第86話 ステマの証明と物語に対する現実への模倣価値について
「ふぅ~っ」
「あっお疲れ様。それと何かごめんなぁ~、マリー。接客までさせて色々と巻き込んじまってさ。あとあと……その服、すっげぇ似合ってて可愛いぞ」
「ええ、ええ! どういたしましてっ!! そ、そんな見え透いたお世辞なんて……いらないわよ。ふん! (照)」
俺は妻であるシズネさんの傍若無人っぷりをマリに謝罪した。そしてその服の似合い具合と可愛さを褒めると減らず口を言いながらも、マリーは照れているのかそっぽを向いて赤くなっていた。
「はい、次あがりましたよ~。あっ、旦那様! まったくもう、帰って来るのが遅いですよ!! ワタシがどれだけ一人で……」
「わ、わりぃシズネさん。チラシ配るのに手間取っちまってさ。俺も今から厨房に入って手伝うから!!」
ひょっこりと顔を覗かせたシズネさんが出来上がったばかりの朝食セットをバーカウンターの上へと乗せると、そこで初めて俺に気付いたようだった。そしていつものようにお小言を呈してくるが、俺がすぐさま謝り厨房へと入ってその流れを断ってしまう。
正直、今はまだ朝の時間帯なので『朝食セット』しか料理を提供していない。だがいくら調理法が簡単だからと言って、店内が埋まるほどの調理となっては別の次元の話となってしまうだろう。一人分を調理するのと同じメニューを三人分調理するのとでは、単純に調理時間が三倍になるとは限らない。これはメニュー数をメイン料理ただ一つだけに絞ることで、同時調理できるメリットが生まれるからである。
それには味付け時の件同様、『見込み調理』が出来ることにもなる。これは客が来店すればすぐさま調理を始めることで、注文受付から提供までの時間的損失を減すことで、調理時間短縮及び提供までの時間短縮……ひいてはお客の回転率にまで直結してしまうのだ。
また朝食セットにはたくさんのメリットがあった。ウチで作るナポリタンのように毎度毎度お客に合わせた味付けをする必要性が一切無くなるので、料理人はただひたすらに目玉焼きを焼き、ソーセージを炒め、コーンやパンを盛り付けるだけなのだ。それとまた同時にソースなどを使わないため、フライパンなどにこびり付く汚れも少なくて済むので洗い場も楽となる。
「(まさかこんなに忙しくなるなんてなぁ~。チラシの効果もあるみたいだけど、それより大きいのはやっぱりシズネさんの戦略のおかげだよな)」
ふと店内を見渡せば、そこには朝食セットを食べる冒険者達が大半だった。
今まで『朝食を食べる』という概念すら持ち合わせていなかった冒険者に対し、たったあれしき……それもただ街にいる医者達にアンケートを取り、そして冒険者達が必ず毎朝の足繁く通う『冒険者ギルド』にある依頼掲示板へと貼るだけ。たったそれだけのことで昨日まで閑古鳥すら寄り付かなかった店内に、今は収まりきらないほどの客が押し寄せていた。
最初シズネさんから説明を受けた時には正直疑心暗鬼も良いところだったのが、こうして公然たる事実として目の当たりにしてしまえば、それがどんなに恐ろしいことなのか良く理解できるだろう。
確かに冒険者達はダンジョンに向かう前には、必ずギルドへと立ち寄るのが専らの日課となっていた。そこの目立つ所へと貼り付けてしまえば、嫌が負うにも目にしてしまうだろう。そうすればお腹を空かせた冒険者達が、こぞってウチの店に押し寄せて来たのも納得いく事柄である。
ならば、どうしてそもそも冒険者達には『朝食を食べる』という習慣がなかったのだろうか? これは冒険者達の特性に寄るところが大きかった。
この街がダンジョン誘致により繁栄してきたのは、もはや何度も説明してきたことである。当然全国各地からダンジョンにあるお宝を求めて、人が、それも冒険者達が集まる事となる。だがその人達はこの街に住む住人ではないので、そのほとんどが『宿屋』へと泊まることになる。だがしかし、基本的にこの街の宿屋では食事の提供はしていない。
これは食材調達や調理する手間もあるだろうが、実際は冒険者達の懐具合によるものが大きい。何故なら誰も彼もがダンジョンへと潜り、それと同時に必ずお宝を持ち帰れるわけではないからである。よってダンジョンのお宝に依存するということは毎日の保障が無いと言う事になり、収入が安定しないということになる。だからこそ、この街の宿屋では安く宿泊費を抑えるために『素泊まり』しかできないのだ。
それと同時に一部屋当たりの室内を狭くし、部屋数を増やしている所も多く見受けられる。また部屋の装飾などを出来るかぎりこそぎ落として、値段も安く抑える。要するに宿屋とは元々薄利多売が主となる商売なのだ。だから食事を提供しないことで厨房設備などを削り、その分簡素化した部屋をいくつも増やしていたのが実情である。
だから泊まっている宿屋では食事提供をしないため、冒険者達のそのほとんどの食事が外食、つまりウチのようなレストランで毎食毎食食べる事となる。だがしかし、そんなレストランにも弱点があったのだった。
基本的に飲食店は昼時にしか開店しない。これは例え早朝から店を開けても、地元の人が来店しない、また冒険者達はギルドへと寄りそのままダンジョンや依頼を受けてしまうため、そもそも朝食を食べる習慣を持ち得ないためであった。
そこへ今回俺が提案した朝食セットと共に、シズネさんの医者へのアンケート結果及びそれをギルドの目立つ所へと貼り付けたことにより、冒険者達の間には「朝食って大事だったのかよ!? でもこれって本当なのか?」「えっ? 何々医者までちゃんと証明してるじゃねぇかよ。ああ、こりゃマジ話だわ……」などと、ちょい宗教チックなモノに嵌まる信者のように騙されて「そうなんだ!」っと思い込んでくれた結果が、今のこの光景なのかもしれなかった。
まさかシズネさんは最初からこうなることを予想していたのだろうか? いや、そもそも最初から、「そうだ!」という確信を持っていたのかもしれない。でなければあのように自信満々に「任せてください!」なんてのは、俺ならば口が裂けても言えないだろう。
「シズネさんって、マジで凄いんだな。というか、これって始めから台本通りってヤツなのかな? ……チートすぎるだろ、ウチの元魔王様は」
俺は改めてシズネさんの未来を描く能力に対して、畏怖の念と期待の二文字を覚えずにはいられなかったのだった……。
物語は現実を模倣し、それとまた同時に現実も物語を模倣する。などと無意味に意味深な前振りをしつつも、お話は第87話へつづく
※回転率=飲食店におけるお客が来店して退店までの時間と次に来るお客の入れ替え率。




