第94話 上手な店舗の乗っ取り方と妥協案との兼ね合い
「シズネさんはどうやって問題を解決するって言うのさ? ウチの一階にはそんな空いてる場所はないんだよ」
「ええ。ウチにはございませんね。なら、ウチの一階でなければ良いのではないのですか?」
「はぁ~っ!? 何それ!? ウチの一階じゃないってどっか他に店でも借りるって意味なのかよ? そもそもそれじゃあ何の解決にもならないんじゃないの!」
シズネさんの言って意味が分からず、俺は反論してしまう。その子も俺と同じ思いなのか、うんうんっと頷いている。だがそんな俺達を尻目にシズネさんはこう言葉を続けた。
「ふふっ。お二人ともキツネに摘ままれたような顔をさなっていますね。ですが、トンチでも何でもないのですよ。要はそこらの壁をぶち抜いてウチの隣に立っている建物を奪ってしまえば良いのですよ。幸いにも両隣はずっと前から空いていますし、お店の拡張だと言ってしまえばバレやしませんって。HAHAHAHAHA」
どうやら冗談の類ではなく、本気でそう思っているみたいだった。確かにこの建物の両隣は随分前から空き家で、広さ的にもウチと同じくらいなのが外見からでも見て取れる。だがしかし、いくら空いているからと言って勝手に使っても良い言い訳にはならないのもまた事実なのだ。そこのところをハッキリさせておく必要性だけはある。俺はそう思いシズネさんへと尋ねることにした。
「いやいや、確かに隣空いてるよ。でも許可も得ずして乗っ取ったり、勝手に改造しちゃダメでしょ! あとから文句言われたり、金払えって絶対言われることに決まって……」
「ふん。その心配なら無用よ!!」
ちょうどその時、背後から声が聞こえた。それもどこかで聞いたことのある、とても偉そうな声を。そして俺はその声の主を確認するため、振り向いてしまう。
「ま、マリー。い、いつからそこに居た、というか、いつの間に来たんだよ!?」
「あら、ごきげんよう。何やら物騒な話で盛り上がっているようだったから、そこらのテーブルに隠れるよう様子を覗っていたのよ。そしたらなによ、ウチの物件を乗っ取る算段をしてるじゃないの。ま、ウチとしても長年空き家として使い道もなかったから、格安で貸してあげるわよ。どう? 感謝の一つも述べた方がいいんじゃなくて?」
そうそれはギルドの長であるマリーその人だった。どうやらウチの両隣はギルド所有の建物だったらしく、また長年空き家となっていたそうだ。これ幸いとマリーは少しでも収入になればと俺達に借りろと提案してきたのだ。しかも偉そうな態度で。まぁ実際マリーは偉い人の立場なので、何ら不思議でも何でもなく文句を付けることもないのだが。
「あら、マリーさん。これはどうもありがとうございます。まさか無料で両隣を貸していただけるとは思いもしませんでしたよ。いやぁ~、さすがギルドの長ですねぇ~。よっ守銭奴!!」
「ぶっ!! だ、誰が無償で貸すなんて言ったのよ、シズネっ!! あと貴女、しれっと私のこと守銭奴扱いしたでしょう!? どっちが守銭奴なのよ、まったく!」
いつもの如くシズネさんはマリーに対して無理難題を吹っ掛けていた。まさか本当に無料というか、無償で建物借りるつもりじゃないだろうな? さすがにそれはマリーだって怒るに決まっている。
俺はこれ以上マリーを怒らせるのは得策ではないと、口を挟むことにした。でなければマリーの気が変わり、両隣を貸さないと言われてしまうだろう。
「な、なぁシズネさん。さすがに無料ってのは傲慢すぎるって。だからウチとして、宿屋なりこの子が商いをする道具やだかなんだかの物売り商売から、売り上げの一部ないし利益を収めるってのはどうかな? もちろんそれも全額じゃなくてウチにも一部を入れてくれれば最高だしさ。マリーはその条件ならどうかな? そっちにとってもお得じゃねぇか?」
俺は思いつく限りの言葉を並べ立て、シズネさんにもマリーにもそれで納得するようにと説得を試みた。これならば両者どころか、ウチにとっても利益となるとこの子にとっても益となり得る。
「むむむっ」
「ぐぬぬっ」
シズネさんとマリーは互いに睨み合いながら低い唸り声を上げて、「そのように妥協せねばならないのですか!?」「それはこっちのセリフよ!」などと一触即発の状態となってしまっている。さすがに俺なんかの提案、アイディア程度では二人を納得することなどできないのかもしれない。
「ん~~~~ぅ♪ お兄さん、それは良い考えだね! ボクもお兄さんのその提案に賛成だよ♪ だってみんなが得するアイディアなんだもんね! そっちのお姉さんにもありがとうだし、こちらのお姉さんにも感謝感謝、ありがとうだよ~♪」
その子は強引なまでに話を進めるため、わざと大きな声とオーバーリアクションしながら睨み合っているシズネさんとマリーの手を取り感謝の言葉を述べていた。
「えっ? あっ、いや、その……」
「あ、あの、ちょっと私もまだ貸すだなんて……」
「んっ? んっ? どうしたのかな? どうしたのかな?」
さすがのシズネさんもマリーもまた、その強引なまでの行動力に面食らい驚きを隠せない様子である。だがその子は畳みがけだと言わんばかりのにこやかな笑顔で「二人共、ほんと~~~にありがとうね♪」などと、反論する余地を与えぬよう先回りするように了承を取り付けてしまったのだ。というか、自分勝手に「そうなんだ!」ということにして押し通す気らしい。
「……いえ、ワタシはそれで構いません。マリーさんは?」
「……え、ええ。私だって同じよ。その条件で構わないわよ」
「あ~良かったぁ~♪ もしも二人に断られたら、ボク路頭に迷ちゃうところだったもんね♪ ありがとうね~♪」
気を圧されてか、シズネさんもマリーも言葉に詰まりながらも、首を立てに振ってしまった。そしてその子は「助けてくれなかったら、死んじゃってたかもね。あっはははは~っ」と明るく笑いながら、断られた場合の行く末を口にして再度確認の念を押すように承諾させたのだ。そして二人の手をガッシリと握ったままブンブン♪ っと上下に激しく振って喜びを体感表現している。これではさすがにシズネさんやマリーと言えども「今のは無かったことに……」なんてものにはできないだろう。
「(あの子、ちょっと強引な性格してるけれども、案外侮れない存在になるぞ。だって言葉尻を捉えて、先に感謝の言葉を口にして了承させちまうんだもん。ま、それくらいの気概が無いと、とても『商人』なんてのは名乗れないのかもしれないなぁ~)」
俺は助言があったからと言って、シズネさんとマリーの二人を丸め込んでしまうその子に対して、得も言えぬ恐怖と期待を抱いてしまうのだった……。
またもやキャラの濃い登場人物により、更に物語がかき回されるだろうと予測しつつ、お話は第95話へつづく




