第39話 悪レス式斬新な仕入れ方法とその節約術の要戦術。
「あっ、そうだ旦那様。今から二人っきりでお出かけしませんか?」
「ふ、二人っきりで……しかも今から? それってさ、デートのお誘いなの?」
そう訪ねると「すぐそこですから……」っとシズネさんは俺の手を引き、歩き出した。
「(一体どこに行こうっていうんだシズネさんは? しかもこんな夜に出かけるってなんだよ? も、もしかして……)」
俺とシズネさんは仮初めとはいえ一応は夫婦なのである。若い男女が夜に行く所と言えば一つしかないだろう……っと思っていた数秒前の俺がいた。
「はい、着きましたよ旦那様」
「……こ、ここってギルド直営のレストランだよね?」
そこはウチの目の前にある、今は文字通り潰れたレストランだった。しかも潰れた瓦礫の上には、黒く巨大な塊が蹲っている。
ガッシャーン。俺達の声に反応したのか、その塊は突如として動き出した。そして赤いものが二つ浮かび上がり、ギョロリっと俺達を見ていた。
「ふぁああ~っ。一体どちらさんですかぁ~? こんな夜にワテを起こすお方は?」
「って、ジズさん!? アンタまだここに居たのかよ!?」
そうそれは冥王ジズさんだった。朝からずっとこのレストランを押しつぶしたまま、ここに居たのだろうか?
「そないですぅ~。姉さんがずっとここで待機してろ言いますさかい。ワテはず~っと、ここに居たんですわ」
「し、シズネさん?」
どうやらジズさんが未だここに留まっているのは、シズネさんが原因らしい。俺は隣いるシズネさんの方へと振り返ってしまう。
「ジズには……ここで護衛をしてもらっていたんです」
「護衛……ジズさんが?」
「はい」
……それってさ、逆じゃねぇ? だってよ、ジズさんがこのレストランぶっ潰したんだぜ。なら護衛どころか、敵方もいいところじゃねぇかよ……違うか? いや、ウチの店をギルドから護衛してたってことなのか?
若干の不安と疑念を懐きつつ、俺はここに連れて来られた目的を聞いてみる事に。
「ま、まぁジズさんはこの際良いとして……それで何で俺をここに連れて来たんだよ、シズネさん?」
「ああ、その説明がまだでしたね。実はここに来た目的は……材料の調達なんですよ」
「…………はっ? ざ、材料の調達って……ここで!?」
俺は一瞬何を言われたのか、よく分からなかった。もしこれを読んで「私は分かりましたよ!」って人がいたら是非言ってくれ。その人に真面目で良い病院を紹介してやるからな!
「ま、飲食店で言えばいわゆる『仕入先』ともいいますねぇ~」
「仕入先……ここが?」
俺は更に首を捻ってしまう。だってよ、ここは敵方ギルド直営のレストラン(昨日までは)なんだぜ。あ~っ、でも確かアヤメさんが「ウチで作ってる乾麺」とかなんとか言ってたっけな? ……えっ? でもそれって……ま、まさか……。
俺は驚きの表情を挿絵抜きで表現するため、文字描写オンリーで頑張ろうとしてみたのだったが、無理だった。そりゃ、無理だよ。だって意味を理解したけどさ、口に出したくないもん。
「はい。そうですそうです。今日はとても繁盛いたしましたので、ナポリタン用の乾麺のストックが無くなってしまったわけです。それでこの店から盗み出す……いえ、直接の仕入れをしようと思ってます。ま、昨日もしましたし大丈夫でしょ♪ HAHAHAHA」
「……そ、そうなんだ……昨日もしたんだ……」
(ウチの店の料理って盗品で成り立ってたのかよ? それって普通に犯罪だからな。あと何でいつも外国人ばりの笑い声と発音なんだよ……メッチャ良い声すぎて夜の街に響き渡ってやがるぞ!)
俺はその話を聞いて、更なる不安を懐いてしまう。
「さて、っと。誰かに見つかってしまう前に『家捜し』をいたしますかね。さ、旦那様もお早く」
「あ、ああ……そ、そうだね……」
(というよりも、今日は良いとして……いや、ほんとは良くないのだけれども。明日明後日からは一体どうやってシズネさんが言う、仕入れとやらをするのんだよ? だってさその仕入先とやらが建物から潰れちゃってんじゃん。在庫無くなったら、それで終わりになっちゃうぞ……)
俺はシズネさんに言われるがまま、考えることを放棄して従うことにした。
「じゃあジズは引き続き見張りをお願いしますね。誰か来たらすぐに教えてくださいね。もしくはサクっと殺しちゃってもいいですから……」
「はいな! 姉さん、了解しましたわ」
シズネさんとジズさんはやり慣れているのか、とても連携の取れている。きっと何度もこうして盗みに……いや、これ以上口にするのは止めておこう。
バサッバサッ、ドッスーン……ガラガラ。シズネさんが中を探るため、建物上に乗っているジズさんがレンガが敷き詰められている道路へと降り立った。そして今の衝撃で更にレストランが崩れたのは、もはや言うまでも無い。
「さ、旦那様。ここからは決して人に見つからぬよう、身を低くして静かに行動してくださいね!」
「あ、ああ。そうだね……静かに身を低くだね?」
(これだけ大声とジズさんの騒音出してるのに、今更静かにしても意味ねぇと思うんだけどなぁ……)
などと思うのは野暮ってものだ。基本、シズネさんに従っていれば万事解決できるはずだから。
サササッ。前を行くシズネさんはまるで忍びの忍者のような身のこなしで、右の肘を前に突き出しながら早足で駆けている。……何気に着ているメイド服が黒いのって、このためじゃないよな?
「旦那様、なぁ~にワタシのお尻に見惚れていらっしゃるのですか? さぁお早くこちらへと来てくださいな」
「いや、別に見惚れてたわけじゃないよ……」
(……な、何故バレた? こう屈むと女の子特有の体のラインと言うものが浮き出て、ついつい見惚れちゃったりして……)
俺は声をどもらせながら、置いていかれては困るとシズネさんの後に付いて行く。
「さて、着きましたね。ここがウチの店の食材倉庫になっております」
「……あっうん」
(……う、ウチの店??? 今シズネさん、ウチの店のって言ったよな? おいおい……)
言われるがまま、目の前にある食材倉庫に目を向けた。まぁそこは文字通り瓦礫の山だった。なんとか建物を支える柱が残り、ドアらしきものが目に入るくらいである。
ドガッ……ギィィィィッ。そうしてシズネさんは手馴れた感じでドアを蹴破ると、中へと入っていく。
「あっ、足元にお気をつけ下さいね。瓦礫やガラスなどが散乱して、危ないですので……」
「中、すっげぇ暗いんだね……」
もちろん倒壊している建物なのだから灯りなど存在するわけがなかった。辛うじて建物の割れた隙間から月明かりが斜めに差し込み、何とも言えぬ風情があった。……ただし、盗みに入っていなければの話だっ!!
ランタンでも持って来れば違っていたかもしれないが、今は盗みの最中なのだ。どちらにせよ、使用することはできなかったであろう。
「あっ、この棚ですね。さて、仕事にかかりますかね♪」
そう言いながらシズネさんはそこらにあった麻布を手に取ると、棚に並んでいるナポリタン用の乾麺を手当たり次第入れ始めていた。
左手で袋の口を掴みながら棚へと近づけ、右手でザァァァッっと手繰り寄せ袋の中へと入れる。ただそれだけのことなのに、「シズネさん、(盗みの)プロなのかな?」と錯覚するほどである。
「(ニヨニヨ♪)これはこれは……今夜も大量ですね。くけけけっ」
「…………」
(怖っ!? 何気に笑っている顔に月明かりが当たってマジで怖いよ、シズネさん!? アンタ、ほんとにこの物語のメインヒロインなのかよ!?)
その姿を形容するならば、シルエット越しに口が裂けた悪魔が嘲笑っている……そんな姿と言えよう。
「なんせワタシは悪魔deデビルですからね……」
「…………」
(デビルも悪魔って意味なんだぜ、シズネさん。自分で言っててその意味を知らねぇのか? しかも悪魔で悪魔……ただのモロ悪魔じゃねぇかよ)
もはや小悪魔系がただの悪魔へとジョブチェンジしているのと同義になっていた。
「はい、これは旦那様の分ですよ」
「あ、うん。ありが……とうっ、って重っ!?」
シズネさんはある程度袋に詰めると俺へと手渡してきた。だが手に持った瞬間、ズサッっと体ごと地面に持っていかれるほど袋は重かったのだ。そしてシズネさんは新たな袋を手に取ると、今度は自分の分を袋詰めしていた。どうやらこの倉庫にあるモノすべてを強奪していくようのであろう。
そうしてどうにかこうにか伏線と乾麺を大量に回収しつつ、俺とシズネさんは食材倉庫を後にすることに。
「あとは例に漏れず、誰かに見つからぬよう帰るだけですね」
「無事に帰れるといいなぁ~」
俺とシズネさんは自らセリフとして言葉に出す事により、きっちりっと前振りする事を忘れない。
「そろぉ~りっ、そろぉ~りっ……」
シズネさんは足音を立てぬよう、爪先立ちで歩き音を掻き消している。
「…………」
(何で足音というか、静かにしている感じをわざわざ声に出してるんだろう。あれって本末転倒じゃないのかなぁ。やっぱ既にアニメ化意識しちゃってる系なの?)
もはや書籍化以前に、既にアニメ化すら視野に入れているシズネさんがそこにはいた。
ピーッピーッ。そしていざ店に戻ろうとすると、突如として笛の音が鳴らされ、ランタンの明かりが十個ほど視界に入ってきた。
「そこにいるのは誰だ!? お前達、そんなところで何をしている!!」
どうやら国の治安部隊がこの辺りの見回りをしていたようだ。しかも完全武装のオマケ付き。
「旦那様、逃げますよ! ほら早くっ!!」
「し、シズネさんっ!? やっぱりこんな展開か~い!!」
シズネさんに手を引かれ、俺は夜の街に繰り出し逃走劇を演じることとなった。
「ジズっ!!」
「はいな! グォォォォォォッ!! ボワッ♪」
シズネさんがそう叫ぶと、待ってましたと言わんばかりにジズさんが俺達と治安部隊の間に立ちふさがる。そして大地を振るわせる咆哮と共に、口から火を吹き追ってを阻む。
「うわっ!? なんだ、ドラゴンだと!? 何故このような街中にドラゴンがいるのだ!? まさかギルド直営のレストランを壊したって言うのも、コイツかっ!? あとコイツは冥王に違いない!! それとコイツにはガンジースタイルが有効なはずだ!! みんな、床とお友達になるんだっ!!」
「…………」
(何でそこまで事細かに状況分析できるんだよ。アンタ、エリート仕様なのかよ……あとガンスタは意味ねぇってばよ。ジズさん手押し車しながら、こっちを轢き殺してくるもん)
俺は振り返りながら床とお友達になり、今まさに野外露店の台車で轢かれる連中に敬礼をする。
「(ビシッ!)」
「ぐほぉぉぉっ!! な、何故だ……ガンスタが利かないなんて……ガクリッ」
「ま、まさか手も足も出ないから言って、道具を使うなんて……ドサッ」
追っ手達は次々と台車の餌食となり、倒されている。
「あっ、終わったみたいですね。じゃあ、このまま帰りましょうかね♪」
「…………いいの?」
シズネさんは事が終わるのを見届けると、何食わぬ顔でしれっと目の前にある自分の店に玄関ドアから入っていく。
「あっ旦那様。袋が少し引っかかっているので、押してもらえませんか?」
「えっと、こうかな?」
人気者のサンタクロースのような大きな麻袋を俺達は持ち帰り、どうにかこうにか明日の分の材料仕入れを成功するのだった……。
常に材料コスト意識を念頭に置きつつ、お話は第40話へつづく
※家捜し=RPGもので定番の勝手に他人の家に押し入り、中にある備品などを強奪する手段の総称




