番外編 モキュート音
「あの……旦那様。いきなりですが、ぶっちゃけモスキート音ってうるさくないですか?」
「えっ? も、モスキート? モスキートって……ああーっ、あの夏に出てくる蚊の羽音のことだよね? にしても、相変わらずいきなりだな、おい」
俺が店内の床を箒で掃いていると、唐突にもシズネさんからそう声をかけられた。
「うんうん。実はですね、そこで私はうるさくないモスキート音とやらをたった今、思い付きました」
「そう……なんだ」
(えっ? えっ? だからなに? いや、ほんと……何言ってやがんだコイツは? しかも今は冬も初旬の11月だぜ。なぁ~に、思いついちゃってくれてますかね、このクソメイド様は?)
俺が如何にも呆れ顔をしながら、一応は妻である彼女に同意する形で頷きかけた。
……そう、だからまだ頷いてはいない。正直、容易に頷けばロクなことにならないのを本能とこれまでの学習の力を以てして知っていたからだ。
シズネさんはこんな言葉を続ける。
「名付けるなら、そう……モキュート音です!」
「…………」
(きっとこれが言いたくて始めやがたんだな……)
もはやそのネーミングセンスからネタバレ勘ありありなのだが、ここで止まるシズネさんではなかった。
「そしてここで登場するのが、この子なんです。さあ出でよ、子よ!」
「もきゅっ!」
自信満々といった表情と声で、最もシズネさんと事前打ち合わせしていたのか、もきゅ子は元気に返事をする形で右手を挙げている。
…………たぶんもきゅ子も相当暇だっシズネさんが今し方口にした【子】とやらにも繋がってくる。
「(シズネさん……せめてそこは【子】じゃなくて、もきゅ子の【も】だろ。いや確かに、【蚊】の一字に対抗できる唯一の漢字だから、子と言いたくなる気持ちも分からないでもないが、語呂悪すぎるにも程があるだろ)」
察するに、その子とやらは蚊に対抗した漢字である、もきゅ子の子なのだ。もはや俺自身、何言ってる分からないのだが、何もそれは今に始まったことではない。
そんな俺の文字数稼ぎ目的の回想と愚痴を尻目に可愛らしくも、もきゅ子は短い両手を広げながら俺の右足目掛け蚊が刺す真似事をし始める。
「も~~きゅっ! も~~~~っ、きゅっ!」
描写的にもきゅ子の口元に蚊ばりの針が付いているわけもなく、端に離れたり抱き着いているにすぎない。
「も~~~~~~……もきゅぅ?」
ご丁寧にも~~の溜め具合を巧みに用いていたもきゅ子だったが、やはり途中で「これ、面白いの?」と気づいてしまったのか、疑問符混じりに俺を見上げてきていた。
「あーっ、はいはい。ごめんなぁ~、変なことに付き合わせちまって」
「も、もきゅぅ~っ♪」
俺が慰めるようもきゅ子の頭を撫でてやると、少し恥ずかしがりながらも嬉しそうにするもきゅ子。
たぶんシズネさんの思惑に乗ってはみたものの、意外と恥ずかしいことしてるってもきゅ子にもその自覚があったのだろう。
「(ヤラセもここまでくれば、もはやヤラセ手(担い手ばりイントネーション)にジョブチェンジだわ)」
そんな会心の滑りギャグも、事の発端であるシズネさんはツッコミすらも入れてこない。
「…………えっ? あっ、すみません旦那様。そろそろ遊びを終わらせて掃除のほう終わらせてもらっていいですかね? ぶっちゃけ、もう開店時間ギリギリですよ」
「アンタが始めたんだろうが……。もきゅ子!」
「もきゅ!」
シズネさんにそう促されると、俺ともきゅ子は掃き掃除を早々に終わらせることにした。
「ほらほら、お旦那様。お客様のご来店ですよ。ちゃんとご挨拶しませんと!」
「いらっしゃいませ~。悪魔deレストランへようこそ!」
今日も今日とて、悪魔deレストランは平和にも開店するのだった。
実に……実に4年ぶりの最新話という体裁の番外編です。
書き方も投稿の方法すらも、すっかりと忘れてしまいました。
悪レス懐かしい。
この呼び方すらも数年ぶり。
読む人いるのだろうか……。。




