第85話 客自らのアピール感と営業スマイルともきゅ子の愛で方
「のぉ~、店の方はいいのかぇ? いつまでも遅いとシズネやアマネが怒ると妾は思うのじゃが……」
「もきゅもきゅ!」
「「あっ……忘れてた(忘れてました)」」
俺もアヤメさんもそんなサタナキアさんの言葉ともきゅ子の鳴き声によって、現実へと引き戻されてしまった。だが実際問題、そのとおりである。
今この瞬間、ご都合主義の極みの如く店にはチラシを受け取り、朝食メニューを挙って注文する冒険者達が押し寄せているに違いないだろう。シズネさんとアマネ、とても二人だけでその数を捌くことができないはずだ。
「い、行きましょうかアヤメさん!」
「え、えぇ」
サタナキアさん達に見られていた恥ずかしさと「早く店に行かなければならない!」っとが合わさり、俺はアヤメさんの手を引っ張って店へと急いで駆けて行く。
「わ、妾達を置いていくのじゃないぞ~っ! ふぁ、ファ~ン♪ ファ~ン♪」
「もきゅ~~!」
何やら背後から効果音交じりの怒声が聞こえてくるが、俺もアヤメさんもガン無視を決め込んでしまう。というか、そんな時でもサタナキアさんの自ら口にする浮遊音に対するこだわりにだけは感心してしまった。
そして全力疾走で店の前まで辿り着くとそこには先程の前振りが利いたのか、店に押し寄せている客達が自らの存在感をアピールしまくっていた。
「わんさかわんさ~♪ わんさかわんさ~♪」
「わんさかわんさ~♪ わんさかわんさ~♪」
「ほ、本当に店内に入りきらないほど、客が来てるだと~っ!?」
「こ、これは凄いですね。もしかして早速チラシの効果なのでしょうかね? まさかこれほどとは……」
俺達はその光景を目の当たりにして『超ご都合主義』という言葉を安易なまでに頭の中で浮かべてしまうのだが、互いにそれを口には出さない。ただただ驚きの声と共に今のこの状況に関し、若干引くだけである。
「(あとその客達が故意に口ずさんでいる効果音は大丈夫なのかよ? もはや効果音どころか、バックグラウンドミュージックに文字付きオマケの領域だぞ、それは。もしかしてこのままアニメ化して、新しいジャンル確立しちゃう感じなの?)」
よぉ~く目を凝らして客達の頭に注目してみれば、立ちキャラと被って邪魔にならないよう「わんさかわんさ~♪ わんさかわんさ~♪」っと言う文字がセリフと共に躍り狂っていた。もちろんそれはいつもの如く文字数稼ぎも兼ねているようだが、それと同時に無駄なセリフを増やすことで、自分達の出番を増やしたい思惑もあるのかもしれない。
だがしかし、いつまでもそんなものを眺めていても一向に話が進まないと思い、俺とアヤメさんは客達を掻き分けながら店の中へと入って行った。
「わんさかわんさ~♪ わんさかわんさ~♪」
「わんさかわんさ~♪ わんさかわんさ~♪」
俺とアヤメさんが「いざ店の中に入ろう」と前に進もうとすると、まるでモーゼの海割りのように次々と客達が道を開けていってくれる。きっとレギュラー陣の邪魔をしてはいけないという、暗黙のルールが既に出来上がっているのかもしれない。というか、「だって邪魔したら出番減らされるんでしょ?」みたいな得も言えぬ空気感だった。
「ふぅ~っ。ようやく着いた……ってか、何の苦労もなく入れましたね」
「え、ええ……いいんでしょうか?」
俺達は互いに「この物語、こんなご都合主義ばっかでほんとに大丈夫なの?」という渋い顔をしながら、難なく満員の客が犇めく店内を歩いてバーカウンターまでやって来れたのだ。
「おっそいわよ、二人ともっ!! まったくどこで油を売っていたのかしらね! ふん!」
「うわっ!? ま、マリー? というか、それは?」
「お、お嬢様……その格好は一体?」
見れば腰両手を当てご立腹真っ最中であるマリーがそこには居た。というか、まだ店にいたのも驚きなのだが、またその格好が更に驚きだった。
「知・ら・な・い・わ・よ!」
マリーまで文字数稼ぎを始め……いや、きっと言葉をハッキリと区切り喋ることで怒りを表現しているのかもしれない。
「ふぅ~。やっと小僧達に追い着いたのじゃ。おろ? そこにいるのはマリーなのかえ? どうしたんじゃ、そんな可愛らしいメイド服なんぞ着おってからに?」
「もきゅ~?」
そこへサタナキアさんともきゅ子がようやく俺達に追い着き、補足説明文では補足し切れない部分をセリフとして起用しながらフォローしてくれた。
そう、マリーはいつもの緑色が基調のワンピースではなく、なんとメイド服を着ていたのだ。しかもシズネさんと同じ黒色のヤツ。何気にその場でクルリっと回れば、風でスカートがふんわりとしながら巻き上がり、なんともそそるロングスカートである。
「あ、貴方達のせいでしょうがっ! 客がわんさかと押し寄せてるのにいつまでも店をほったらかしにして、ま~ったく帰って来ないからシズネにね、「あっ、マリーさん。ちょいと手伝ってくださいな。ってか、黙って見てねぇで働けよてめえも!」なんて本気声で脅されたのよ! しかも「それだと汚れますから、こっちに着替えてくださいな♪」な~んて悪魔見たな顔で笑いながら、この服押し付けられたのよ。だから泣く泣くこんな格好をさせられたのよ! 別に私が「あっ可愛いなぁ~この服ぅ~♪ 着てみたいなぁ~♪」な~んて思ったから、着ているわけではないのよ!!」
マリーは積もり積もった鬱憤を晴らすようにぷんぷんしながら、俺達に怨み辛みを口から漏れ零していた。
「お~いマリーちゃ~ん。こっちにお水貰えるぅ~?」
「は、は~いご主人様ぁ~♪ お待ちくださいねぇ~♪ ……あっ」
「「えっ?」」
ちょうどそのとき近くのテーブル席に居た冒険者風のお客からお水を注文が入ってしまうと、マリーは反射的に猫撫で声応えてしまった。
「「「…………」」」
俺達三人は「今、見てはいけないものを見たわね?」「今、見てはいけないものを見てしまった(見てしまいました)」と互いに何とも言えない顔をつき合わせてしまう。だがマリーは悪魔の微笑みを浮かべると、次にこんな言葉を口にする。
「(ニコニコ)てめえらも、いつまでも遊んでねぇでいい加減働きやがれよ、コノヤロー♪」
「あ、ああ。わ、分かった!」
(こえぇぇっ。今何だか、マリーのその微笑みがシズネさんのそれとダブって見えちまったぞ)
マリーのそれは悪魔de営業スマイルなのだが、得もいえぬ迫力と恐ろしさを兼ね備えていた。さすがはギルドの長だけのことはある。それなりの風格を持ち合わせているということなのだろう。
そして俺は慌てふためきながらカウンター裏へと向かい、自分のマイエプロンを装着して接客することにしたが、生憎と首から下がアンパンダーの外の人だった事を忘れており、見つからぬよう急急とカウンター裏で脱いでしまう。
「わ、私も手伝いますから!」
「そうじゃ~、妾の分までアヤメが働くがよいわ~。妾はさっきのチラシ配りで疲れてしもうたのじゃ~」
「もきゅ~」
アヤメさんもそのマリーの営業スマイルに恐怖を感じたのか、手伝いを申し出てくれる。だがその代わりだと言わんばかりに、サタナキアさんともきゅ子は何故だかバーカウンターの上へと横たわると、そのまま体の癒しを得ようとしていた。
「いや、てめえらはウチのもんだろ? アヤメさんに仕事振ってねぇで働けや!」
「おごっ!? おごごごごごごーっ……ぷっはぁっ!! こ、小僧よ、今のはいかんのじゃ、ぜぇ~たいにいかんのじゃよ。アルカリ性とはいえ、洗剤混じりの水に浸かせられてしまうと妾、すぐに錆びてしまうのじゃ。剣に錆は禁物なのじゃぞ」
俺はサタナキアさんの柄の部分を掴み取り、そのまま洗い桶へと突っ込みジャブジャブっと水責めをしてやった。するとすぐさま観念する声が聞こえ、濡れているので拭いてやる。ちなみにそこらに置いてあったテーブル用の布巾でな。
「ほら、もきゅ子も起きろ! ナデナデナデナデ♪」
「もきゅ? ふぁあ~っ」
さすがにもきゅ子は可哀想なので頭を撫で磨き、必要に禿げさせるだけで勘弁しといてやった。というか、そもそももきゅ子の頭にはまったく毛が無いツルッツルの状態なので、ただ単に俺が撫で可愛がりたかっただけである。
もきゅ子の頭をディスクジョッキーが円盤を回すように指の腹部分だけでキュッキュキュッ、キュッキュキュッ、キュッキュキューッ♪ っとノリノリに撫で磨きなりながらも、お話は第86話へつづく




