第50話 人手不足の解消法と伝説の剣
「というか、シズネさん。自分で言っておいてなんだけどさ、ウチに温泉なんて設備を作れるの? この近くに温泉なんて一箇所しか……」
「ええ。ギルド直営店の宿屋、ですよね? ふふっ。ご心配なく旦那様、ワタシに良い考えがありますので」
そう、そもそも『温泉』なんておいそれと作れるものではないのだ。アイディアを出しておきながら正直自分でもアホかとも思ったのだったが、今更ながらにそれに気付いてしまった。だがそんな心配も、シズネさんには良いアイディアがあるらしい。
「へ、へぇ~っ」
「まずは三下共にパイプを作らせて、源泉からこう半分くらい奪う感じに設置すれば……いいえ、この際だから全部奪ってしまっても何も問題ないかもしれませんね」
「(というよりも、それってまたまたギルドに喧嘩売る算段じゃねぇかよ……ほんと大丈夫なのか?)」
俺は極度の不安から声がどもってしまう。そしてシズネさんは小声で今度の予定をジェスチャーを交えながら、右手を使い掻っ攫うような素振りをしていた。どうやらこの類の話は耳に入れないほうが無難かもしれない。
「それでは当面の方針としては、まず『朝食セットの提供とそれに伴うステルスマーケティング』を実施。また施設設備が整い次第『ピエロアマネによるショーの開催』と『宿屋』と『温泉』開設くらいになりますね。クランの設置はそれからになるでしょうね……」
「おおおおっ! なんだか改めて聞かされると成功する気がしてきたぞぉ~♪」
「もきゅ~っ♪」
シズネさんが状況確認を含めた文字数稼ぎと共に当面の説明をすると、アマネももきゅ子も喜び浮かれていた。そんな二人とは裏腹にだが俺は……少しだけ顔を曇らせていたのだ。
「…………」
「あの、旦那様? まだ何か疑問がおありなのですか? 何やら先程から普段の態度に似つかわしくない、難しい顔をなさっておいでですが……」
さすがはシズネさんと言ったところだろうか。今の話を聞いて俺の懸念を察知……いや、ただ単に俺をディスりたいだけかもしれない。
「いや、ね。自分で提案しといてなんだけど……『ショー』と『温泉』の運営を俺達だけの人数で回せるのかなぁ~って思ってさ。だって仮に一人でアマネがショーを出来るにしても、それだと接客できる人がいなくなるわけじゃないか? もきゅ子もいるだろうけどさ、言葉通じないからお金のやり取りも心配になるしさ。それに温泉やそれに纏わる維持費だって……」
そう俺が考えていたのは内容よりも、それに関わる人員やその費用についてだった。
俺達三人プラスもきゅ子一匹(?)でレストランを回してはいるが、未だ不慣れで自分の仕事だけで精一杯である。そんな中ショーやら温泉の受付、それに宿屋の開設をこの人数だけで賄えるわけがないのだ。
それにシズネさんの話だと、おいおい冒険者のための『クラン』も開設するって話しなのだ。とてもじゃないが、今の倍の人数は必要になるだろう。そしてそれだけ人が増えれば今度は人件費も増えるだろう。
またその設備や工事など云々は無料で出来るかもしれないが、当然その維持はかかるのだ。だから例え収入が増えたとしても、経費などの問題で今はどう転ぶかの判断がつかない。
「ふむ。確かにそれは一理あるな。私も接客するのは楽しいのだが、ショーをやるとなるとその間は接客できなくなるだろう」
「きゅ~」
さすがのアマネももきゅ子も自らの仕事を放棄すること、並びに人員不足は深刻な問題だと口を揃えている。
「さてさて、どういたしましょうかね。皆さんのようにエサさえ与えておけば、無料で働いてくれる人か魔物でもそこらに落ちていれば良いのですがねぇ~」
「…………」
(な~んか、今し方聞き逃せない単語が俺の左耳か右耳へとしれっと通り過ぎていったぞ~。なに、俺達ってまさか無料奉仕で仕事させられてたのかい? いや、衣食住は完備してるから強く反論できないけどさ、でもそれはあんまりじゃないのかな? というか、エサって表現はアンタ……)
今更ながらに自分達の置かれた状況、及び待遇をこの場で知ることになるとは夢にも思わなかった。
「うん? 人ではなく、魔物でも良いのか? それならば私に心当たりがあるぞ!」
「へっ? あ、アマネ誰か知り合いというか、魔物を知ってるのか?」
何を思ったか、アマネは働き手に心当たりがあると言い出した。しかもトチ狂った事に人ではなく、魔物のだ。まぁ既にウチにも魔物……それもドラゴンの子供であるもきゅ子がいるのだが、こんなファンシーで可愛らしいのは希少な部類である。
「おや、そうなのですか? ふむふむ……その方は無料奉仕でもよろしいのですかね? というか、むしろいいだろ?」
「……いや、だから待遇がとても悪い上に口も更に悪すぎるからね。シズネさん」
最近シズネさんが猫被るのを止めたというか、素の口調になって……いや、ごめん。そもそも最初出逢った頃から変わってねかったわ。
「ふふふっ。聞いて見て驚くがいいさ! じゃじゃーん♪ なんとなんと、私がいつも右手に手に持っているこの『伝説の剣』っぽいモノの中には、実は魔神が封印されているのだっ!!」
「魔神……ね」
「ふむ……やはり魔神でしたか」
「もきゅっ?」
そしてアマネはまるで俺達に見せ付けるように右手に持っている剣を天高く掲げ、差し出してきた。確かに一見すると赤黒く、勇者が持つべき伝説の聖剣とはその外見からもって違うと感じられる。
だが何故俺達の反応が薄いのか、それは隣に元魔王であるシズネさん、そして現魔王役であるもきゅ子がいるので、まぁなんとかなる……というか、今更『魔神』とやらが出てきてもあんまり驚かねぇよ感満載だったのだ。あと何気にシズネさんがアマネのフリに対して、しれっと話を合わせているのは見逃しておこう。
「さて、それでは力を解放するぞ~♪」
「……ちょっ待てよ、アマネっ!?」
アマネは一切動じずにコンビニに行く軽い程度の感覚で、その聖剣から魔神を呼び出そうとしていた。俺も一応は話を合わせるため「魔神の封印を解くなんて、それはあまりに危険すぎるだろっ!?」と迫真の演技をする間もなく、半端に呼び止めることしかできなかった。
「…………」
「……??? あ、アマネ?」
既に封印が解かれたのか、アマネは無言のままだった。下手をすれば魔神によって意識を乗っ取られ、喋れないのかもしれない。
「アマネっ!!」
「へっ? ああ、すまない。その、言いにくいのだが……そもそもどうやって力を解放すればいいのか、所有者の私自身分からないのだ」
ドテーッ! 俺は肩透かしを食らったようなそんな感覚に襲われしまい、思わずその場で椅子からコケてしまう。
「(ニヨニヨ♪)」
「(ニヨニヨ♪)」
それを間近で見ていたシズネさんともきゅ子は「やべっ、超面白れぇ~なコレ。もうこのまま『コントショー』として、客に披露できるんじゃねぇかよ?」などと笑い声こそ出していないが、そのようにニヤついているのを俺は見逃さなかった……。
とりあえず人手不足解消のためにも魔神を解放させちゃおうぜ♪ 的な軽いノリになりつつ、お話は第51話へつづく




