておられるようです!少し落ち着いて下さいませ」


 珠蘭が、多少怒気を含んだ声でわたしを諭した。


「そうね、珠蘭」

「あら、貴女は本が好きなのね。あたくしにはとても縁のないお話だわ。ねぇ、オッティニモ?」

「ネリーンワーナ様は、本があまりお好きではないですからね」


 オッティニモは、凛赤の後ろで控え目に笑って、ちらりとわたしを見てくる。


恐れられちゃった、かな?失敗、失敗。


「ネリーンワーナ様、オッティニモ、申し訳ありません。少々気が荒立ってしまいましたようで。ふふっ」

「凛赤様が良いわよ。ネリーンワーナ様なんて長くて面倒くさいと思わなくて?」

「ではわたくしは?」

「貴女はミズキで良いわよね。だって、クィツィレア様の血縁の親戚の方でしょう?」

「クィツィレア様の従姉妹ですが……」

「オッティニモ!」


 突然、ガチャンとカップを置いて、凛赤は自分よりずっと身長の高い男性を睨み始めた。


「知らなかったわ!オッティニモは知っていて?」

「もっ、申し訳ありません、ネリーンワーナ様、私もご存じありませんでした。ネリーンワーナ様、レムーテリン様、申し訳ありませんでしたっ」

「構いませんよ、ねぇ、凛赤様?」

「有難う存じますわ、レムーテリン様。オッティニモ、レムーテリン様にお許し頂けたなら、あたくしは構いませんけれど、ね?」

「はい」


 オッティニモは、凄む凛赤に真顔で頷いて、そっと顔を伏せた。きっと、自分の情報不足に落胆しているのだろう。


「ねぇねぇレムーテリン様?貴女様もクィツィレア様の従姉妹なのでしょう?」

「わたくしは、移民です。その身分に相応しいと告げられ、ここにやって参りました」

「まぁそうですの?全くそのようには見えませんでしたわ。ふふふふっ!」


 突然、凛赤が笑い、話し、動きを見せるようになった。凛赤は、本当に上手いのだ、生きるのが。失敗を側仕えに任せ、自分が貴族の中でトップの方の位置にいる威厳をなくさない。


 わたしには、とても側仕えに謝らないではいられないが、凛赤は平然とやってのける。それに、身分が明確に分かった瞬間、上手く付き合う方法を生かし始めた。


 あまり自分と血の繋がりがない相手には、特に丁寧な接し方はせず、聞かれたことにだけ答える、それが基本。相手が同じ身分なら、しっかりと会話を繋ぐ。それも、基本。


 凛赤は、別の意味で強い。


「有難う存じます、凛赤様。レムーテリンではなく、水樹と呼んで下さいませ。同じ、心梨様の従姉妹なのですから」

「あら、そうですわね。そうしましょうか?ふふっ、何だかあたくし、絆が見えましたわよ。あぁ、ここに心梨様がいらっしゃれば、ねぇ、ミズキ様?」

「そうですね、クィツィレア様がいらっしゃれば、お話ももっと弾みましたでしょうに」

「早くクィツィレア様がここにいらっしゃると良いのだけれど……お二人はすぐに自室へ戻ってしまうのでしょう?あたくし、悲しいですわ」


 ほら。わたしがクィツィレアのことを心梨と呼べば凛赤も心梨と呼び、クィツィレアと呼べば凛赤もクィツィレアと呼ぶ。相手に合わせて好感度を上げる準備は万端。


「大丈夫ですよ。クィツィレア様は、ここにわたくしを呼びに来てくださると思いますから」


 わたしが露河に来てから、七日目。今日は自室ができる日。そんなことも凛赤と話していた。普通に話す分には、十分楽しい。だが、どこかで計算されているようで、少し怖かった。でも、凛赤の無邪気な笑顔には逆らえない。ふひーん、わたし、弱い。


「凛赤様は今、おいくつですか?」

「あたくしは9歳ですわ。ミズキ様は?」

「わたくしは17ですが……凛赤様は、お見た目よりもお小さいのですね。確かに、わたくしよりお小さいかもしれませんね」

「まぁ、ミズキ様は17歳なのですか⁉あたくしよりずっと年上の方なのね。そしたらあたくし、最初はとても失礼を致しましたわ!」


 また出た。謝罪の言葉に聞こえて、裏ではわたしが小さく見えたと言っている。凛赤ちゃん、怖いけど、笑うと、可愛い。逆らえん!のおおぉぉぉぉっ、わたし、やっぱり弱いっ!


「そういえばミズキ様。ミズキ様は本がお好きなのでしょう?プレゼント致しますわ」

「有難う存じます、申し訳ありません。それは感謝致します!それではわたくしも、凛赤様にお茶をプレゼント致しますよ!わたくしが大好きなお茶を」

「まぁ、悪いわ、ふふっ、有難う存じますわ、ミズキ様」


 ついつい、自分がお茶をもらいたいだけではないかと思ってしまうが、表情からして違うようだ。いつもとは、笑顔の質が違う。


おぉぉっ、眩しいっ、ぁはぁ、弱い、わたし……!


「レムーテリン様?まぁ、お二人とも話していらしたのね。わたくし、何度も呼びかけましたのに、全然お返事が聞こえないものですから、入ってきてしまいましたわ、御免なさい」

「あらぁ、クィツィレア様!あたくしたち、今クィツィレア様のお話をしていたのですわよ!偶然ですわ、どうぞ、ここのお席にお座りくださいな」

「今日も9歳はお口がお達者ですこと。うふふ」


 クィツィレアはそっと椅子を引いて座った。唇に乗せられた上品な笑みは、どうやっても真似できない。同い年にして……不覚じゃぃ。


「凛赤様、今日のお茶は何ですの?」

「アイニャファッシュ、レンティンティのお茶ですわ。この爽やかさとほんのりした甘さがたまりませんわよね」

「レンティンティの実はパイケーキにしても美味しいですのよ?」

「まぁ、料理人に作らせますわ。レシピを教えて下さいませ。10ゼックグで取引致しましょう」

「良いでしょう」


 突然商談が始まった。凛赤は側仕えから手渡された黒い袋をクィツィレアに手渡した。クィツィレアは袋に手を押し当て、笑って凛赤に返す。凛赤はクィツィレアの手が触れた部分をおでこに押し当てる。すると、黒い袋が幻想的な音を奏で出し、一瞬白く光り、また黒に戻った。


「レンティンティの実は……」


 クィツィレアが話し出した瞬間、わたしはこそっと珠蘭に耳打ちする。


「珠蘭、あの儀式は何?」

「ふふっ、儀式ではございませんわ。あれは商談に使う『(ぎょっ)(こう)』という袋です。あのような動作をすると、買い手が指定した値段が相手のバンクに支払われるのです」


 つまり、クレジットカードの魔法版みたいなものか、とわたしは頷いて、クィツィレアに「ではわたくしは、自室の様子を見て参りますね」と言った。


「そうです、レムーテリン様。お母様からの伝言で、そのままお部屋に向かわれて構わないようです。お荷物はそのまま移動する、とおっしゃっていました」

「分かりました。有難う存じました、クィツィレア様」

「えぇ、またお会いしましょうね」

「お茶の葉、楽しみにしておりますわね!」

「えぇ、お待ち下さいませ、凛赤様。それでは」


 わたしはゆっくりとお辞儀をして、出来るだけ上品に、優雅に笑う。クィツィレアも凛赤も、笑いなれた感が半端のない優美な笑顔で返してくれた。表情からして、面会は上手くいったようだ。


 わたしがドアを閉めると、厳安と穏音が二人の男女を会話をしていた。穏音はわたしに気が付いて優しい笑みをくれた。わたしが返すと、男女が振り返って、わたしをちらりと見た。


 二人の口がほんの少し上に動いた気がした。



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