第58話 暗闇で、何かを握るそのときに……
「ユウキさ~ん、それでこれはどちらに持って行けばよいのですかぁ~。奥の厨房ですかねぇ~?」
「ああ、すみません。厨房じゃなくて、そこを入ってすぐ右隣にある部屋にお願いします。アヤメさ~ん」
アヤメさんは勝手が分からず重い木箱を持ってまま、カウンター付近で俺が来るのを待っていてくれた。アヤメさんの元に急ぐため、担ぎ直すと急ぎ足で駆けつける。
「こちらの大きな扉があるお部屋でよろしいのですかね?」
「ぜぇぜぇ……え、ええ。そこの扉の所がウチの『食材倉庫』になってます」
俺は息も切れ切れにアヤメさんを先導する形を取りたかったのだが、生憎とそこまでの体力が無いために逆に彼女が先導する形となっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ぜぇぜぇ……な、なんとか大丈夫です」
同じ木箱だと言うのにアヤメさんは何食わぬ顔で抱き抱え、男である俺は既に瀕死状態もいいところ。やはり毎日の睡眠不足が原因かもしれない。
「よっと♪ さぁユウキさん、お先にどうぞ♪」
「す、すみません……アヤメさん」
キィィィィッ。アヤメさんがパッっと瞬間的に右手を離すと、目にも留まらぬ速さでドアノブを捻って扉を開けエスコートしてくれる。
何だか立場が逆のようで居た堪れない気持ちになり、俺は木箱の中身が飛び出さない程度に頭を下げ、アヤメさんの気持ちを汲んで先に食材倉庫へと入ることに。
「すみませんね、アヤメさん。ウチまで運搬までさせた挙句、こうして手伝いまでさせちゃって……」
「いえいえ。私はこうしたお仕事も慣れておりますので、どうかお気になさらないでくださいね♪」
俺を気遣ってか、アヤメさんは「普段からしておりますので♪」っと明るい感じで答えてくれた。そんな気遣いができるところが、なんともアヤメさんらしい。
「じゃあこの棚ら辺に置いてください。後は俺がやっておきますので」
「あっ、はい。ここですね?」
そこは昼間だと言うのにとてもひんやりと冷たいうえに、光が射す隙間もないほど薄暗かった。食材倉庫は一般的に防犯の観点と共に食材を太陽の熱と光から守るため、窓も一つ無いのが一般的だ。
だからこそ夏でも室温が低くなり、食材を長持ちさせることができわけなのだが、足元が見えないほど暗いのがネックである。また扉も一つしかないため、もしも外からドアを閉められたら出られなく……
「もきゅぅ? きゅ~」
「へっ? も、もきゅ子? 何でお前がここに……っ!?」
キィィィィッ、パタン。もきゅ子は誰もいないと思ったのか、「何でここ開いてるの? もう仕方ないなぁ~」っと言った感じでその一つしかない扉を閉めてしまった。きっと普段から「扉を開けたら必ず閉める」など、シズネさんがちゃんとした人間生活を覚えさせ、教育していたからかもしれない。だがそれもこの瞬間だけはいらぬ世話となっていた。
「おーい、もきゅ子ーっ。どこに行ったのだー。暇ならこちらを手伝ってはくれぬかー」
「もきゅ? もきゅ~っ♪」
「って、おぃぃぃぃぃっ!? だから何しれっとした可愛い顔で、扉閉めやがるんだよぉぉぉぉっ。今一瞬、完全に俺と目と目が合ってただろうがっ!!」
そんな俺の叫び声が届かなかったのか、もきゅ子はアマネの呼びかけに応えるようそそくさと倉庫から離れて行ってしまった。どうやら俺とアヤメさんは運悪くも、食材倉庫に閉じ込められてしまったようだ。
「はははっ。ま、まぁそのうち誰かが気付くでしょうから、とりあえず持っている荷物を棚に置きましょうか?」
「ほんと、すみませんアヤメさん。ウチのもきゅ子が迷惑をかけちゃって」
だがアヤメさんは怒るどころか「私なら大丈夫ですから……とりあえず本来の目的である木箱を棚に置いて、少し様子をみましょう」っと冷静な大人の対応をみせていた。
こんなときアヤメさんのような女性と一緒だと心強いというか、安心してしまう。
「さぁアヤメさん。これに座ってください」
「いえいえ、私はこのままでも十分ですので……」
「いや、そのまま座ると服が汚れますから……」
「で、ですが……」
カタンカタン。俺達は荷物を棚に置き、いつ救出に来るのか分からない状態で突っ立ったままでは疲れるからと、その辺にあった空いている木箱を裏返しにして座れるように置いた。
もちろんそのまま座ったのでは服が汚れるし、棘などが飛び出している場合もある。俺は着ていた上着を脱ぐと、アヤメさんが座る木箱の上へとかけ「立ったままだと疲れるから……」っと両肩に手をかけ、強引に座らせる。
「なんだかすみません……」
「いえ、俺の方こそ……」
「…………」
「…………」
何故だか俺達は木箱に座ると、互いに頭を下げて謝っていた。だがそれが何ともいえない気まずい雰囲気になってしまった。
「「あの……」」
まるで示し合わせたかのように二人同時に同じ言葉を口にしてしまった。きっと俺と同じくアヤメさんも、お互いの空気感が気まずいと感じているのかもしれない。
「あ、アヤメさんからどうぞ……」
「あっはい……」
俺はアヤメさんの用件から聞くことにした。というか、俺の方は気まずかったので「何か喋らなければ……」っと話題を振るきっかけを作りたかっただけなのである。
「あ、あの……ユウキさん!! こ、こんな時にこんなことを頼むのは失礼かもしれませんが、手を……」
「いえいえ。俺にできることなら……って、手ですか?」
アヤメさんから何を頼まれているのか理解できず、俺はただ言葉を繰り返してしまった。だが彼女の声が少し上擦っているように感じる。
「は、はい。私の手を……握っていただけませんかね?」
「あ、アヤメさんの手をですか!? こ、ここでっ!?」
(いや、今頼まれてんだからここなのは当たり前なんだけどね。ってか、アヤメさんって見かけに寄らずなんて積極的なんだな!? こんな暗がりで手を握って欲しいだなんて、そんな大胆な……)
『アヤメの頼みを聞き入れますか? 以下よりお選びください♪』
『手を握ってあげる』何かが起きます
『手を握らず、別のモノを握る。むしろ彼女に握らせる』ただのセクハラですよ!
「(いや二つ目、どんな選択肢表示だよ。もう選択肢の時点でセクハラだかんなっ!! でもちょっとだけ興味津々だぞ……)」
『ブーッ。時間切れです。またのご利用を心より、お待ち申しております?』
「そう……ですよね。やはりダメ……なのですよね」
「あっ、いや……その……」
(チクショーめっ! ツッコミ入れてる間に時間切れとか、大体制限時間短すぎんだろうがっ!! しかも何で最後疑問系なんだよ、そこは表面上だけでもお待ち申しておいてくれや!!)
アヤメさんは俺に断わられたと思い、とても悲しそうな顔になっていた。っと言っても暗がりなので、正確な表情はもっと近くに寄らないと見えないのだが、震えた声でとても悲しそうに聞こえてきたのだ。
「私、元々は……孤児だったんです」
「へっ? こ、孤児……アヤメさんが?」
「(コクリッ)」
アヤメさんは木箱の上で膝を抱えるように両腕で抱き寄せると、顔を伏し目ながら腕に顎を乗せ誰に聞かせるでもなく、ポツリポツリと自分のことを語りだしたのだった……。
第59話へつづく




