第91話 念願の待ち人来たれり。
カランカラン♪ そしてちょうど俺達が食事を終えるとほぼ同時に、ドアベルが鳴らされお客が店へと入った来た。ウチの店には合間合間(いわゆる客がいない時のアイドルタイム)の休憩時間などが存在しないため、朝開店してから夜店を閉めるまではずっと営業時間中になっている。そのため従業員が食事中だろうとなんだろうと、お客が来店した際には食事を中断してすぐさま接客することになっていた。
もちろん既に食事を終え、手の空いている者だけで接客及び調理をすれば事足りのだろうが、お客が来ているのにも関わらず従業員がのうのうとテーブル席で食べ続けるなんてのは言語道断なのである。何故ならお客と言うものは常に自分の事を第一に考える我が侭であり、それと同時に「俺はちゃんとお金を払い料理が出来るまで待っているのにも関わらず、何でお前達だけ目の前で食べているんだよ!!」っと不満に思ってしまうこともあるそうだ。
だから基本的に飲食店の店員などは見られないよう裏で隠れて飯を食べるのだが、ウチにはそのようなスペースが無いためにお客がいない時間帯を見計らってホールのテーブル席で食事をすることになっていた。
「い、いらっしゃいませ~♪ こちらの席へどうぞ~」
「あ、は~い」
俺は食べ終えた皿を片付けながら、今入ってきたお客を席へと案内する。どうやら女の子一人で来店してくれたようだ。だが今の時間帯、お昼もとっくに過ぎた頃に食べに来るお客は珍しい。
「あの~、すみません……」
「へっ? ああ、はいはい。ご注文ですかね?」
その子を席へと案内し終え皿を片付けるため一旦裏に下がろうとすると、声をかけられた。きっと注文だろう。そもそもウチの店にはまだメニューが少ないため、席に着いた途端「これとこれね」などと即座に注文してくれるお客も少なくなかったのだ。
「いえ、食事をしに来たわけじゃないんです」
「はっ? あ、し、失礼いたしました。エールですかね? もちろんそれだけの注文でも全然大丈夫ですよ」
食事をするための場所であるレストランに来たにも関わらず、その子は変なことを言っていた。ま、ウチの店にはエールも置いているので、夜にはまだ早い時間帯だがそのような客がいてもおかしくはなかった。
「あっ、そうじゃなくて……そもそも注文じゃないんです」
「は、はぁ?」
(エールでも無いとなると、この子何しに来たんだろう?)
俺はその子が来店した目的が理解できず、思わず気の無い返事をしてしまう。
「その、このお店でボクを雇ってくれないかな!」
「はっ? えっ? き、キミを……雇う?」
いきなりそんな事を言われ、俺は目を白黒させながらその言葉の意味が理解できなかった。
「うん! 実はボク……じゃなかった。私は西から来た商人なんです! いつか大商人になるのを夢見て、この街『ツヴェンクルク』でお店を開きたいと思ってんだけど……その、この街の店舗って他より断然も家賃が高くて……その……」
「は、はぁ。そう……なんですか? 西の商人……ね」
俺はその子の話を聞きながら、観察してしまう。見た目はとても幼く背丈だって俺よりも低くく、一見すると『まだ子供』という印象だった。ま、背丈で言えばウチのシズネさんもあまり高くはないので言及しないのが無難なのかもしれない。
確かに見た目商人風の格好に、この変では見かけないような衣類を身に纏っている。青のニット帽を被り、白と青を基調とした涼しげなワンピースに厚ぼったいブーツ、そして皮のコートに少し大きめのカバンを斜めがけしてパイスラしていた。
「確かにキミ商人っぽい格好してるけどさ、それとウチで働くのに何の関係性があるのかな?」
俺は冷静になりながらも、この街で商売をする事とウチで働く事との関連性がイマイチ分からずに聞いてみることにした。
「ふふっ。旦那様もまだまだですね。要はその子、お金が必要ってことなのですよ」
「あっ、シズネさん! 話聞いてたのか?」
「うん! って、ところでお姉さんは誰かな? あっ、ごめんなさい。少し慣れ慣れしすぎちゃったかな?」
すると話を聞いていたのか、いつの間にかシズネさんが俺の隣に立っていた。その子も気になったのか、シズネさんについてを聞いたのだったが、少し言葉が軽かったと無礼を詫びている。
「いえ、大丈夫ですよ。ワタシの名はシズネです。そしてこの店のオーナーでもあります。またこの方はワタシの旦那様なのです。以後お見知りおきを」
「へぇ~そうなんだぁ~! お姉さんがこのお店のオーナーさんなのか……そっかそっか」
シズネさんが名乗り、自分の立場と俺の紹介をしてくれるとその子は何故か納得するようにシズネさんを見て頷いていた。
「うん? 何でキミはシズネさん見て、頷いてるんだ?」
「ふふっ。そうですね……ワタシも是非とも聞いてみたいですね」
それを見ていた俺は疑問になり、思わず口に出してしまった。シズネさんも俺と同じく思っていたのか、同調する。
「んんっ。あっ、誤解しないでね。別に何かを思ったとかじゃなくて、この店の規模なら夫婦で運営するのが当たり前だよなぁ~って思っただけなんだ。それにさ、お姉さん只者じゃない感じするもん。なんていうのかなぁ~……オーラって言うの? それが普通じゃない感じだもんね!」
その子は慣れてきたのか、最初の遠慮した態度とは違い明け透けもなくそう言い放ったのだった……。
ついに念願の待ち人が来たのだったが、何やらさっそくシズネさんの正体を見抜かれてしまったのかも……などと、読者の不安と期待を煽りに煽りつつ、実際は何にも考えていないことだけは絶対に悟られないようにしながら、お話は第92話へつづく




