第83話 天使と悪魔が誘(いざな)う輪舞曲-ロンド-
「凄いですねシズネさん! 早くもお客さんを獲得してしまうとは……さすがです!」
共に今の光景を見ていたアヤメさんは、感嘆の声を上げなら頷いていた。そして「さぁユウキさんも負けてはいられませんよ!」っと、俺が持っていた頭の被り物を奪い取りカパリっと被せた。
「(うわっ!? アヤメさん、それ強引すぎっ!)」
着ぐるみの中は密封されているのか、声がくぐもって聞こえ外に漏れない仕組みなっていた。一応目の部分と口の部分が開いているため、視界と適度な酸素を取り込むことができたのだが、如何せん中はサウナのように暑い。
「もきゅ子ちゃんは、私と一緒にチラシを配りましょうね~♪」
「もきゅ? ……きゅ!」
アヤメさんはもきゅ子の手を繋ぎ、反対側へと向かって行ってしまう。残された俺は仕方ないと覚悟を決め、着ぐるみ……いや、アンパンダーの外の人に成りきってチラシを配る事にした。
「(どうぞ!)」
「…………(ささっ)」
ぐいっ! 俺は頭を下げ、道行く人へとチラシを差し出した。だが外へは声が届かないため無言の着ぐるみがチラシを配る、そんなものを受け取る人は誰一人としていなかった。
「(……これさ、今更だけど無理じゃねぇ? 遊園地とかならまだ分かるんだけれども、街の真ん中でこんなファンシーな格好したのがチラシ配っても誰も受け取ってくれねぇもんよぉ~。でもアヤメさんの手前、例え一枚でも配らねぇといけねぇよな……)」
見ればアマネやサタナキアさん、そしてアヤメさんともきゅ子からのチラシを受け取る人は数多くいた。もちろん見た目の可愛さ、そして容姿もチラシを受け取るのには十二分な理由だろうが肝心の俺の周りには人が通らず、むしろ敢えて避けられているように感じてしまう。
「(なんだろう……俺、必要とされてるのかな? このままアンパンダーの着ぐるみ着たまま、どっか旅に出ようかなぁ。ぐすっ)」
昔、孤独を味わった思いが甦ってしまい、何だかとても悲しくなっていた。そしてガクリっと頭を前のめりに下げ、もう通りがかる人ではなく地面へと視線を向けて落ち込んでしまう。思わずその寂しさからつい泣き出してしまいそうになっていた。幸い着ぐるみなので、例え泣いていても外にはバレないだろう。
「あの、パンダしゃん? 落ち込んでるの? 悲しいことでもあったの?」
「(えっ!?)」
だがそんな落ち込む俺に対して、声をかけてくれる女の子の声が聞こえてきた。
「(こ、子供? 何でこんなところに子供が?)」
ふと顔を上げ見てみれば、そこには長い黒髪にうさぎのぬいぐるみを持った小さな女の子が俺の目の前に立っていた。そしてうな垂れ落ち込むアンパンダーが心配なのか、とても悲しそうにしている。
ブンブンブン。俺は慌てて両手を左右に振ることで、「違うよ」っと猛烈にアピールする。間違っても、夢を売る(?)アンパンダーがこんな幼い子供に心配をかけてはいけない。俺はとにかく必死だった。
「そう? でもとっても悲しそうだったよぉ? もしかしてお腹でも痛いの?」
「(ぅぅっ。この子、案外鋭いな。というか、優しすぎる。マジで天使の化身じゃねぇのか? ほんとウチの連中にも見習って欲しいよ……)」
どうやらお腹が痛いから落ち込んでいたと思われたのか、その子は俺の腹を優しく撫でてくれた。何だかそんな優しさが嬉しくなり、俺はその子の頭を撫で「元気になりました!」っと両腕をムンッ! っと振り上げて力の限り元気っぷりをアピールする。
「もう治ったの? 良かったぁ~♪ じゃあさ、一緒に遊……」
「……り~っ。どこにいるの~?」
その子が何かを俺に言おうとしたそのとき、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらこの女の子の母親なのか、名前を呼びながら心配して探しているみたいだ。きっとこの子は迷子だったのかもしれない。
「あっ、ママだっ! ごめんねぇ~パンダしゃん。もう行かなきゃいけないの。またねぇ~♪」
「(コクコク! ぶんぶん!)」
そしてその子は俺に向けて右の指を三本出してピースをしながら、声のする方へと走って行ってしまった。俺は慌てて頷き、右手を振ってそれに応えた。またどこかであの子と逢えるかもしれない……何故だかそんな気がしていた。
「(不思議な子だったなぁ~。でも何だかちょっぴり元気が出てきた感じだわ。やるっきゃねぇよな! うっし! 頑張るぞ♪)」
俺は改めて気合を入れ直して、チラシ配りを再開することにした。
「(どうぞ!)」
「おっ! なんだなんだぁ~? コイツ、パンダじゃねぇか~」
「どうせ中身は、リストラ食らった中年のおっさんなんだぜ! きっと雇用形態は『アルバイト』で、どの社会保険にも入れていないのに雇い主から騙されて給料から天引きされてる搾取者なんだろうなぁ~。よしっ! 俺達でコイツの勤務態度を暴いてやろうぜ!」
それは先程の女の子と同じくらいの子供二人組みだった。何やら不穏というか、不安とも言うべきことを俺に向け発している。そしてその瞬間、前にアヤメさんが言っていたことを思い出してしまった。「アンパンダーは人気者でして、いつも子供達、それも好奇心旺盛でヤンチャな男の子達にいつも首だけを狙われているんですよ。何でも『クビカリ族』と呼ばれる一団でして、それが全国各地に……」そこで俺の思考能力はその過去の情報を強制的に遮断してしまった。何故なら本能的に……身の危険を察したからだ!
クルリ……ダダダッ! 俺は回れ右したままの勢いを利用して、そのガキ共から逃走を図ることに。
「あっ、なんだ逃げんなよ~!」
「やっぱりコイツ、中身あるんだぜ! 捕まえろっ!!」
「(マジでやべぇマジでやべぇマジでやべぇって~のっ!! あのクソガキでも本気だ!? 本気で俺の、このアンパンダーの首を狙っていやがるぞ!?)」
俺が逃走を図ると同時にその子供達も嫌味ったらしい笑みを浮かべながら、後ろを追っ駆けて来ていた。さながら逃げ惑う天使を追いかけて来る、悪魔のように思えてしまう。というか、魔女狩りないし村八分にされる勢いだった。
もしもここで立ち止まり腹でもパンチされたりすれば、首がポロリっとして中の人がコンニチハしても何ら不思議じゃない。着ぐるみ族に属する者として、それだけはなんとしても避けなければならない事態だ。
俺は目を瞑り無我夢中で後ろを振り返るのを止め、全力疾走する。何故ならモッサリとした着ぐるみなのでそれなりに重量があるため、何をするにしても動きが遅く懸命に走らなければ容易に追いつかれてしまうだろう。
「(だ、誰か助けてくれーっ!!)」
「きゃっ!」
ドンッ! 前を見ていなかったため、誰かとぶつかってしまった。幸いこちらは厚ぼったい作りなために、その衝撃はほとんど伝わってこなかった。だが誰かしらとぶつかったのは確かなので、俺は確認もしないまま抱き起こし平謝りすることにした。
「(す、すみません! お怪我は……って、アヤメさん!?)」
「いたたぁ~っ。ゆ、ユウキさんですか? ど、どうしたのですか、そのように慌てて? 前を向いていないと危ないですよ」
その人物とはなんとアヤメさんだった。幸い彼女に怪我は無いようだが、ぶつかってしまったのは事実。
「(すみませんすみません、アヤメさんっ! このとおーりです!!)」
俺は土下座をする勢いで頭を下げまくり、許しを請う。
「大丈夫、大丈夫ですからそのように頭を下げないでください。それで何があったのですか?」
アヤメさんは俺に面を挙げるよう顎の部分を持ち上げ、少しだけ声が聞こえるようにしてくれた。
「クビカリ族ですよ、クビカリ族! 連中が現れたんですよ!!」
「うん? クビカリ族……ですか? 一体どこに……」
「いや、どこも何も……マジでさっきそこに居たクソガキ共が俺を追い駆けてきて……あ、あれ?」
見れば先程まで俺を追い駆けて来ていた悪ガキ共は、母親らしき二人に耳を引っ張られ連行されている後ろ姿が見えた。どうやらあの子達も迷子だったのか、見つけてもらえたみたい……というか、俺は辛うじて助かったとも言うべきであろう。
「はははっ。ま、まぁこういう事もありますよ」
「(コクコク)」
アヤメさんは若干乾いた笑いを浮かべながら、「すみません……」っと謝罪の言葉を口にしてくれていた。俺は「いや、アヤメさんのせいじゃないですから」っと二度頷き、どうにか事なきを得ることができたのだった……。
常日頃から着ぐるみの首だけを狙い、外国人ばりに中身コンニチハ作戦を遂行させつつ、お話は第84話へつづく
<補足事項>
アンパンダーやクビカリ族はちはや れいめいさんが執筆する「どりーむパークのパンダさんはたいへんお疲れのようです。」にレギュラー出演している登場人物です。ご興味があれば是非お読みくださいませ♪……あっ、中に人はいませんからね!☆(*・ω<)




