第65話 レストランの味付けはお客の第一印象ですべて決まる!
「ふむっ。これでチラシ作りは完成ですね。これさえあれば鬼に金棒、鳩にナパーム弾咥えさせる事だって出来ますよ♪ ありがとうございます、アヤメさん。このような素敵な絵を描いてくださいって」
「いえいえいえいえ、これくらい大した事ないですよ。だからお気になさらないでくださいね♪」
「(な、ナパーム弾ってアンタ。き、きっとシズネさんは『鳩に豆鉄砲』と表現したかったんだよな? いくら何でもナパーム弾じゃ可哀想すぎるだろ。せめてお口にショットガンかガトリングガンくらいにしておけよな!)」
シズネさんはチラシの完成を喜び、鳩だけをターゲットにしてその餌食としたい様子である。アヤメさんは頭を下げられたことに戸惑い慌てながら、両手を左右に振り褒められたのがとても気恥ずかしそうに謙遜していた。
「あっそういえば、アヤメさんもマリーもお昼がまだだったんですよね? 今から作り……」
ぐぅ~っ。話の途中で大きなお腹の音が店内へと響き渡っていた。しかもその音はアヤメさんの方か聞こえてきていたのだ。
「はぅぅぅぅぅぅっ。は、恥ずかしい恥ずかしいです! こ、これではお嫁にいけませんっっっ」
「……だ、大至急作りますんで、待っててくださいねアヤメさんっ!! あと、それなら俺の嫁になってくださいよ!」
っと俺はお腹を空かせたアヤメさんのため、軽いプロポーズをしながら厨房へと駆けて行く。
ジャッジャッ、ジュ~ッ。昨日あたりから俺は練習がてらと言う名目で、みんなの賄い飯を作るようになっていた。
まだシズネさんの見よう見真似だが、自分でも少しずつは作るのが上手になってはいるとは思っている。ま、基本茹でて炒めて絡めるだけなので、むしろ下手に作る方が難しいのかもしれない。
失敗するとするならば、それは……ケチャップの量、味付けだけだろう。少なければ当然味が薄く、お客は美味しいとは感じてくれない。だが逆に多すぎれば、しょっぱすぎて食べれたものではなくなってしまう。またこれはお客の好みやその日の体調、そして風体にもよるだろう。
飲食店でいう『風体』とはいわゆる、お客を一目見たときの第一印象である。性別の違い、年齢は若いかご年配か、また着ている服で仕事内容などを瞬時に推し量りながら、味を決めるのだとシズネさんは言っていた。
一例を挙げるならば、ガテン系のいわゆる肉体系の仕事をしている若い男性などは、動き易さと体の発熱から上半身は半袖の場合が多い。また近づくと少し汗臭かったりするので、より『そうである』と確信することができるだろう。
だから当然、味は濃い目のものを好む。これは汗が出る事により、体からナトリウムなどが失われてしまいので本人の意識に関係なく、どうしても濃くて塩辛いものを体が求めてしまうのだ。これは本人が自覚することはあまりない。
またそれは冒険者達も同義である。見るからに屈強そうな男や武器などを持っていれば常日頃からダンジョンに潜っていると判る為、味付けを濃くする傾向となる。
逆にお年寄りなどの場合なども仕事をせず、それに普段から体をあまり動かさないから汗も出にくくなる。よって必然的に働いている若者とは、真逆の薄味を好む傾向になる。
シズネさん曰く、一流の給仕係りならば接客をする際、そこに一言会話などを交えそれらを元にして味付けの微妙な差を料理人へと伝え、客の好みの料理を出すのが基本とのこと。
『ならさ、注文を受ける際、客に好みを直接聞いたらいいんじゃないかな? それなら理想の味というか、客の好みの味になるでしょ?』とシズネさんに訪ねてみたら、『それならば、次来たお客様にしてみればどうですか? たぶん今、私の言ってる意味を理解できるはずですよ』と言われてしまい、俺は首を傾げながらも実際に接客してみた。だが、実際やってみてシズネさんの言ってる意味を痛感する事となった。
一人のお爺さんが来店し俺が注文を取りながら、「お爺さん、もしよかったら味付け薄くしますか?」と訪ねると「いや、普通でいいのじゃ」と言われてしまったのだ。それから来る客来る客、そのほとんどが「普通でいいわ」「普通が一番!」などと返されてしまい、そこでようやくシズネさんが言っていた意味を理解した。
客は思っているほど自分自身の『好み』を理解していないのだ。また料理を出され一口食べたその瞬間、美味い不味いの判断を即時にしてしまい、気に入らなければ二度と来ない、それがお客と言う者である。
ま、尤もお店側も客に応じて味付けを変えるなどと言うこと自体、どのお店でもしていない。一つ一つ作る手間も余計にかかるし、人を瞬時に判断しなくてはならないため、接客経験が必要となってくるからである。
だから一般の飲食店では敢えてお年寄りも若い人も好む、『万人受けする味』にしている所がほとんどだと言う。最近の流行だと、料理全般何でも甘くするのが主流らしいのだ。甘味は旨み、子供からお年寄りまで誰もが理解すること出来、美味しいと感じる味……それが甘味だ。
だがレストランは一般家庭の料理とは違い、基本的にやや濃い味付けが基本であるのだ。一見先程に述べた事柄と矛盾していると思われるだろうが、実はこれが最も重要なのである。
日常的に食べている物よりも塩分量が高いと、普段味わえない刺激となるのでお客達は「やはり家庭で食べるより、レストランの方が美味しい!」「家庭ではこの味は再現できないなぁ~」などと錯覚に陥ってしまうのも頷ける。だがそれも毎日食べ続けると、次第に食べ飽きてしまうことがある。これも塩分の摂取量が多いため、口飽きしてしまうのかもしれない。
だからレストランなどの外食産業は絶対的な美味しさを作れるにも関わらず、敢えて味を落としている店もあるのだ。これは一般家庭の味に近づけることで、来店する期間を早める目的が挙げられる。また原材料コスト(いわゆる原価)と商品の値段を抑えることも担っていた。
だがそれでは誰にでも好かれる程々平均的な味となってしまい、客の好みにピタリっと合わせられれば100点を取れる料理が70点程になってしまうのだ。シズネさんはそれを『料理を作る上での手抜きだ!』と称し、厨房にいながらもお客が来店する度にテーブルへ顔を覗かせ、客を観察して味を変えたりしているのだ。
「よっと♪ これでよしっと」
ジャジャッ、ジュ~ッ♪ 俺は文字数稼ぎの回想を交えながらも、どうにか三人分のナポリタンを仕上げることに成功した。そしてアヤメさん達はお客様なので賄い様の白皿ではなく、ちゃんと鉄板を熱してお客様に出す形でそこへと盛り付けた。
「あっ、アヤメさんは大盛りの方が良かったかな? ってもなぁ~……ま、しゃあねぇーか。俺のから少し分けるとするか」
生憎三人分ちょうどしか作らなかったため、俺は自分のを半分ほどアヤメさんの上へと盛り付けた。心持ちというか、少しでも多くアヤメさんに渡したい。そんな思いもあったのかもしれない……。
料理解説とそれに纏わる話等は一切の手抜きをせずとも、次第に執筆手抜きはお手の物になりつつ、お話は第66話へつづく




