第73話 体と衣類を綺麗にすることの大切さとその意義について
「これじゃ俺、今夜も眠れねぇじゃねぇかよ。一体どうすれば……んっ? 誰だ?」
俺がベットで眠り寝言を呟いているサタナキアさんに呆れていると、コンコン♪ っとドアノックがされた。
「あ、わ、私だ。も、もきゅ子を連れて来たからな」
「アマネかっ!? わりぃ、今開けるから!」
「いや、いいのだ! 私はこれで失礼するから、じゃあ頼んだぞ!!」
ガチャッ。俺は慌ててドアに向かい扉を開けたのだったが、既にそこにはアマネの姿はなくちょうど向かいのドアがバタンっと少し強めの音を立ててしまったところだった。
「アマネ……」
「もきゅ? もきゅもきゅ♪」
アマネのアマネらしくない態度。きっと俺と顔を合わせるのが恥ずかしいのかもしれない。そして下を向くともきゅ子が居た。「どうしたの?」っと少し首を傾げたが、俺の左足の脇を通りすぐに部屋の中へと入って行ってしまう。
「……いや、何でもねぇよ」
さすがにシズネさんと同室のため、アマネが自ら夜に尋ねて来ることはないだろう。それに俺の部屋にも、もきゅ子どころかサタナキアさんまでいるのだ。さすがにそれでは先程のようなラブな雰囲気にはなれはしない。
俺は諦め、眠ることにした。思えばこの数日ロクに寝ていない事に気付き、そしてまた目まぐるしいスピードで自分を取り巻く環境が変わったため、疲れがドッと出てしまう。
「もきゅ~。もきゅきゅきゅきゅ~♪」
「あ、ああ。おやすみ。もきゅ子」
もきゅ子はピョン♪ っとジャンプすると、自分の背より高いベットへと飛び乗る。そして「そこに居たら邪魔なんだよ~」っと言わんばかりにベット中央を陣取っていたサタナキアさんに対し、その短い右足を使い器用にどかした。
そうしてポフ♪ っと枕へと倒れこみ、毛布を自分の首元までかけ俺に向かって「おやすみなさ~い♪」っと鳴き声をあげると眠りについた。
「むにゃむにゃ~♪ 妾は魔神サタナキアなるぞ~♪ いずれ世界を滅……」
「もきゅ!」
「……ごふっ」
サタナキアさんの寝言(?)がうるさいのか、もきゅ子は「静かに!」っと裏拳で持ち手部分を叩いて物理的に黙らせた。
「(今考えるとすっげぇシュールな光景だよなぁ~。だってさ、一応俺の部屋のベットにも関わらず、主不在のまま現魔王様のドラゴンとその魔王様を唯一倒せる武器『聖剣フラガラッハ』が一緒に寝てんだぜ。寝相とかでサクっと当たって、ダメージ判定にならねぇのかよ……。あともきゅ子の寝顔可愛すぎ)」
俺は漫才のような二人(?)のやり取りともきゅ子の寝顔に癒しを覚えつつも、風呂に入るため一階に向かうことにした。
「あっ、そういやもうお湯は残ってねぇよな? ちっ……どうっすかなぁ~。別に自分だけなら水でもいいんだけど……」
脱衣所に着くと俺は肝心のお湯の存在を忘れていた。迷った挙句、水だけで体を洗うことにする。今からお湯を沸かすのは手間だし、何より自分だけならそれでも別にいいと思った。毎日綺麗な水を使い、体を清潔にできるだけでもありがたい。
井戸の水を溜め汲んでいる瓶から木桶へと水を汲み、風呂場まで持って行く。そして頭からお湯ではなく、水をザバっと被ると石鹸を使って上から下へと洗っていく。
カネがある貴族あたりになると普通の固形石鹸ではなく、泡が良く立つ液状のモノを使うのだとか。だがそれは値が張るため、ウチでは固形が主であった。だがそれも庶民から見れば贅沢品に違いはないのかもしれない。
「ガラガラガラ~……ペッ」
そしてついでとばかりに歯磨き大好きをシズネさんに自称した手前、普段よりも長い歯を磨きをし終える。ま、最近何だかんだと女の子とキスしたりする機会が増えたから、歯磨きだけは念入りにを心がけていたのだがな。
「ふぅ~っ。さっぱりしたぁ~♪」
コキコキ。首筋に手を当てたり、肩を回したりして疲れを確認する。本当なら肩までゆっくりと温かい湯に浸かり一日の労働の疲れを癒せれば最高なのだが、体を洗えるだけでも贅沢と言えるもの。人は身を、そして着ている衣類が汚れていると心まで汚れてしまうと聞いたことがあった。
きっとそれは他人から見た身嗜みを普段から意識することにより、常に襟を正す姿勢及び態度を表している言葉だと言えよう。つまり他人の自分を見る目を常に意識することにより、普段から素行を改め悪い事をしてはいけない。もしすれば他人から悪口を言われたり、蔑まされたりしてしまう。一度他人がそうだと思ってしまえば、もう取り返しはつかないのだ。
人の信頼を得るには一生ものだが、人の信頼を失うのは一瞬である。まさにその言葉に尽きるだろう。そもそも信頼とは他人との長い月日の積み重ね、そして『言葉』とそれに纏わる『行動』とが何にも勝り重要となってくるのだ。だから例えどんなに大変な状況下だったとしても、衣類を、そして身を綺麗にすることが大事なのかもしれない。
「んっ……今日も大丈夫だな」
俺は風呂から上がると日課である店内の見回りをすることにした。一応シズネさんも店のドアなどの施錠を確認したりはしているのだが、こういうことは多いからと言って困ることではない。
「ふぁあ~っ。……そろそろ寝るとするか」
そして見回りを終えると特にすることもなく、俺は部屋に戻る事にした。
「そろ~り、そろり。ソロリッチ♪ っと」
ドアの音でもきゅ子やサタナキアさんを起こさぬよう最善の注意を払いながら、そろ~りの若干高級進化系『お一人様の高級感♪』と口ずさみながら部屋に入っていく。
「も~きゅ~っ♪ も~きゅ~っ♪」
「すんすん……妾も~、メインヒロインとやらになりたいのじゃ~」
「(ほっ。どうやら大丈夫みたいだな。というか、さっきからサタナキアさんのは寝言なんだよね? ってか、寝ながら泣いていやがるのかよ……そんなことされたら、ちょっと心配しちまうだろ! あとみんなメインヒロインになりたすぎ……)」
ベットで眠る二人を起こさぬよう踏み越えると、毛布をずらして俺も眠ることにした。今日も俺の寝床は窓際の左端。一体いつになったら広々と眠れるのだろうか? いいや、そもそも寝かせてもらえるのだろうか?
「ふぅ。でもどうせ今日もなんだろ?」
俺はこの数日迫りくる呪いのBGMからの一瞬で朝を迎えるシチュエーションに対し、既に慣れつつあったのだ。だからベットに横になり、目を瞑るその瞬間までに覚悟を決める。
「ぐぬぬぬぬっ……んっ!」
(呪いのBGMめっ! 来るなら来やがれってんだ!!)
シーン。だが俺の思惑とは違い、何の音も聞こえてはこない。いや、隣からもきゅ子の健やかなる寝息と、サタナキアさんのとても寝言とは思えない寝言だけが聞こえてくる。
「も~きゅ~♪ も~きゅ~♪」
「妾だって~、いつの日にか……」
「…………」
(って、今日は来ないんかいっ!! もう悉く俺と読者予想の上をいきやがるよなぁ~。マジで展開の予測ができねぇわ……)
俺はこうして人間の最大欲求の一つである、『睡眠』を確保できるようになったのだった……。
主人公と読者の予想を裏切りつつも、期待だけは裏切らない! とかそれっぽい言っても、実は書いている中の人でさえも今後の展開が予想できえないので、明日の自分に適当な前振りしつつも、お話は第74話へつづく




