第55話 サボタージュと美少女とスケスケ薄着
「いらっしゃいませ~♪ お食事処『悪魔deレストラン』へようこそ~♪ ほら、旦那様もお客様に挨拶をしないと!!」
「は、はい……いらっしゃませ~♪ お食事処『悪魔deレストラン』へようこそ~♪」
先程の催しの騒ぎが収まると、再び仕事へ戻った。何故なら今はまだ昼時でお客は途切れる事がないからである。俺は忙しさに感けるあまり、いつの間にか下ばかりを見てお客への挨拶を忘れてしまい、シズネさんに怒られてしまったのだ。
シズネさんはどんなに忙しい時でも料理を手抜きしたり、お客への挨拶だけは忘れていなかった。昨日何気なくそのことについて聞いたら「お客様からお金を頂いているので、これくらいは当然です」っと苦も無く答えていた。
俺は今の今までカネだけがシズネさんのすべてとばかり思い込んでいたのだが、その話を聞いた瞬間「この人、マジでプロだわ」っと感心してしまった。確かにそれから注意深くシズネさんを盗み見していたが、どこにも付け入る隙がないほど仕事は完璧にこなしていた。
「はぁーっ。マジで人手不足だな、こりゃ……」
ガシガシガシッ……。俺は使い終わった鉄板を金属の細いタワシで洗っていた。熱せられた鉄板にナポリタンの麺やケチャップがコゲ付くと、これがなかなか落ちない。水を張った桶に少し漬け置き、力を入れて擦り落とす。これがなかなかに力のいる仕事で一番の重労働になっていた。
また鉄板には油も付着し、水に漬けると浮いてくるので定期的に桶の水を替えなくてはならない。その水も裏にある井戸から汲み置き、店内まで運ぶのが一苦労。
だがこれらの事柄は、それだけウチの店が恵まれている証でもあり、衛生面を考えた結果でもある。
他の店ならば、このように使い終わった食器などは洗うところは極稀なのだ。何故なら食器を洗うということは水が大量に必要となり、それだけコストがかかってしまう。よって汚れたままの食器を平気で使いまわしたり、食べ終わったままその上に新しい料理を乗せ客に提供する店が大半であった。
だがそれらも不衛生なために、病気の感染に繋がったりするので女性や子供達などの冒険者、そして街に住む人がレストランを利用しない一番の理由でもあった。だがウチの店はシズネさんの管理の下、そういうのには一番気を使っていたのだ。
「……旦那様、もしやお疲れなのですか?」
「えっ? あ、ああ……ちょっとだけ、ね」
別のことを回想交じりに考えながら鉄板洗いをしていたためどことなく上の空に見えたのか、シズネさんにはそれが仕事疲れだと思われてしまい心配されてしまう。俺は心配させぬよう、少し笑みを浮かべ強がってみせる。
でなければシズネさんのことだ、またあのときの夜のように心配させて悲しそうな顔をさせてしまうからもしれない。それだけは避けたかった。
「……そうですか。あまり無理をなさらないでくださいね。ですが……やはり店内だけでなく、厨房にも人手が必要ですね」
「シズネさん……」
(本当はあの呪いBGMが原因で毎日一秒くらいしか眠れていないなんて、とても言えねぇよ……)
シズネさんは俺を気遣う言葉をかけると同時に、顎に手を当てサタナキアさんだけでなく更なる人員強化が必要であると呟いていた。正直、これ以上変人……というか、色物を増やさないで欲しいのが本音である。
チリンチリン♪ またお客さんが来店し、玄関ドアのベルが鳴らされた。この調子だと俺達が昼食を食べれるのは、相当後になりそうだ。
「お~い、誰か接客をしてはくれぬか~。私はただいま接客中なので~、手が放せないのだ~。何なら、そこらの座っている輩が私の代わりをしてくれてもいいのだぞ~」
「……どんな呼びつけ方だよ、ったく。客を顎で使う気満々じゃねぇかよ、アマネのヤツめ! シズネさん、ちょっと店内の方手伝ってくるわ」
「あっ、はい。お願いしますね」
どうやら店内の忙しさに託けて、アマネは客を働かせる魂胆のように思える。俺は「さすがにそれはマズイだろ……」っと、その思惑を阻止するためシズネさんに断わりを入れてから急遽店内仕事を手伝い接客をすることにした。
「サタナキアさんとかもきゅ子は、一体どこ行ったんだよ……」
「(グルグル♪ グルグル♪)うひょ~♪ これはとっても美味なのじゃ~♪ ほれ、もきゅ子も食べるが良い。お主も働き詰めで昼もまだじゃろうに」
「もきゅもきゅ♪」
二人の姿を探して周りをふと見れば、サタナキアさんももきゅ子も、そこらの客のようにテーブル席へと座り注文し、ナポリタンを必死扱いて食べていたのだ。しかもフォークが見当たらないと思ったら、サタナキアさん自身が自らの本体である聖剣フラガッハの剣身に麺を絡ませて食べさせていた。
「…………はぁーっ」
(何でアイツら客みたくテーブル席に着いて、ナポリタン注文していやがるんだよ!? サボリ? サボタージュしやがってんの? 良いご身分だな……ほんとに)
お食事を楽しんでいる連中を尻目に、今度はアマネを探す事にした。さすがに先程「手が放せない~」とか言っていたので、きっと真面目に勤しんでいると思っていた一秒前の俺がいた。
「カンパーイ♪ ゴクゴクゴクッ……ぷっはぁあ~っ♪ やはり仕事の最中に飲むエールはやはり美味いなぁ~♪ だがやはり、飲み物だけでは体に悪い気がするなぁ~(チラッ)」
「おっ、姉ちゃん良い飲みっぷりだねぇ~♪ アンタ、相当イケる口だねぇ~♪ ほらほら、コイツも俺のおごりだ。食べてくれ! (ドンッ!!)」
「アマネも……ここにいたわ」
見れば隣の席ではアマネと男性客がエール片手に乾杯をして、昼食を楽しんでいた。しかもどうやらアマネが飲み食いしているものは、すべて客のおごりらしい。
これは極稀なのだが、冒険者の中には気風が良い人もいる。たぶんあの人も昨日だか、ダンジョンに潜りお宝を持ち帰り財布が温かいのだろう。
「(アマネまで仕事の最中だってのにサボリながらエール飲んで、ナポリタン食っていやがるのかよ。しかも客が注文したヤツを物欲しそうにして……マジかよ。こんなのシズネさんが見たら……)」
俺はサボタージュに努めているアマネ達を戒めるため、ウチの最終兵器であるシズネさんに声をかけようと振り返ると、更にありえないものを目にしてしまう。
「ふむふむ。それでは最近のギルド内部では、色々と慌ただしいわけですね。それはやはり、ギルドの長である……」
「ああ、確か次女のマリーって娘さんだな」
「(何でここにシズネさんが座ってんだよ? じゃあ今、厨房がら空きじゃねぇか。一体誰が料理作るんだよ……)」
そして反対の席には何故か黒服のメイド服を着ているシズネさんと、見知らぬ如何にも怪しい中年男性が座り、何やら話し込んでいた。
「今あるギルドの在り方を変えようって、もっぱらの噂だ。ま、どこまで本気かは知らねぇがな。だが俺達情報屋にとって、こいつぁ~ありがてぇ話だ。何せ内輪揉めすれば色んな情報が飛び交い、俺らの仕事も潤うってもんだしな……」
「ま、その漁夫の利に託けて、ワタシもその利益を掻っ攫うといたしますかね……」
「(このおっさん、情報屋なのか? というか、シズネさんもシズネさんで何黒い事言ってやがんだよ。怖すぎんだろ……)」
どうやら相手は表の情報屋らしく、ギルドとマリーについて話をしているようだ。というか、いつ間にそこに来たんだよ? あとこれもいつも言ってるけどさ……てめえら、ちったぁ~マジで働けやっ!!
「あの~、もし……少しよろしいでしょうか?」
「あっ、すみません。お客さ……んっ!?」
トントン。俺は肩を軽く叩かれ、すぐさま振り返った。すると、そこにはとんでもない美少女が立っていた。
「(すっげぇ可愛い子だなぁ~。なんてゆうの、見るからにお嬢様タイプっていうのかな? まるで花のように綺麗な女性だなぁ~)」
「あのぉ~、少しお聞きしたいのですが……」
「(しかもすっげぇピンクのスケスケ薄着してんなぁ~。それに青色の髪の毛がとても綺麗で思わず触りたくなるし、それに近くに寄ると色香というか、とっても甘く優しい香りに誘われて襲い……)」
「あ、あのっ!!」
俺が目の前にいる美少女の美しさに見惚れていると、少し強めの声をかけられ意識を引き戻された。
「え~っと、な、何かご用でしょうか?」
「あっ、はい。実は私を……」
食事をしに来たお客ならば、声かけなどせずに椅子に座るはずである。だが、席にも着かず俺に声をかけたとなると別の用事があるに違いない。
「わ、私を……このお店で雇っていただけないでしょうかっ!!」
「へっ? う、ウチの店で貴女を……ですか?」
「(コクリッ)」
いきなり展開に思考が追いつく気配がない。目の前の美少女は俺の問いかけに頷くと、大声を出したのが恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤らめていた。……そんなところも可愛らしい。
「(えっ? えっ? マジで? 何々どこかでフラグでも立っちゃったの? ああ、いや……そっかそっか。人手不足っていう件が伏線になったのか)」
俺はご都合主義の極みを改めて理解すると、この美少女が登場した意味を察した。だが飲食店の店員とは思っているほど、簡単なものではないのだ。それは俺自身も身をもって体験したから理解できる。
「あのさ、飲食店って思ってるよりも大変なんだよ。それにウチは給金とかもあんまり出せないし、それから……」
「は、はい! 覚悟の上です!!」
俺も心の底から、この娘と一緒に働けたらなぁ~っとは思っても、現実はそんなに簡単ではないのだ。だから苦言というか、始めに厳しい言葉を口にしたのだが、彼女はそれでもウチで働きたいと力強く頷いたのだった。
彼女のその決意と瞳には見た目大人しい容姿に似つかわしくない、並々ならぬものを感じてしまう。
「(どうする? 彼女をウチで従業員として雇うか?)」
『目の前いるスケスケ薄着の美少女を雇い入れますか? 以下よりお選びくださいませ♪』
『彼女を雇い入れるついでに別のモノも入れてみる』それは他の女性も、って意味なのですよね?
『自分のハーレムに加える』嫁が増えますが、夜が大変になりますよ!
『雇い入れない』彼女は涙を流しながら、店を出て行きました
「さすがに最後の選択肢は選べないよなぁ……」
(上の二つの選択肢を熱烈希望です!! というか、何でもしますからそこだけはお願いします!!)
俺は口に出す言葉とは裏腹に、心理描写ではプライドもなく土下座しながらも既に心内を決めていたのだ。
だがそれも建前というか、大義名分を得なければ読者から見ればただのエロ目的に思われてしまうので、それっぽい言い訳を口にしながら自らの欲望を解放することにした。
「それじゃあ、これからウチも今以上に忙しくなるから……。まぁそこは俺の権限というか、裁量で貴女を採用しようかな♪」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうござ……」
「ダメです!」
「えっ? し、シズネさんっ!?」
俺が彼女を採用しようとしたその途端、いつの間にか俺の隣に立っていたシズネさんからダメ出しが出てしまったのだった……。
おっ、ついにメインヒロイン級の美少女を従業員に採用できて、ようやく人手不足が解消されるのかなぁ~? と思わせても最後には否定文で消失しつつ、お話は第56話へつづく
※色物=変わった人、お笑い要因、キャラが濃すぎる、など特徴がありすぎる人の総称。トラブルメーカーとも。
※表の情報屋=主に街での噂話や流行などのネタを扱い、生業としている。




