第62話 先見の明を持つ者の未来予想図と各地方の特色について
「あら貴方、見かけに寄らず意外と鋭いのね。ふふっ。まぁ当たらずも遠からず、っと言ったところかしらね。実はね……」
マリーの話によると、最近の商業ギルドでは他の店に品物を卸す際にも不当に価格を釣り上げ、より利益を増やしているのだとか。そこでギルドの影響力を弱めるため、マリーとアヤメさんは適正価格で仕入れができる別ルートを独自に開拓して、そこから品物を優良店舗だけに卸しているらしい。
ここで言う優良店舗とはギルドの影響が少ない、また庶民のために良心的な価格を提供する小さな個人商店だと言う。
俺はそこまで話を聞いて「そもそもマリーはギルド長なんだろ? それなら……」っと問うと、「前にも言ったのだけれど、ギルドと言えど組織は一枚岩じゃないのよ。いくら長だからと言って、すべてを自由にできるわけじゃないのよ……」っと少し影を落としながら言われてしまい、それ以上強くは言えなかった。
「ま、ウチのギルドでは今まで南方地方から直接仕入れをしていたのだけれど、私は北方地方から小麦などの穀物を仕入れているのよ。もちろんギルドには内緒にしてあくまで個人として、ね。まぁまだ開墾が甘い所もあるからどうしても質はイマイチだけれども、序々に良くなっていくでしょうから気長に待つとするわ」
「じゃあマリーは北方の仕入れルートを開拓したって言うのかよ! しかもギルドじゃなく個人としてっ!? おいおい、マジで凄いだな。あっでもよ、確か北方って……」
「ええ。そうね……色々と問題がある土地なのよね。そこが頭痛の種なのよ」
既に開拓され広い畑や木々が生い茂る南方地方とは違い、北方地方は山が多く未だ手付かずの土地が多い。また険しい山々が連なりそこには山賊などの根城もあるのでリスクを避けるため、商人たちはあまり北方へは仕入れにいかない。
また南方地方は一年を通して温かい土地柄で麦などが平均して良く育つのだが、北方地方は冬になると厳しい寒さのために小麦などの作物があまり良く育たず、収穫される量いわゆる『取れ高』がその年の気候によって大きく変わるのだとか。つまり安定供給が難しいということになる。
「でもね、最近寒さに強い麦の開発も進んでいるようだから、ある程度の資金を提供すれば安定的な量産ができるそうよ。もちろんそれに伴い質の方も、今よりも落とさず確実にね」
「マリー達は北の開発もしてるのか……。なら、西方と東方はどうなんだ? 東方なら海から魚が……いや、でもこの街に運ぶまでの輸送の問題があるか」
「ふふっ。世の中をちゃんと良く理解しているじゃないの。ええ、そうね。確かに海の無い土地にとって、魚は魅力的だわね。冬でも安定して収穫できるんだもの」
東方地方には広大な海が広がり、小さいながらも漁港があるため一年を通して魚などが良く捕れる。だが、こちらまで運ぶ内に魚の鮮度が下がるためまったく売り物にならないのだ。もしも鮮度を落とさずに輸送することができれば、物珍しさと一定数の需要があるため、かなりの利益が見込めることだろう。
また西方地方にも大きな街などが存在し、その地方独自の作物や工芸品、そして機械技術や製錬技術がこちらよりも遥かに発展している。
だが、こちらもこちらで北方に行くよりも更に遠い道のりで、しかもその途中には『死の砂漠』と呼ばれる延々続く砂漠地帯を抜けなくてはならないため、商人達は売れる見込みがあるにも関わらず、リスクを考えて仕入れには行かないのだ。
たまに西方から来る商人が、こちらで荷を卸して商売をすると高い値段にも関わらず、すぐに売り切れてしまう程の人気があった。もちろんこちらまでの道のりが長いので、その分商品に値段を上乗せしているのは言うまでもないだろう。
北方地方、西方地方、東方地方とそれぞれ特色があり、安全で安定的な仕入れルートを確保することが出来れば、ギルドが支配する南方地方よりも確実に利益を得ることができるだろう。だが問題も山済みで、これらを解決するのには少し骨が折れる。
「そっか。ならマリーはさ……いずれ西方と東方にも手を出すつもりなのか?」
「ふふっ……まぁそうね。出来れば私だってそうしたいのだけれども、今はとりあえず北方地方だけに力を入れるつもりよ。東方は輸送の問題が、西方は距離の問題と言葉の壁があるからね。解決できる方策でも見つけないことには、仕方ないわよ」
「そっか。そういや、西だけ言葉が違うんだったな……」
西方地方は周りの街からかなり離れて存在するため、独自の文化と言語が発達していた。これも外部との交流が少ない為だと思われるが、一応商人の中にはこちらの言葉を喋れる者もいるにはいる。だが通訳を通すとその分余計な費用がかかるので、商品に上乗せしないといけないのであまり良いとは言えないのが現状だった。
「そういや、ウチの街だけ何の特徴もないよなぁ~。あるとすれば国が誘致した『ダンジョン』くらいなものだろ? 産業も農業も金属製品や製錬技術だって、コレと言った特徴も特色もないし……」
「貴方、何寝ぼけたこと言ってるのよ? すべての地方は中心地であるこの街『ツヴェンクルク』を輸送ルートの基点にしているのよ。この街を通らなければ他所の地方へは行けない、流通の一番の要とも言える場所なのよ。だからここを牛耳ってるギルドが国があるにも関わらず、我が物顔でのさばってるんじゃないのよ! それにこの街にはダンジョンがあることで、各地から冒険者達が集まってるわ。これだってどこの地方よりも圧倒的な利益を生んでいるのだから、立派な産業と言えるのよ!」
「ああ、そういえばそうだよな……。ごめんな、マリー。何と言うか、自分がこの街に住んでるのに肝心なことを見落としていたというか、その……」
「ふふっ。いいのよ、私も言葉が少し強すぎたわ。私の方こそ、ごめんなさいね。灯台下暗しとはよく言ったものだわね」
思えばダンジョン一つで成り立っているこの街こそ、どこの地方よりも凄いのかもしれない。確かに街にダンジョンを誘致するのには、カネがかかる。だが建設費などの初期費用が多くかかるだけで、あとはガッポガッポっと金が入り嫌というほど街を潤すわけだ。
またマリーも言ってたように『交通の便』が良いため、様々な品物だけでなく色々な『情報』と『人』が行き交う特徴もあった。人が多く流れれば当然、品物も……そして情報も多く流れ出し循環して回る。
それと同時にダンジョンに訪れる冒険者達が武器や防具、また住人ではないため定住する宿屋などの宿泊施設やウチのような飲食店が流行るのだ。もちろんそれに伴い観光客や商人なども利用するのだ。
「マリーは……」
「なによ? まだ文句でもあるって言うつもりなの?」
「いや、マリーはさ……頭の中で一体どこまで先の未来を描いているんだ?」
「ふふっ。そんなこと誰にも言えないに決まっているでしょ? それに……いずれ貴方が敵にならないとも限らないしね」
そう語るマリーは自信満々に偉ぶると、左手を腰に当て右の人差し指を俺へと突き出し、右目をウインクしながら「でもね……私の伴侶になるなら、考えてもいいわね♪」っとまるで悪戯っ子のように笑顔を差し向けていたのだった……。
少しずつ世界観を構築しつつ、お話は第63話へつづく
<エカルラートの簡易世界地図>




