第66話 私を思い遣る貴方へ
「はいアヤメさん、お待たせお待たせぇ~♪」
「わあぁぁぁぁ♪ 今日も美味しそうですね~♪ はむっ……もぐもぐ。ん~っ♪ とっても美味しいですぅぅぅぅ♪」
アヤメさんは待ちきれなかったのか、目の前に出されるなりいつもより山盛りとなっているナポリタンにフォークを突き刺し、グルングルンっと豪快に麺を絡めると口一杯に頬張っていた。これまた芸もなくいつもと同じ表現になるのだが、まるでリスのように両頬が膨らんでいる。
「……す、すっげぇなぁ~。あっ、こっちはマリーの分な」
「まったく、アヤメったら。あら、ありがと♪ んっ? これってアヤメよりも……」
マリーは自分の前に置かれたナポリタンと、アヤメさんが食べているナポリタンとを見比べていた。どうやらその両者との量が違うと気付いたらしい。
「あっいや、それは……」
「ふふっ……良いわよ、別に取り繕わなくてもね。優しい貴方のことだから、どうせお腹を空かせたこの子に多く盛り付けてあげたのでしょ? それに私はこの普通のでも食べきれるかどうか分からないしね。気にする事はないわ。それじゃあ、いただくわね……」
マリーは俺の心内を見透かしたかのようにそう述べ、フォークを手に取り食べ始めた。口一杯に頬張り幸せトリップ状態のアヤメさんとは違い、マリーは自分の口に入る程度にナポリタンを絡め、とても上品に食べ進めている。
「ぷっ……」
そんな対象的な二人を見て、思わず笑ってしまいそうになった。いや、ちょっと口に出ていたのかもしれない。尽かさず、正面にいるシズネさんから突っ込みを入れられてしまう。
「アヤメさんを見つめそんな幸せそうな顔をなさっていないで、旦那様もお食べになられたらどうですか?」
「あっ……わ、忘れてた」
「ふぇっ!? み、見ていたのですか、ユウキさんっ!? はぅぅぅぅぅ……モグモグ」
「そりゃ傍にいるんですもの、見えるのは当たり前でしょ? それにそんな気持ちよく豪快に食べられては嫌でも視界に入るわよ、というかアヤメ……そう言いつつも、しっかり食べ続けているじゃないの。まったくもう……」
俺も自分の分を厨房まで取りに行き、隣のテーブルで食べることにした。既にアマネやもきゅ子達が座っているのでそもそも空いてる椅子が無いというのもあったが、アヤメさん達とは諸々の事情により量が圧倒的に少ないのを見られたくない、そんな思いもあった。
「モグモグ……あら? ユウキさん、私達よりも少なくありません?」
「ごほっごほっ……あ、アヤメさんっ!? い、いえ……そんなことないですよ。あっいや、……これは……じゅ、従業員用の賄いなんですよ! だから少し小ぶりと言いますか、そんな感じなんです」
だが速攻でアヤメさんに量の違いを見抜かれ、俺は咳き込んでしまった。俺はまだ誤魔化せる、悟られてなんかいない……そう自分に言い聞かせ、どうにか言い訳をする。
「そう……なのですか?」
「ええ、そうですそうです。それにほら、これから夜まで仕事があるのでこれくらいの量……腹五分目が俺には調度良い量なんですよ。あっははははっ」
「あ~……確かにお腹が膨れてしまうと動きが鈍くなりますもんね! 納得です♪」
「ふふっ」
アヤメさんは首を傾げながらも、腹五分目なる新たな造語交じりの言い訳を鵜呑みにして、納得するように頷いていた。横にいたマリーは「まったく貴方もお人好しなのね……」と言った表情で口を挟まないまま、少し微笑んでいた。
「ふぅ~……ご馳走様でした。これでようやくお腹が落ち着きましたぁ~♪」
「はい、お粗末さまです」
通常の1.5倍以上の量があった山盛りナポリタンを、俺が食べ終わるのとほぼ同時にアヤメさんも完食していた。そして両手を合わせお辞儀をすると満足そうにお腹を擦りながら、安心するかのように一息ついている。
普段椅子の背もたれに背を着けず、ピシリっと背伸びしていたアヤメさんとは違い、その姿が何だかとても可愛らしく、そしてどこにでもいる普通の女の子に見えてしまった。
「ちなみに今日の味はどうでしたか? 俺が作ったんであまり自信がなくて……」
「あっ、そうなのですか! とっても美味しかったですよ、ユウキさん。これなら毎日食べたいくらいですよ♪ だから自信を持ってくださいね」
「本当ですか! ああ、よかったぁ~。アヤメさんにそう言って貰えるだけで、何だか俺、自信がついた気がしますよ!」
(ま、毎日ってアヤメさん……それってプロポーズの言葉なのかな? いいや、あまりにもベタすぎるから俺の勘違いだよな?)
賄いとしては何度も作っていたが、お客に提供する形としては初めてだった。今まで冒険者として人から褒められる事が無かったため、アヤメさんに褒められて少し照れてしまう。
そんな俺の気持ちを察するように、アヤメさんが言葉を続けた。
「それに自信が無いまま料理を作ってしまえば、本当にそうなってしまうんですよ。これは何も料理に限ったことではありません。剣術などもまったく同じなんです。自分自身の力を疑ってしまえば、剣は絶対に応えてくれません。己を信じ、武器を信じ、そして……共に戦ってくれる仲間を信じる。これが信頼へと繋がり、そして強さへと……あっ、ユウキさんは冒険者なので既にお分かりでしたかね?」
「いえ、アヤメさんの言うとおりだと思います。料理もするのも戦闘も同じですよね? 自分自身が信じられなくては、周りの人だって信じてくれませんよね? ありがとうございます、アヤメさん。俺、俺……」
俺はアヤメさんの話を聞いて感極まったという体で、アヤメさんの両手を握ってしまった。ちょいラブ成分補給と言った具合も兼ねていた。
「ゆ、ユウキしゃん!? あの、手が……(照)」
「すみません、アヤメさん。なんか握りたくなって……その(照)」
俺達はまたもや二人だけの世界を構築しようと、局地的にラブん♪ ラブん♪ な雰囲気を醸し出していた。
ぐぅ~っ。だがしかし、またもや何かの音に邪魔をされ残念ラブとなってしまった。
「(一体誰だよ、お腹の音みたいだけど……)ってぇぇっ!? 俺のか!?」
ぐぅ~ぐぅ~っ。聞けばその音源は俺に近しい……というか、むしろ俺の真下であるお腹から演奏されていたのだ。どうやらあれくらいのナポリタン量では足りなかったみたいだった。
「あのぉ~、やはりあれくらいの量では、物足りなかったのではないですか? もしかして私のために……」
「うっ!? ぅぅっ」
ついにアヤメさんにもバレてしまった。何だかそれがとても気恥ずかしくなって、まともに顔を合わせられなくなり、下を向いてしまう。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
「えっ?」
アヤメさんはそう言って、店の外へと行ってしまう。「一体どこへ?」みんな一様に彼女の行動を不思議に思いながらも、『それならばその隙に……』っとマリーが溜まらず声をかけてきた。
「貴方、アヤメを思い遣るのも良いのだけれど、逆に心配かけてどうするつもりなの?」
「ぅぅっ。い、言うなってマリー。俺だって失敗したと思ってるんだからさ……」
呆れたのか「まったく……」っと言ったきり、それ以上は何も言ってこなかった。
「そんなところが旦那様の優しさなのですよ、マリーさん。まぁ尤も、ポカをやらかすところまでがデフォルトのようですがね。くくくっ」
「ぅぅ。ごめんってば、シズネさん」
シズネさんには褒められてんだか、貶されてんだかよく分からない言葉を投げかけられ、反論できる余地も無い。
「それにしても、アヤメさんはどちらにいらしたのでしょうかね?」
「外に出て行ったけど、荷馬車に行ったのかな?」
「私が知ってるわけないでしょ。そもそもこの男が……っ」
カランカラン♪ 俺達が一様にアヤメさんの動向を心配しているとドアベルが鳴らされ、アヤメさんが戻ってきた。見ると茶色い紙袋が大切そうに抱き抱えていた。
「(いいわね! あまりアヤメに心配かけさせないでちょうだいよ! あの子、ああ見えても繊細なんだからね!)」
「(分かってるよ。おごふっ)」
ボコッ。マリーは警告の意味も込めてなのだろう、俺の腹を抉るようにパンチをしてきた。マリーのパンチでは威力がないとはいえ、食事直後にこの一発はとてもキツイ。
「お待たせいたしました♪ あら、どうかされたのですか?」
「い、いえ何でもないです……」
「んっ??? 何だかよく分かりませんけど……」
「そ、それよりアヤメさん、その紙袋は? それを取りに行ってたんですか?」
マリーから腹パンされたことを誤魔化すため、大事そうに抱えている紙袋へと話題を逸らす。
「はい、そうです! これをどうぞ、ユウキさん♪」
「えっ? お、俺が貰っちゃっていいんですか?」
中身が分からないまま、俺はアヤメさんから茶色い袋を受け取った。持ってみると見かけ同様軽く、何も入っていない感じもする。
「ふふっ♪ 中を開けてみてください、良いものが入っていますよ♪」
「あ、はい。とりあえず失礼して……あっこれはパンですか?」
ニコニコ顔のアヤメさんを尻目に俺は言われるがまま、袋の中を開けることにした。ガサガサ……。中を開けるとそこには、小ぶりのバケットが一つ入っていたのだ。
バケットとは普通のパンとは違い、原料が『小麦、水、塩、イースト菌、モルト(いわゆるエールなどに使われる麦芽)』のみで作られた、外側がバリッとしたとても硬いパンである。
「はい、そうです♪ ふふっ。ですが、ユウキさん。それはバケットではなく、『バタール』ですよ。ほら、バケットは上のある切れ目が多いのにこれには四つしかないでしょ? だからバタールなんですよ♪」
「あ~、言われてみれば……そうですね。ではこれを俺に?」
「はい♪ 私に多く盛り付けたせいで、ユウキさんの分が減ったんですよね? なら、これはそのお礼の意味も込めて……ということにしておいて下さい。あっ、今朝昼食用にと買ったばかりですので、まだ外側がパリッとしてて美味しいですよ♪ さぁどうぞどうぞ♪」
アヤメさんは自分用にと、買っていたパンを俺に食べて欲しいと言ってくれている。俺はその好意を無碍にするわけにもいかず、食べることにした。何だか俺とアヤメさんはお互いを気遣い、まるで恋人のような関係になっていると感じてしまったのだった……。
硬いバタールを右手に装備しながら魔王を倒すため、いざダンジョンへ! ……とはいかず、そもそも同じテーブルに魔王が二体いるのを今頃思い出し、自分の発言に戦々恐々としながらも、お話は第67話へつづく
※切れ目の数により、呼び名が変わる。日本で言ういわゆるフランスパンはバケットと呼ばれ、上にある切れ目が6本以上。バタールは3~4本ほどのモノを指す総称。ただ明確な決まりごとではないので、お店によって呼び名はマチマチ。通称ぐらいが適当かもしれない。




