第56話 舌切り雀も羨む、舌打ち地獄！
「あの、何故私を雇っていただけないのですかっ！！」
「ええ、貴女だけは何を言われても無理ですね」
シズネさんだって人手不足は痛感しているはずなのだ。なのに……いつになく厳しい言葉に思わず俺は口を挟まずにいられなかった。
「シズネさん、何もそんな厳しい言葉を言わなくても……」
「……旦那様は少し黙っていてくれませんかね？」
彼女の採用が俺の独断とはいえ、仮にも夫なのだからレストラン経営権限の半分は俺にあるはずである。なのにシズネさんはピシャリっと、そして一切の有無を言わさない態度を取っている。
そして俺に向け右の掌を突き出して口を挟まないよう、行動で示した。要は「これ以上、口を出すな」ということらしい。
「そもそも貴女は何の目的でこの店にいらしたのですか？」
「で、ですから私はこのお店で働き……」
「違うでしょ？ 本当の目的の方ですよ」
「…………」
シズネさんは鋭い目線で彼女のすべてを最初から知っているかのように、厳しい言葉で問い質すと彼女は沈黙してしまった。どうやらシズネさんの言うとおり、彼女がこの店で働きたいというのは本当の目的ではないようだ。
「…………」
（考えたくねぇけど、もしかすると彼女はギルド側の人間……なのか？ だとしたら、邪魔をしに来たのかな……でもこんな可愛い子がギルドの人間なのか？）」
俺は色々な考えを巡らせたが言われたとおり黙り、事の成り行きを見守る事にした。
「私の本当の目的、それは……」
「（ゴクリッ）」
俺は固唾を呑んで、彼女の動向を見守り言葉の続きを待った。だがそれは俺が予想していたモノとは違っていた。
「この物語の主役になりたいのです！！」
「…………はっ？ め、メインヒロイン～っ！？」
「えっ？ あ、ああ……っ！？ や、やはりそうでしたか……実はワタシも最初からそうなんじゃないかなぁ～っと、思っていたところですよ！」
突拍子も無い単語が飛び出し、俺だけではなくシズネさんも驚きを隠せない様子。というよりもそもそもシズネさんが思い描いていた思惑とは、まったく違った答えだったようだ。それはセリフと動揺する様からも見て取れる。
「はい♪ ここで働けば私のような名も無きモブキャラでも、メインヒロインに昇格できると噂を聞いたものですから……。あの、ち、違うのですか？」
「「…………」」」
屈託のない笑顔と自信から一遍、美少女は不安そうな顔で俺達の顔色を窺っている。どうやら彼女は俺達がその采配というか、権限・決定権を持っていると勘違いしているのかもしれない。
「あの、それで……」
「やはりダメですね！ さぁもう用件は済んだのでしょう？ 営業の邪魔になりますので、早く帰ってくれませんかね？ さぁさぁっ！！」
「あの、ちょっとお待ちに……私なら、例え夜でも従順に従う……ちょ、ちょっとぉ～……」
シズネさんは自らの役割というか、立ち位置を盗られると思ったのか、名も無き美少女を追い返してしまう。
パタン。そして店の外まで追い返すとすぐさま玄関のドアを閉め、鍵までかけてしまった。
「ふぅ～っ。やれやれ、まったく困ったものですね。そうまでしてメインヒロインになりたいとは、きっとどこへ行ってもああして、媚を売っているのでしょうね。まったく最近の娘ときたら……はぁ～っ」
「そ、そうだね。ちょっと唐突と言うのかな、……うん」
パンパン。シズネさんはまるで手に付いた汚れを落とすように滑らせながら両手を叩くと、深い溜め息をついていた。
「…………ちぇっ」
（せっかく、せぇ～っかく、あんな可愛い美少女が俺のハーレムに加わり、夜には別のモノもく……ごほんごほん。う、うん……彼女ならきっと、ウチの店の従業員として一生懸命働いてくれると思ったのになぁ～）
俺はせっかくの欲望……いや、労働の負担が和らぐと思いきや、目論見が外れてしまい思わずシズネさんバリの舌打ちをしてしまうのだった。
「旦那様？ 今、残念そうに舌打ちしませんでしたかね？ こう『ちぇっ』、っと言った感じで？」
「いやいや、そんなのしてないよボク！ し、シズネさんの気のせいじゃないかな！ もしくは店の外にいる小鳥さんがこう～『ちっちっ、ちっちっ』って感じで、舌切りスズメさんが羨むような真似事でもしてたんじゃないのかな？ うんうん」
（何でバレたんだよ。シズネさんって卓越した能力者……いや、元魔王様だったか）
俺はまさか後ろを向いていたシズネさんに聞こえてしまうとは思いも寄らず、適当なことを並べ立て必死に誤魔化そうした。
「ならば、よいのですがね……ちっ」
「そ、そうだよ」
（怖えぇぇぇっ。やっぱ舌打ちの本場にゃ敵わねぇわ……）
シズネさんは最初からすべてを知っていて、わざと俺に問いかけをしたのかもしれない。そして「ま、今回は誤魔化されてあげますよ。ただし次はありませんからね……」っと本場仕込みの舌打ちをしていた。
そうして危機を脱した俺は仕事を再開する事にした。だが人手不足が解消したわけではない。せっかく働いてくれそうな人が来てもシズネさんが追っ払ってしまい、俺の仕事量は変わらず大変であった。
「ふぅ～っ。どうやらこれでお昼のピークが終わりましたね」
「はぁ～っ。ほんと、今日もどうにか乗り切れたね。シズネさん……」
ようやくお昼の混雑時間帯が終わりをみせると、潮が引いたように店にいる客は数人ほどと疎らとなった。後に残ったのはテーブルの上に残された食べ終わった食器やジョッキがいくつもあるだけである。次のお客が来る前にこれも片付けねばならないだろう。
「きゅ～」
「う～ん、今日もお昼だけは忙しかったなぁ～」
もきゅ子もアマネもどうにか混雑時を捌け、そこらにある椅子に座りほっと一安心していた。
「なんじゃなんじゃ、皆の者情けないのぉ～。妾を見習うが良いわ！ かっかっかっ」
「さ、サタナキアさんは元気一杯なんだね……」
（なら、その分働けよ！！ ……いや、むしろ今日はサタナキアさんの後始末に俺が振り回されてばっかだったわ。あれ以上仕事を任せてたら、こっちの身が持たねぇわ）
ファ～ン♪ ファ～ン♪ っと未だに浮遊し、俺の隣で佇んでいるサタナキアさんを尻目に少しでも疲れを癒すため俺も席へと座った。
ぐぅ～っ。だがここまで働き詰めでまだ昼食すらとっていないことに、自らのお腹の音で気付かされてしまい余計お腹が空いてしまった。
「腹減ったなぁ～。そういや、今日もお昼がまだだったな。みんなは……」
「ワタシはもう食べましたね」
「おや、キミはまだ昼食を食べていなかったのか？ ふふっ。仕事が遅いのだなぁ～」
「もきゅ～」
「なんじゃ小僧、ま～だ食べておらなんだったか？ お主は何をするにも後回しなのじゃのぉ～」
どうやら俺以外の全員、既に昼食を終えているとのこと。というか、むしろ仕事の最中、客に交じって飯食ってたのを咎めるべきなのだろうか……。
「……ですよね～。じゃあ自分の分だけ作る、か」
普段ならシズネさんがみんなの分をまとめて作ってくれるのだが、今日みたいに俺だけの場合は練習も兼ねて自分で作ることにしている。
カランカラン♪ そんなとき、玄関ドアが開かれ客が来店した。
「いらっしゃいませ～♪ おっアヤメさんか、こんにちは。もしかして今日も来たの？」
「ユウキさん、こんにちはです。今日もお仕事お疲れ様です♪」
初めに来店して以来、アヤメさんもマリーもずっとウチの店で昼食を取るようになっていた。初めこそシズネさんも彼女達を邪険にしていたのだが、毎日お金を落としてくれる固定客の存在は貴重な存在だった。
またそれと同時に、俺のことをちゃんと名前で呼んでくれるのもアヤメさんただ一人。店だけでなく、俺にとってもアヤメさんは貴重且つ癒しである。
「ちょうど俺もお昼を作って食べるところだったんだ。いつもと同じのでいいかな？」
「あっいえ……今日はお食事に来たわけではありません」
俺がいざ厨房に向かおうとした瞬間、アヤメさんは「ちょっとお待ちを……」っと呼び止めた。
「へっ？ じゃあ何をしに……あっもしかしてアヤメさんが、この店で働いてくれるわけじゃないよね？」
「ふふっ。できればそうしたのですが、お嬢様の護衛もありますからね。なかなかそれは難しいかもしれませんね♪」
どうやらアヤメさんは食事にしに来たわけでも、また空気を読んで従業員になってくれるわけでもないようだ。なら、何の用事なのだろう？
「とりあえず、お店の外へ来ていただけないでしょうか？」
「店の外へ？ 一体何が……あっちょっとアヤメさん！？」
アヤメさんは俺の右手を取ると、やや強引に店の外へと連れ出したのだった……。
一体店の外に何があるのか？ それを次話までにどうにか考え捻り出しつつ、お話は第57話へつづく
