第53話 新たな仲間と、労働という名の資本主義の極み案件
「あ~う~、超だりぃ~」
「もきゅもきゅ♪」
「ほれ、小僧よ。しゃきっとせぬか!」
俺は右腕にもきゅ子を抱き抱え、その隣にはこれまた謎の力によって剣身部分だけで浮遊している魔神サタナキアを引き連れ、一階へと降り立った。
聖剣とはいえ、その剣身部分本体から声を発して浮遊している……これは明らかにおかしい状況なのだが、睡眠不足の俺にはそれすらも考えられる余裕がなかったのだ。
「あら、旦那様そのように寝不足で……昨晩もお楽しみでしたね♪」
「ふふっ。夜遊びも程々にしておくのだぞ。今日も仕事なのだからな!」
「…………」
シズネさん達のからかいもこの数日で既に慣れつつあり、俺はただ無言で頭を下げ頷く姿勢で答える。
「(……というか、マジでここに来てから数日経つけどさ、全然眠れていないんですけど。マジしんどぉーっ。このままだと眠れないどころか、永遠の眠りにつくことになるぞ)」
「はい、旦那様。朝食ですよ♪」
「ほほぉ~っ。今日も美味しそうだな♪」
「もきゅもきゅ♪」
「おろ? 妾の分もあるのかぇ? すまんのーっ」
シズネさんがみんなの目の前に例の如く朝食セットを置いていく。何気にサタナキアさんにまで朝食を用意しているのが、なんともはやシズネさんらしい。もしかするとシズネさんはすべてを知っているのかもしれない。いや、下手をすれば「ふっ台本どおりだな……」とか言い出しかねないだろう。
「うひょぉ~っ♪ 美味いのじゃ美味いのじゃよぉ~♪」
「(……すっげぇシュールな光景だなぁ~。あれで本当に食えてんのかよ? もはやナイフの代わりみたいになってんぞ)」
俺は未だ覚醒せぬ頭でシュールにも反対の席に座っているサタナキアさんが、朝食の皿ごと突き刺さっている様子をただただ眺めていた。
そしてそこでふと気になって、テーブル下を見てみると『聖剣フラガラッハ』はお皿どころか、テーブルすらも軽々と貫通しているのが見てとれた。
「(これは本当にいいの? 何サタナキアさん勝手に鞘から離脱して、しれっと飯食ってんだよ……世界征服とか滅ぼすとか言ってなかったか? なのに和んでテーブル囲っていやがるんだ? 設定忘れちゃった系?)」
「おや、小僧。食べぬのか?」
「なら、もらいい~っ♪」
「もきゅ♪」
「あらあら」
俺がサタナキアさんを眺め回想しているにも関わらず、アマネともきゅ子が俺のプレート皿から二本しかないソーセージを強奪しやがったのだ。
「おい……」
「なら、ワタシはパンをお二ついただきましょうかね♪」
「それでは、妾は目玉焼きをいただくとするかのぉ~♪」
俺の朝食はハゲワシも驚くスピードであれよあれよっと言う間に食い尽くされてしまい、後に残されたのはお皿の隅っこで粒々しているコーンだけだった。
「寝不足な上に、飯まで満足に食わせてくれねぇのかよ……」
「妾は満足なのじゃ~っ!!」
空腹餓死寸前の俺とは違いサタナキアさんはもう食事を終えたのか、目の前のお皿には何も残されていなかった。
「(……だからどうやって食ったんだよ。なに、あの剣先には穴というか、口でも付いてんの?)」
「うん? どうした小僧よ。そのように妾を見つめおってからに……もしやお主、妾に惚れてしもうたのかぇ? ほぉほぉほぉっ、またもや一人の男を虜にしてしまうとは……なんともはや、やはり妾は罪な女子なのじゃのぉ~♪」
確かに俺はコーンをフォークで掬い食しながら、サタナキアさんを見ていた。だがそれは惚れたというか、奇妙なものを見る目で見ていたのだが……変な誤解が生まれたのかもしれない。
「ま、旦那様がどのような趣味であったとしても、ワタシの態度は変わりませんからね♪」
「そうだな。確かに人の趣味はそれぞれだからな♪」
「もーきゅっ♪」
「…………おうおう、ソイツはありがとうよぉ~っ!!」
シズネさん以下、周りにいる奴らは俺の性的嗜好を理解してくれた。というか、曲解しやがっている。俺は否定してもどうせ口では勝てないと思い、御礼を言って会話を打ち切ると残ったコーンを口に放り込み、腹が減らぬよう何度も咀嚼して擬似的満腹感を演出する。
「(もぐもぐ)で、シズネさん……今日の予定はどうするの? 昨日俺が言った朝食セットを始めるのかな?」
「あっ、いえ。それはまだ準備が整っていませんので、明日からとなりますね。そもそもアンケートもまだですしね。それにソーセージや卵、パンなどをある一定数賄えるだけの供給元とも話をつけねばなりませんので……」
確かに新たなメニューを始めるには、材料は必需である。またそれを補えるだけの供給元、つまり農家もしくはそれらを卸している店の都合もあるだろう。自分らで食す程度ならば、そこらの路面店で購入すれば良いのだが、それが商品となるならば話は別である。
毎日一定数の在庫、つまり材料が必要となり、メニュー価格もあるので仕入れ原価を抑えねばならない。でなければレストランのメニューとしては成立し得ず、メニュー表またお客に提供してはならないのだ。
「そっか……それもそうだよね」
「ええ。すみません……ですが、上手く話がつけば明日から始めることができると思いますので、あまり気落ちしないでくさいね」
シズネさんは俺の顔色を窺うよう、フォローする言葉をかけてくれた。どうやら顔に出ていたらしい。
「じゃあ、今日はいつもどおりの営業でよいのだな?」
「あっ、はい」
「もきゅ!」
「うっしっ! 今日も頑張るとしますか!」
朝食を食べ終えた俺達はアマネの確認の合図と共に、仕事を始める準備に取り掛かろうとする。
「おろ? 皆の者、妾の存在を忘れておるのかぇ?」
「「「あっ!」」」
「きゅっ!」
そこで横槍というか、サタナキアさんが自分の存在をアピールしていた。きっと彼女(?)も出番が欲しいのかもしれない。
「そ、そうでした……サナもいたのですね。ま、まぁサナにはえ~っと……とりあえず給仕の仕事に就いてもらいますかね? アマネ、もきゅ子、ちゃんとお仕事を教えてあげてくださいね」
「お、おおうっ!? ふむ、仕事上とはいえ自分の剣が部下になってしまうとは……なんともはや、世界は不思議に満ち溢れているのだなぁ~」
「もきゅ~」
シズネさんはやや戸惑いながらも、サタナキアさんに給仕の仕事を宛がった。またその指導員としてアマネともきゅ子に一任するみたい。きっと後輩を作ることにより、アマネともきゅ子に責任感を持たせる意味合いもあるのだろう。
既に俺が現在居るこのレストランには元魔王様であるシズネさんと、現魔王であるもきゅ子。その魔王を倒す存在である勇者アマネと、唯一魔王を倒せる武器である聖剣フラガラッハと、その剣身に封印されし世界を滅ぼすと言われてみたい魔神サタナキアさん。などと、かなりバラエティに富んだ面々が顔を連ねていた。
だが唯一俺だけが脱個性というか没個性とも言うべきなのか、未だ挿絵すら導入されず、またそれと同時に誰からも一度すら名前も呼ばれてはいないのだった。
「妾は給仕の仕事をするのかぇ? よし、いいであろう! 皆に徳と魔神サタナキアの力を知らしめてくれようぞっ!!」
「(世界を滅ぼす魔神が……というか、お客から見たら浮遊している剣が喋ったり、給仕したりすんのかよ。いや、既にドラゴンの子供のもきゅ子いるし、今更感全開なんだけどね)」
「ええ、ええ。サナ、期待していますからね! しっかりと仕事をすればお給金は無理だとしても、欠かさず食事くらいは提供してあげますからね!!!」
「おうとも! 妾、頑張るのじゃ」
そしてシズネさんは資本主義の頂点に君臨しているが如く、「カネはやらねぇけど、まぁ真面目に働けば仕方ねぇからエサくらいはくれてやるよ。ほれ、豚のようにブヒブヒ鳴きながら、地面を舐めるように食うんだぞ」などと、綺麗な言葉を並べたてると同時にサタナキアさんに対して、食事提供と引き換えに対価として労働力を提供する約束を取り付けていた。
やっぱりというか、俺(アマネやもきゅ子を含む)は無給で奴隷よろしく働かされていたようだ。というか、今の話を聞いて改めてそうだと確信した。
そうして俺達は新たな奴隷仲間である魔神サタナキアさんを温かく向かい入れ、今日も今日とて食事提供をエサにしてながら、労働という資本主義の極みを文字通り身をもって体感する一日を過ごすしていくのだった……。
ようやく働き手を一人(?)確保し、次話執筆までに更なる人手確保と材料供給元についてを考えつつ、お話は第54話へつづく
※徳と=上品に




