第72話 歯磨き大好き人間とその泳がせ方。
「あら、これは旦那様ではありませんか。……おや、どうかなされたのですか? そのように難しい顔をして……」
「あっシズネさんか。いや……何でもないよ」
自分の部屋に戻るその途中、パジャマに着替え部屋から出てくるシズネさんとバッタリ出会ってしまった。そうしてずばりっと核心を突いた言葉を投げかけられ、俺は動揺から言葉を濁してしまう。
「もしや旦那様……」
「な、何さ、シズネさん……」
「ハ……」
「(もしかしてもしかして、もう俺のハーレム計画がバレちゃったの!? 確かにシズネさんって、元とはいえ魔王様なんだから人の心とか読めるとか言われても全然不思議じゃねぇ。それにカタカナの『ハ』と付く言葉なんて、ハーレムしか思いつかねぇもんよぉ。こ、こりゃいよいよ年貢の納め時かもしれない……)」
ちなみにこの心理描写の間は約0.1秒の出来事である。シズネさんから『ハ……』と言われもしやハーレム構築理論がバレてしまい、このまま撲殺エンドを迎えるのではないかと続きの言葉を身構えた。
そして自ら自白する事により、どうにか命だけは繋ぎ止めようと奔走することに。
「ハ……ミガキをなさるのをお忘れになられたのですかね?」
「ハー……ミガキ~♪ そ、そうそう。さっきアマネの分のお湯持ってって、歯磨くの忘れちゃってさぁ~。あっはははっ。今はアマネ入ってるもんねぇ~、そういやもきゅ子も一緒みたいだもん。さすがに脱衣所に入るのは終わってからだよね~」
(何だよ。ハミガキのことで、俺が悩んでいるとシズネさんは思っていやがったのかよ。はぁ~脅かすなよなぁ~。寿命が縮んじまったじゃねぇか。でもまぁ、これでどうにか誤魔化せたよな?)
どうにかシズネさんと言葉を重ねる事により、『ハーレム』と言いそうになったところを『ハーミガキ~♪』っとやや強引に、そしてニッと笑いながら陽気に修正して誤魔化すのだった。
「そうなのですか? ふふっ。旦那様はお茶目な方なのですね。よほど歯磨きがお好きなのですね!」
「あ、ああ。俺は歯磨き大好き人間なのさ~♪」
シズネさんは口元に軽く握った右手を当てクスリっと、笑っている。どうやら少し面白いと感じてくれたのかもしれない。俺も雰囲気を壊さぬようその流れに乗り、そのまま歯磨き大好きさをまるでオペラでも歌うよう、胸に手を当てアピールし続けた。
「ふふっ。てっきり私は旦那さまが自分のハーレムを構築しようと思案していたところにワタシが声をかけられて、『あっ、やべぇなシズネさんにバレちまったぞ。こりゃ~適当に話でも合わせ、陽気にオペラって誤魔化すきゃねぇなぁ~♪』などと動揺なさっているものとばかり思っておりましたよ。くくくっ」
「…………」
(チクショーめっ! すべてお見通しだった上に、俺はただ泳がされてただけなのかよ!?)
俺は図星とばかりに無言のまま、心理描写を用いてシズネさんをディスってしまった。だがそれもこの女性に通用するわけがない。
「おや、今度は何やら不穏な感じがいたしますね。もしや口を開かず無言を貫くことで、どうにかやり過ごせるとお思いでしたかね? 甘い、それは甘い考えですよ旦那様! 旦那様がいつも無言の時には、()閉じを用いて心の内を呟いていますでしょう? 違いますかね?」
「ぶっ! し、シズネさんっ!! そ、そんなことねぇってばよ! 少しは俺を信じてくれよ!」
俺はシズネさんに対して、真面目な顔で必死に訴えかけた。
「(だから何でバレるんだよ。アンタどこの物語のキャラよりも、チートすぎんだろその能力。マジで下手すりゃ、この物語の作者とかそんなオチじゃねぇだろうな?)」
シズネさんはここぞとばかりに畳み掛け、俺の最後の手綱である『心の壁』でさえも容易に打ち砕く気満々だった。
「……ま、いいでしょう。一応旦那様はワタシの旦那様ですしね。信頼する他ありません」
「そ、そうか……。シズネさん、あ、ありがとう……」
これほどまでにありがたくない「ありがとう……」と言う言葉を口にするのは、生まれて初めての体験だった。だが一応ハーレムのお許し(?)も得たので、俺はそそくさと自分の部屋へと戻って行った。
「ふぅ~っ。ようやく我が家……いや、自分の部屋に戻って来れたな。って、あれは何だよ? 毛布が盛り上がってる……だと!?」
どうにかシズネさんの猛攻を凌いで部屋に戻ったのだったが、何故か毛布が謎の盛り上がりを見せていたのだ。
『今夜は夜までトゥナイトしようぜ~♪ でも明日からは早寝すんだぜ~♪』
「……いや、どんなだよ。擬人化に失敗でもしちゃったの? そもそも『今夜は夜までトゥナイト』って、明らかに『夜』が多すぎだからな! こんな雑な挿絵用意してんじゃねぇよ。もう明らかに自分で用意しましたよ! って挿絵のクオリティじゃねぇか。もうこっちがビックリする番だわ」
俺は早々に謎の盛り上がりをみせている毛布をスルーすると、一応横になるためベットへと近く。だがそこも魔窟の巣窟に相違ないと言える状況だったのだ。
『サタナキア先生おやすみ中♪』
「ファ~ン♪ ファ~ン♪ ちょこあいすとやら、うまいのじゃ~♪」
「…………さ、サタナキアさん。あ、アンタまでもなのかよ」
そこに居たのは、今日も我が物顔でベットを占領しているアマネ所有の聖剣フラガラッハこと、魔神のサタナキアさんだった。というか、魔神がチョコアイス大好きとか超ドキュンな設定ってどうよ? あと挿絵のクオリティあげようぜ~。こんなだから読者からジャンルが『ファンタジー』にも関わらず、『コメディ』だと思われちまうんだよ……。
挿絵のクオリティを常に向上させつつ、、お話は第73話へつづく




