第64話 もきゅ子のお婿さん候補が現れた!?
「いえね、このチラシに描かれている真ん中と左側の絵はしっかりと判るわよ。けれども……こっちの右に描かれているのは何なの?」
「マリーさんではないのですが、それと上に書かれている店名の後に付いてるのは一体……」
「えぇっ!? い、いけませんでしたか……そんなぁ~」
マリーとシズネさんに責められ、アヤメさんはとっても残念そうな声でガクリっと落ち込んでいた。
そのアヤメさんが描いたチラシ絵というのがこちらだ。
<ちはやれいめいさんより、コラボアートをご提供していただきました♪>
「(まぁ絵も可愛いし、店名にナポリタンともきゅ子描いてあるから全然問題ないんだけどさ、右のは……パンダだよな? 何でパンダ感全開に? しかもウインクとかされちゃうとドキっとしちゃうだろ……)」
「ゆ、ユウキさんっ!! この子、可愛いですよね? ね?」
最後の頼みだと言わんばかりに、アヤメさんは右下に描かれたものを指差しながら俺へと迫っていた。少し涙ぐみ、必死に訴えかけてくる姿もちょっと可愛らしいなぁ~っと不謹慎にも思っている俺がいる。
「う、うん。まぁ確かにすっげーファンシーチックで可愛いんだけどさ……この右のパンダはどこからやってきたのかな、アヤメさん?」
「この子はパンダなんかじゃありませんよ、ユウキさんっ! 『アンパンダー』という名前でして、『どりーむパーク』というゲームセンターに生息する着ぐるみのパンダさんなんです!! えっへん♪」
アヤメさんはパンダ……いや、着ぐるみだという『アンパンダー』を笑顔で指差しながら「どうですか? 可愛いでしょ♪」っと自慢げにしていた。確かに絵も可愛らしいのだが、むしろ子供のように無邪気な笑顔を向けてくれるアヤメさんの方が、可愛く思えてしまうのは何故だろう?
「(ってアヤメさん、結局それパンダなんじゃないかよ!? いや、まぁ着ぐるみらしいけどさ……そもそも中身どうなってんだ? 中に人が入って……いや、これ以上は禁止事項だよな)」
俺はアヤメさんの話を聞きながら心理描写を用いてツッコミを入れてしまうのだが、アヤメさんの話は未だ留まる事を知らない。
「しかもですよ、アンパンダーはお給料が『あんまん』で支給されているんです! どうですか、さすがにこれには驚いたのじゃありませんかね?」
「あ、ああそうなんだ……あんまんがお給料の代わりなんだね」
(そこはアンパンじゃねぇーのかよ!! あんまんが給料の代わりだなんて、それは騙されてるんじゃねぇかよ、えぇパンダさんよ? あと甘いの食べたら歯磨き忘れるんじゃねぇぞ)
アンパンダーがそこまで好きなのか、アヤメさんは拳を振りかざしながら、話というか『設定』を俺へと話かけ続けている。
「しかもですよ、『どりーむパーク』に遊びに来る子供達には腹パンチをされたり、首狩り族と呼ばれる一団に上の被り物を狙われあわや首がこんにちはする事態になったりと、それでもアンパンダーは何も語らず必死に逃げ惑い……」
「ぷっ……」
(マジでこのアンパンダーとやらが大好きなんだなぁ~。というか、設定が細かすぎよアヤメさん。その話だけでもう一作、作品が出来ちまいそうな勢いだしさ)」
普段冷静でお淑やかな一面なばかりに今とのギャップがあまりにも激しく、今なお拳を振り上げアンパンダーに纏わる話をしていた。そんなアヤメさんの意外な一面を知り、俺はちょっとだけ吹いてしまった。
「あっ……も、申し訳ありません。つい、自分の話に夢中なってしまいまして……その……(照)」
ハッ! とようやく周りの状況に気付いたのか、アヤメさんは自分一人で熱く語っていたのを頬に両手を当て、恥ずかしがっていた。俺はそんな彼女をフォローするため、こんな言葉を口にする。
「いえ。さっきのアヤメさん、なんだか普段とのギャップがあって、とっても可愛らしかったですよ。それに……何かに夢中になってる女性って素敵だと思いますしね」
「ユウキさん……あ、ありがとうございます! そのように私の事を褒めていただいて(照)」
俺は難なく思った言葉を口にしたのだが、アヤメさんは更に顔を赤らめ恥らう素振りをしていた。そして目と目が合い、永遠とも思える二人の時間が訪れ……
「こ、こほんっ」
「おやおや旦那summer、随分アヤメさんと親しくお成りになったのですね~」
「あっいや、これはその……」
「にゃにゃにゃ、にゃにお仰っているのですか、シズネにゃん!」
……どうやら、その時間が訪れはしなかった。
マリーがわざとらしい咳をしながら、またその隣にいるシズネさんも俺in夏を満喫するかのように英語交じりでそう呼び、アヤメさんとの関係を勘繰っていたのだ。
というか、俺もアヤメさんも周りに人がいるのを忘れてしまうほどに、二人だけの世界に入っていたようだ。そこで図星を指され動揺してしまい、アヤメさんに至っては手をバタバタとさせて何故か猫語になってしまっている。美人さんなのに可愛い系とかズルイよね?
「もきゅ~?」
「うん? 何なのじゃ? 妾達だけ除け者なのかえ?」
「なるほど、アンパンダーか……これはパンダなのか? それともアンパンで出来ているのか? 一体どちらなのだ……う~む、興味深い生き物だなぁ~」
もきゅ子とサタナキアさんはイマイチ状況が飲み込めず、そしてアマネはアヤメさんが描いた絵とその設定にご執心の様子である。……いや、アマネよ。あんぱんじゃねぇんだよ、ソイツは。むしろ非食物だかんな、仮に街で見かけても間違って食うんじゃねぇぞ。
「そ、そうだアヤメさん! もう一枚描いてみるのはどうかな? 別に一枚だけってこともないしさ!!」
「え? えぇ……そうですね! そうしてみますね! 少しお待ちくださいね!!」
俺が誤魔化すように「新たな絵を描いたらどう?」と提案するとアヤメさんにも俺の意図が伝わったのか、すぐさま新しい用紙に絵を描き始めた。
「「じ~っ」」」
「……っ。あ、あの……お二人共、そのように見つめられては描くのに集中できないのですが」
「そ、そうだよ。シズネさん、マリー。アヤメさんが描き辛そうにしているだろ。どっか別の方を……」
「「(クルリ)じ~っ」」」
「……ぐっはっ!? こ、今度は俺を凝視すんのかよ……」
二人の疑惑の篭もった熱い視線からアヤメさんをどうにか遠ざけるが、「なら、てめえが代わりだ」と言わんばかりに、シズネさんとマリーの矢の様な視線が俺を必要に貫いていた。
しかもやたらめったら、擬音交じりに「じ~っ」と口にするだけで他には何も言わない。だが四つのお目目が「アヤメさんと何かあったんじゃないですか、旦那様?」「そうよ。貴方、絶対何かアヤメとあったのでしょ? 言って楽になれば?」っと口にも勝らなく物語っているのを無視する。
「はい、もきゅきゅっと♪ か、完成でぇ~す♪ さぁみなさん、今度の出来栄えはどうでしょうかね? 自分なりには上手く出来たと思うのですが……」
ジャ~ン♪ っとアヤメさんは出来上がったばかりのチラシ絵を両手で持つと、全員に見えるよう前へと突き出していた。余程自信があるのかもしれない。いや、最後打消しの言葉なので、自信ないのかも。
<ちはやれいめいさんより、コラボアート2枚目をご提供していただきました♪>
「おっ! 今度はすっごく良く出来た感じだよ、アヤメさん!」
「本当ですか? 良かったぁ~♪ お嬢様とシズネさんはどうですかね?」
今度はちゃんとした宣伝チラシチックで『店名』とお店のウリである『ナポリタン』。その左下には先程と同じくファンシーなもきゅ子と、右側に居たはずのアンパンダーの姿はなく、代わりにメニュー表の一部がしっかりと書かれていた。
何気に値段の後ろに「(かもしれない)」と、枕詞をしっかりと書いてるのがいかにもアヤメさんらしい律儀さである。これならば、例え客から苦情が来ても何ら問題には……いや、これはこれでトラブル再来の予感がしているのは、たぶん気のせいだろう……うん、気のせいだと思いたい。
「ふむ。とても良いチラシ絵だと思います。これならば使えそうですね♪」
「そうね……少し可愛らしい感じすぎるけど、まぁこれもいいんじゃなくて?」
「ああ、良かったぁ~。もしこれでダメなら、アンパンダーの親戚の『ショクパンダー』を描くしか無くなるところでしたよぉ~」
二人の了承を得てホッとしたのか、アヤメさんは胸を撫で下ろしていた。
「というか、別なの描く気満々じゃねぇかよアヤメさん。親戚のショクパンダーだって? ちょっと面白そうじゃねぇか……見てみてえよぉ~。もしかすると好物が食パンじゃなくて、クロワッサン好きのアライグマだったりするのかな? くぅ~っ、見てぇっ!!)」
俺は新キャラがボツとなってしまい、嬉しいやら悲しいやら複雑な顔をしてしまう。だがアヤメさんはそんな俺を気にも留めず、他の人にも意見を聞こうとクルリっと振り向いた。
「もきゅ子ちゃんはどうですか? さっきのアンパンダーの方が良かったですかね? あっ、ちなみにあの子はもきゅ子ちゃんのお婿さん候補なんですよ。嫌いですか?」
「も、もきゅっ!? きゅ~……きゅきゅ。もきゅ、もきゅきゅっ!」
「ほぉほぉほぉっ。どうやらもきゅ子は小僧の方がお好みらしいのぉ~。残念だったのぉ~、アヤメ……いや、アンパンダーよ。かっかっかっ」
アヤメさんが交互にチラシ描いたチラシをもきゅ子へと見せ、どちらが良いか聞いていた。そして何気にアンパンダーが、もきゅ子のお婿さん候補というオマケ設定まで考えていたらしい。
だがもきゅ子は「え、お婿さん候補!? えっと~……ごめんなさい。私には心に決めた人がいるんです!」っと言わんばかりに右手で俺を手招くと、左腕へとしがみ付いてきた。
そしてそんなもきゅ子を代弁するようにサタナキアさんが二種類のじいさん声を巧みに使い分け、勝ち誇っている。
「そ、そうですか……それは残念です。どうやら一足、遅かったようですねぇ~。しかも寄りにもよって、そのお相手がユウキさんのなのですね……むぅ~っ(チラリッ)」
アヤメさんはもきゅ子へのラブコールを断わられ、羨ましそうに俺へと視線を向けると「貴方はやはり罪なお方なのですね……」っとリスのように、少しだけ頬を膨らませて嫉妬とも独占欲とも取れる、そんな表情を見せていたのだった……。
アヤメさんの膨らんだ頬を人差し指で押してみたい……そんな願望を胸に抱きつつ、お話は第65話へつづく
※ショクパンダー=悪レス定番、独自の言葉。キャラクター




