第81話 被り物の行方と反復横跳びの勤しみ方とその恐怖
「アヤメさん、それって……」
「ええ、そうです! アンパンダーの着ぐるみです。これを着て宣伝チラシを配れば、宣伝効果はバッチリだと思いますよ♪ さぁさぁ」
アヤメさんはとても嬉しそうにアンパンダーの着ぐるみを、俺へと押し付けようとしていた。一応渡された手前、受け取るのだが状況と意図が分からずに戸惑うばかりである。そして「たぶんそうなんだろうなぁ~」と思い、改めて聞いてみることにした。
「要はそれって俺にアンパンダーの中の人になれ……ってことですか?」
「違います! それは違いますよ、ユウキさん!! これは確かに着ぐるみですが、アンパンダーに中の人なんて存在し得ないのです! これを着れば誰でもアンパンダーそのものに、いわゆる外の人になれるのです!!」
アヤメさんは力説した。これは着ぐるみだが、中に人なんて存在しない。いるのはただ外の人、つまりアンパンダーになれるとのこと。
「しかもこれね、アヤメの手作りなのよ」
「ぶっ! 手作りなんですか、これ!?」
「はい♪ こんな日があろうかとも思って、私が一針一針縫いつけました。ですがギルド直営のレストランで使おうにも、何故だか皆さんに拒否されてしまい……それにレストランも何者かに破壊されてしまったので使い所が無かったのです。ですから是非とも♪」
要はあまりにもファンシーすぎてハブられた……もとい拒絶された。そう言いたいのかもしれない。というか、まさか絵だけでなくお針子の才能まであるなんて「アヤメさん、なんて家庭的なんだなぁ~」とか思ってる暇すらも無い!
そしてそのままアヤメさんに言われるがまま、服の上から着せられてしまう。
「ちょっ! アヤメさん、こういうのって服の上から着るんですか! 普通、脱いでから着ません!?」
「まぁ普通はそうなのですが、今は時間が無いのでしょ? 仕方ありませんよ♪」
俺の静止も聞かず子供のように右足上げて、その次に左足も上げてっと、足から着ぐるみを着せられてしまった。
「これ、マジで中暑いんですけど……こんなので外出れるんですか?」
「さてっと。後は頭を被せるだけっと……あれ?」
俺の質問を無視するかのようにアヤメさんは文字通り着々と俺アンパンダー変身計画を進めていたのだが、そこで思わぬ誤算が生じてしまった。
「どうしたんです?」
「ああ、いえ……頭の部分を荷馬車に忘れて来てしまったようですね。ユウキさん、お手数ですが一緒に来てください」
そう言うや否や右手を引かれ、外へと連れ出されてしまう。
「ぅぅっ。眩しっ。しかも予想以上に中が暑いぞ」
外に出ると太陽の光がSONSONと降り注ぎ、ちょい英語チック交じりに容赦なくその熱と光で着ぐるみ族に成り果てた俺を責め立てる。
「(太陽さん、マジ暑いってばよ。ちょっとはこの物語みたく手抜きしてもいいんだぜ?)」
俺は固有名詞である太陽にさん付けまでして、どうにか媚びへつらう姿勢を示してみる。だが当然の如く、俺の醜態を読者に晒しまくるだけで何の効果もなかった。
「あれ~? 変ですね~」
「んっ? どうしたんですかアヤメさん?」
アヤメさんは荷馬車に乗り込み、探し物をしていたのだったが、どうやら見つからない様子。たぶんだけど……コレの頭部分を探してるのかな?
「ええ……実は頭の部分が見当たらなくて」
「そうなんですか?」
俺も下から荷馬車の中を覗き込む。着ぐるみを着た状態では機敏に動けず、荷馬車に乗り込むことすらも困難だった。
「もしかして忘れてきたんじゃないですか?」
「いえ、下の部分を取りに戻った時にはちゃんとあったのですよ。一体どこに……あ、あれはっ!?」
「えっ?」
アヤメさんが腕を組みながら考えていると、荷馬車の外で何かを見つけたようだ。俺は彼女が指差すほうへと振り返ると、そこには考えし得ない光景が広がっていた。
ズサササササッ。ズサササササッ。見れば何故かアンパンダーの頭部の被り物だけが、道路を舐め這うように動き回っていたのだ。というか、前後左右縦横無尽に移動しまくっていたのだ。
<ちはやれいめいさんより、ご提供していただきました♪>
「きもっ!? 何だよあれ!? マジ冗談抜きでホラーすぎるぞ!?」
(いつからのこの物語、ホラーに早代わりしたんだよ。というか、あまりにもその光景がシュールすぎてツッコミの語彙が不足しちまうだろ。毎度毎度俺と読者予想の遥か斜め上を行きやがる)
アンパンダー単体で見ればファンシーで可愛いのだろうが、如何せん頭部のみが道路を這い、とてつもなくシュールな光景が繰り広げられていたのだ。さながら素早さと硬度にステータス振り分けされた液状のモンスターの如く、激しく右往左往しているのと同義である。
「(ってか、何でアレはあんな動いてるんだ??? ま、まさか……反復横跳びの練習でもしてるのか!? いやいや、それは反復横跳びの方々に失礼だったわ)」
俺は反復横跳びの化身になりつつあるアンパンダーの頭部に敬意を払いつつも、心内でディスってみた。あといつも反復横跳びに勤しんでいる皆様、ごめんなさい。
「あら、これは旦那様。そのような格好をなされて、一体どうされたのですか? 物語からハブられたからと言って着ぐるみ着てりゃ誤魔化せるとでも?」
「ああ、これ? いやまぁ……ちょっとね。というか、これの上の被り物……あの頭部が動き回ってるのは何なの? というか、中身なにさ? まさか幽霊とかモンスターでも乗り移ったの?」
俺達の目の前を激しく移動しているそれに合わせるよう、首を右左右左っとターゲット固定しながら、その中身の正体を聞いてみた。何故ならあまりにも異様な光景にもかかわらず、シズネさんに至っては冷静なままなので、何かしらの原因を知っているのかもしれない。
「ああ、アレですか? アレの中身はもきゅ子ですね」
「えっ? も、もきゅ子? ……ってか、何でもきゅ子があの中に? 地面ってか、道路を激しく移動しまくってんのさ?」
どうやらキモ頭部の動きの正体はもきゅ子らしい。だが何故もきゅ子が頭部を被り、忙しなく動き回っているのだろうか?
「あ~実はもきゅ子に合うのかなぁ~? などと思いまして、ワタシがもきゅ子に被せたのです。きっと取れなくて暴れているのでしょうね~」
「……いや、それはあまりにもダメすぎるだろ? ってか、取れなかったのかよ!? も、もきゅ子っ、そこで止まれ!!」
ようやくその原因及び正体が判ると、俺はすぐさまもきゅ子に呼びかけその気持ち悪い動きを静止させる。
ズサササササササッ。ズサ……? すると俺の声に反応したのか、突如して動きがピタリッと止まった。そして今まで正面が顔部分だったのに、ゆ~っくりと後ろを振り向きながらその白い後頭部を俺の方へと向けてきた。
「も、もきゅ~?」
「あ、ああ俺だ。今それ取ってやるからな」
もきゅ子は「だ、誰なの~?」っと不安そうな泣き声で反応を示してくれた。そんなもきゅ子を安心させるため、俺は優しく声をかけてから少しずつ歩み寄って行く。
「も、もきゅ~ぅっっっ」
ズササササササササササッ。先程よりも激しい動きをみせながら、その塊(アンパンダーの白い後頭部)が俺の目の前へと容赦なく迫って来ていた。
「マジ怖えぇぇぇっ!? ってか、ほんとにもきゅ子だったし!!」
「きゅ~きゅ~」
もきゅ子は足元付近まで迫り来ると、まるで呪いの儀式のように円を描きながら俺の周りを回っていた。きっと早くこれを取って欲しいとの表れなのだろうが、先程よりも更に怖いのは言うまでもないだろう。……いや、言っちゃったけどね(笑)
たまに反復横跳びしながらこの物語を執筆しつつ、お話は第82話へつづく




