第57話 お店で起こった事柄は、ほぼすべて店側の責任となる
「あ、アヤメさん、外に何があるって言うんだよ!?」
「ふふふっ。それは外に出てからのお楽しみですよ、ユウキさん♪」
チリンチリン♪ 俺はアヤメさんに右手を握られ、恥ずかしいやら驚きやらで戸惑いながら店の外へと出た。すると店の目の前には荷馬車があり、音に反応したのか、お馬さんが二頭こちらを振り向き俺達を見つめていた。……何、一目惚れっすか?
「えっ? こ、これって……」
(なに、ついに俺もこの馬と同じく馬車馬になれって意思表示なの? いや、アヤメさんに限ってそれはないか。なら……)
俺は四つのお目目と偶然……嫌、必然的に目が合い、「おめえも、俺らと同じく苦労してんだな」という哀れみの目で見つめられてしまう。馬にまで哀れまれる……そんな主人公、未だかつて存在し得たであろうか?
「はい♪ ご注文の品ですよ♪」
「えっ? ちゅ、注文って……」
「あっ、わざわざ届けてくれたのですね。ありがとうございます♪ さっ、旦那様。荷馬車から荷を降ろしてくださいな♪」
どうやらシズネさんが自ら注文した品を、アヤメさんが荷馬車を使って届けてくれたようだ。だが一体シズネさんは何を注文したというのだろうか?
「あら、シズネじゃないの。偶然ね♪ それに……ふっ。相変わらずのようね!」
「あらあら、これはマリーさんではありませんか。背が低くて貴女を見落としてしまいましたよ。すみませんね~♪」
両者の間で目線が交差し、バチバチっと火花を散らしているように見える。また二人共相変わらず嫌味だけは超一級品。
「(怖えぇぇぇっ。気の強い女の子って、どうしてこう好戦的というか、出会い頭にバトルできんだよ。まぁ男だったら、拳というか武器で語り合うかもしんねぇけどさ)」
「(ふふっ。それだけ互いに心を許しているのではないですかね? お嬢様もこうして素で言い合えるのは、私が知る限りシズネさんだけのようですし……)」
俺の心の声が漏れ聞こえたのか、近くに居たアヤメさんが俺に寄り添うように小声でそう教えてくれた。どうやら彼女の目から見ると、どちらも仲良しに見えるのかもしれない。
「ヒヒン♪」
「ぶるるん♪」
「あっ大丈夫ですよ~。大丈夫ですからね~。どうどう♪」
シズネさんとマリーの言い争いに興奮したのか、馬達が少し落ち着きがない。だがそれもアヤメさんが手で慰め触り、声かけをすると馬達も安心したのか、急に大人しくなった。
「それでアヤメさん、注文の品というか積荷ってのは一体……」
「あれ? ユウキさんはシズネさんから聞いていないのですか? ふふっ。中を見れば一目瞭然ですよ♪」
アヤメさんにそう言われ、俺達は未だ言い争っている二人を尻目に荷車の後ろ部分へと向かった。そしてアヤメさんが布で覆われている荷車の布を捲ると、そこにはいくつもの木箱が並んでいた。だがどれも上蓋がされておらず、外からでも中身を確かめることができた。
そこには乾燥スパゲッティにトマトケチャップが入っている瓶詰め、それにタマネギやピーマンなどが所狭しと積まれていたのだ。
「これ、全部がウチの食材なの!? それもナポリタンに使うやつだよね!?」
俺は大量の食材を目にして驚きを隠せなかった。何せウチの食材倉庫は明日にも底を尽き、営業の見通しすら経っていなかったのだ。それもギルド側であるアヤメさん達から、その食材を提供されるなんて夢にも思わなかった。
「ええ、そうですよ。昨日の夜にシズネさんがお一人でいらして、食材を融通して欲しいと頼みに来られたのです。それにナポリタン用の食材だけではなく、卵やコーンなども奥に積まれてあるのですよ。ほら♪」
アヤメさんは慣れているのか、荷馬車の淵に左手を置くとひょいっと軽々として乗り込んでしまう。その姿があまりにも颯爽として、少し見惚れてしまったのは秘密である。そして奥にある布が被された木箱の布を捲り、俺へと見せてくれた。確かにそこには卵が傷ついて割れぬようにと区切られており、その隣には葉が付いたままのコーンが置かれていた。
「ほんとだ……これって新メニューの食材だ。あっ、だからあの時シズネさんは『食材の確保はワタシに任せてくださいな♪』って言ってたのか。でも……」
俺は思い当たる節があり、言葉を続けようとしたのだがアヤメさんの顔を見てしまい、口を噤んでしまう。
「ふふっ。大丈夫ですよ♪ これは私共の管轄の食材ルートから調達したものです。それに卸値は市場と同じですから、安心してくださいね♪」
俺の顔に心配の色が出ていたのか、アヤメさんは俺を安心させるようにそう説明してくれた。それもそのはず、ギルド直営のレストランをぶっ潰して以来、俺達はギルドから嫌われ者になっていたのだ。新メニュー開発時にも述べたようにギルドの息のかかった食材ルートでは、食材の確保が難しく、また値段も他所よりも倍以上とふっかけられていたのだ。
「アヤメさん、今の話は本当……なの? というか、そんなことをして……」
「ええ、本当ですよユウキさん。貴方がご心配なさるお気持ちも分かりますが、お嬢様は名目上『ギルドの長』なのです。仮にも表立ってギルド長に刃向かう人はいませんし、それに通常とは異なる食材ルートから確保した品ですので、まずバレることはありません」
アヤメさんは俺を心配させぬよう、「だから大丈夫ですからね……」と安心させてくれたのだった。だが俺には引っ掛かる部分があった。確かにマリーはギルドを治める長で、刃向かう人間は少ないだろう。だがしかし、それも表立ってということだ。逆に裏では何をしているのか、またどんな噂をしているのか、アヤメさんのその一言はギルド内部にマリーの敵が居ると教えてくれたのと同義である。
それでも彼女達は俺達が困っているからと、その危険を犯して食材を融通してくれたのだ。それがなんだか、とても嬉しく思ってしまう。
「さて、それではさっそく運んでしまいましょうかね。お嬢様は……ふふっ、何やらお忙しいようですね。仕方ありません、我々だけで運び入れましょう! よっ、っと♪」
アヤメさんはそう言いながら、未だ言い争いを続けているマリーとシズネさんを尻目に食材が入り重い木箱を脇へと手繰り寄せた。そして自分の服が汚れるのも厭わずに軽々と持ち抱えると、そのまま店の中へと入って行ってしまった。
「……あっ!? アヤメさんばかりにやらせてないで俺も運ばないと!!」
そんなアヤメさんの姿に見惚れてしまい、一瞬我に返ると俺もすぐさま近くにあったピーマンが山盛りになっている木箱を運ぶ事にした。
「んっ、と。こ、これは意外と……」
通常ならばここでアヤメさんよりも多く木箱を運び入れるのが主人公かもしれないが、俺の予想よりも木箱は重く、無理をしない程度により安全に運び入れるには一箱が限度だった。
「おや、食材が届いたのか!? 私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫……あ、アマネは中の方を頼むわ」
店内に入るとアマネが駆け寄って来て手伝いを申し入れたが、テーブルの上にはまだ食器が残っているためアマネにはそちらを優先的に片付けてもらうことにした。でなければ未だ営業時間内なのでお客が来店した際、テーブルを片付けるのにも時間がかかる。
またもしもテーブル上が汚れ、そこに腕でも置かれたら服を汚してしまうなどのトラブルが出てしまい、難癖を付けられてしまう。
だがその場合もお客側が完全に悪くなれば、俺達は平に謝り汚れた洋服の洗濯代を支払わなければならなくなる。これはシズネさんがお店の信頼と、お客のことを第一に考えた経営方針だった。
仮にお店側が悪くなかったとしてもお客が故意に悪事を働いたことでもなければ、それはお店側の責任に成り得る。もちろん過失などの問題で言い争う事もできなくはない。だがそれは机上の理屈であり、とても現実的解決には至らない。
もしも言い争った場合、お客は更なる不満を持ち、例えお店側に非が無かったとしても悪評を立てられる。ひいては他のお客さんの信頼、そして客入りなどお店の評判に悪影響してしまうものである。
またこれもお店側に回らねば理解できない事柄なのだが、お客は自分の好きな席に座りたいものである。例えそのテーブル上にまだ食器が残ったままでもその席へと座ってしまうことが、間々あったのだ。
もちろん俺達従業員側も「こちらのテーブルはまだ片付けておりませんので、あちらの空いているお席の方へどうぞ♪」っと当然隣の空いている席へと案内するのだが、大抵の場合「いや、俺はここでいい……」などと、まるでそこが自分の指定席のように振る舞いをする。
それが既に他のお客で埋まっている席の場合はそんなワガママを言う人はほとんどいないのだが、例え食器が残っていようとも空いていればそこを選んでしまうお客も少なくはない。それも男性のお客の場合、特に冒険者にはその傾向が強いように思える。
たぶんそれは冒険者特有の習性とも言うべきなのか、俺も冒険者だったから理解できるのだが……新しい武器よりも古くて使い慣れた武器の方がいざと言う時には一番信頼でき、またそれと同時に体に馴染むのでより安心できるものである。きっとウチに来るお客達も、それと同じ気持ちなのかもしれない。
たまには真面目なそれっぽい事も語りつつ、お話は第58話へつづく
※卸値=この場合はアヤメさん達の手数料(仕入れ代金やこうした輸送料、それに儲けも当然含まれる)もかかる。逆に仕入れる側から見れば『仕入れ値』となり、これが食材費つまり原価となる。
※市場=この場合の市場とは、ギルドからレストランなどに卸す卸値を指す。もちろん間が多ければ多いほど、手数料が増えるので仕入れ値も高くなってしまいがちになる。
※間々=何度もの意味合い




