第77話 ドジッ子アヤメの躾け方法とチョロイン誕生
「(というか、これを配られても客は戸惑うばかりじゃないかな? ウチの店にはここに描かれているパンダ……いや、アンパンダーが居ないわけだしさ。いやまぁ可愛いんだけどね。……うん、ほんとアンパンダー可愛すぎだもん。もうこのままの勢いじゃ、そのうちこの物語のレギュラー陣乗っ取られてさ、主力メンバーになっちまうよ)」
「どうですか? 皆様方も驚かれたのではないでしょうかね? ふふん♪」
俺がアンパンダーに対し危機感を持って心理描写を行っているとアヤメさんには珍しく、ちょっと自慢するかのような顔をしていた。どうやら彼女は間違いに気付いていないらしい。
「あのアヤメさん……」
俺は自分の名の通り、勇気を持ってみんなを代表してアヤメさんに声をかける。
「あっそんな大げさなものではないので感謝などは不要ですからね、ユウキさん♪」
どうやら俺がそのチラシに感動して感謝の言葉をかけてくれると思ったのか、アヤメさんは少し恥ずかしそうにしながらも両手を左右に激しく振り動かすと遠慮気味になっていた。
「あ、ありがとう……アヤメさん。た、大変だったんじゃないのかな? もしかして徹夜で作業してくれたとか?」
「もう~そのように感謝なんてしなくて良いのですよ。私が好きでしたことですから♪」
見ればアヤメさんの目元はうっすらと黒くなっていた。きっと本当に徹夜でしてくれたのかもしれない。そして当のアヤメさん本人は、褒められて満更でもないと言った感じで自らの赤らいだ両頬に手を当て、恥ずかしそうにしている。
「(チクショー! アヤメさん、マジで可愛いじゃねぇか。一生懸命というか、なんというか……実際間違ってるんだけど、そんなドジっ子も何故だか可愛く思えちまうよ。これが好感度補正というものなのか……)」
「(ほら、旦那様。いつまでも見惚れていないで、ちゃんとアヤメさんに言わないと!)」
「ごふっ!? ぅぅっ……(コ、コクリッ)」
俺がそんなアヤメさんに見惚れていると、横にいたシズネさんが俺のがら空きの腹部に肘鉄を入れてくる。どうやら「さっさと言いやがれ!」と言いたい様子に俺は思わず首を立てに振ってしまう。というか、ダメージで前のめりになっただけなのが……。
「あら? どうかされたのですかユウキさん? もしかして……お気に召さなかったでしょうか?」
「っ!?」
俺が腹を抑えているのを不審に思ったのか、アヤメさんはこちらの様子を窺っていた。その顔はとても悲しそうになり、今にも泣き出しそうである。
「(どうする? 妻であるシズネさんと最近ラビュ~な関係のアヤメさん。俺はそのどちらを支持したらいいんだ?)」
『アヤメに対してなんと答えますか?』
『ほら、アンパンダーってウチの店にいないよね?』まぁね
『別のチラシを……』アヤメが泣きだしてしまうかもしれません!
『アンパンダー可愛いよね♪』これ以降すべての登場人物に補正がかかることで、物語すべてがアンパンダーに変身いたします
「(いやいやいや、いつものことだけどロクな選択肢ねぇな。しかも最初のはなんだよ。何で補足説明文から賛同を得らにゃならんのだ? あと三つ目な。もうそれだと『悪魔deアンパンダー』とかタイトルすら侵食されんぞ)」
「ま、そのチラシじゃ苦情の一つも言いたくなるでしょうね」
「えっ? ま、マリーっ!?」
俺がそんなことを考え次の行動を決めかねていると、いつの間にか玄関ドアにマリーが立っていたのだ。俺は驚きと共にこの瞬間、まるで救世主が現れたと錯覚してしまうほどであった。
「えっ? く、苦情……ですかお嬢様?」
「ふふっ。そりゃそうでしょとも。だってアヤメ、貴女別のチラシを提示しているのよ。本当のチラシはこちらの方でしょ?」
ドンッ。マリーはそう言いながら、別の茶紙に包まれたモノをテーブルの上へと置いた。そしてガサガサっと粗い音を立て、外装である茶紙を破いていく。
すると中から先程とは違う、別のチラシが顔を覗かせたのだった。
<ちはやれいめいさんからのコラボアート提供>
『悪魔deレストラン ナポリタン2シルバー(かもしれない)』と今度は店名ともきゅ子、そして簡素ながらウチの代表メニューであるナポリタンと、その値段がしっかりと書かれたチラシ印刷の束だった。
「あ、あれ? わ、私間違えて持ってきてしまいました? はうぅぅぅぅぅっ。またやってしまいましたぁ~~っ(照)」
「ふふっ。アヤメ、貴女のそのドジっ子属性は相変わらずね。でもね、そんなところがチャーミングだわ。貴方もそう思うでしょ?」
「あ、ああ……」
アヤメさんはドジで別のチラシと間違えて出してしまい、その上自信満々のドヤ顔を披露してしまったのをとても恥ずかしがっていた。マリーはそんなアヤメさんを褒めると同時に「ほら、貴方もちゃんとフォローしなさいよね!」と話を振ってくる。俺は頷きながら、言葉を口にした。
「アヤメさん。間違いは誰にでもあるし、それにちゃんとこっちも印刷してくれたんでしょ? 全然大丈夫だよ。むしろ俺達の方こそ……なんかごめんね。ちょっと面食らっちゃって、言い出せなくてさ……」
「ユウキさん……っ! い、いえ……私が間違ってしまったのは事実です。それに……あぁ、なんで私はちゃんと中身を確認せず、自信満々にしてしまったのでしょうか! とっても恥ずかしすぎますよぉ~っ(照)」
アヤメさんは一瞬、顔を上げ「良かった!」とした表情をしたのだが、やはり間違いは間違いだと自分を戒め落ち込んでしまう。そして「恥ずかしいから見ないでください!」っと両掌で顔を覆ってしまい、フルフルっと顔を横に振る。きっとそれ程までに間違えたのが、恥ずかしいと事だったと思っているのかもしれない。
「アヤメさん」
「っ!? ゆ、ユウキさん……にゃ、にゃにお」
俺はそんなアヤメさんを愛おしくて堪らないと同意を得ないまま、思わず彼女を抱きしめてしまった。彼女の体が俺の胸の内にすっぽりと入ってしまう。抱きしめてしまえば何のことはない。背丈は俺と同じはずなのに、今のアヤメさんはとても小さく、そしてか弱い存在に思えてしまう。
「よしよーし♪」
「ふぁああああ~っ。ふにゃ~~♪」
俺は言葉が無粋だと用いずに、ただ彼女を抱きしめその頭を撫でてやる。ただそれだけ……ただそれだけで、アヤメさんは安心した猫のように俺の行動すべてに身を委ねてしまっていた。そして元々人に甘えるのが好きなのか、頭を撫でてやると可愛い声で鳴きだした。
「……んっ?」
そんなアヤメさんがより可愛く思えてしまい、俺の中にある意地悪心が疼いてしまう。そして急に頭を撫でるのを止め、「もう撫でなくてもいいかな?」っと少し意地悪に首を傾げてみた。
「ぅぅ~っ」
すると……アヤメさんは上目使いで俺を見上げ、「何で撫でるのを止めてしまうのですか?」っと言いたげに瞳がウルウルになってしまう。このままでは本当に泣き出してしまうかもしれない……そう思い、撫でるのを再開する。
「はいはい♪」
「ん~っ♪」
再び俺が頭を撫で始めると機嫌を治したかのように満足そうな顔をするのだった……。
アヤメさんの可愛さと従順さ、そしてあまりのチョロインぶりに何か大切なことを忘れつつ、お話は第78話へつづく
※チョロイン(チョロいヒロイン)=簡単に攻略できてしまうヒロインの総称。総じて少女マンガのようなシチュエーションを夢見る少女が陥り易い傾向。




