第237話 貸し借り関係のランデブー
「それでマリーさん。その依頼を受けた場合には報酬として、一体いくらぐらい貰えるのですかね? もちろんあのギルドからの依頼なのですから、それ相応の金額じゃないと納得できませんよ! ねぇ~っ旦那様ぁ~♪ 旦那様もそう思いますよね?」
「あ……あ~……あっははははっ。そうなの……かな? そうなっちゃう、みたいな?」
シズネさんのあまりに傍若無人っぷりのその物言いに対して賛同を求められてしまったが、俺はなんと答えればいいのかと言い淀み乾いた笑いを浮かべることしかできずにいた。
「…………ねぇアヤメ。私はここで怒ってもいいわよね?」
「あのぉ~、お嬢様。ここは抑えてくださいね? ね? 私達はあくまでもユウキさんとシズネさん達に頼みごとをしに来ているわけですから……」
そのあまりにも無礼極まりのないシズネさんの態度に対して、マリーの顔は怒りに満ち溢れ爆発する寸前である。
アヤメさんが両手で、まぁまぁ……っとマリーのことを宥めてはいる。だがとても複雑そうというか、なんというか微妙な顔をしているのを俺は見逃さなかった。
一応二人は俺の嫁……もとい嫁候補なので、フォローしてみようかと思う。
通常なら犬猿の仲であるシズネさんに頼みごとなんかしたくないはずのマリーが頭まで下げて頼んでいるのだ、それをただ黙って無碍にできるはずもなかった。
「シズネさん、報酬は貰わなくてもいいんじゃないのかな?」
「旦那様、何を仰るつも……」
「いやね、ほらウチってマリーのところに貸しがあるだろ? 両隣の建物を借りたり食材を都合してもらったりって……だからこれくらいしてもいいんじゃないのかな? そう思ったんだよ」
「むっ……それはそうなのですがね」
何だかんだと言いつつもシズネさん自身にも俺の言っていることに思い当たる節があるので、強く反発できない様子。
そして俺はここぞとばかり畳み掛けることにした。
「あとはギルドへの貸しってことにしてもいいしね。今後ウチが困ったとき、何かしらの形で返して貰う。それだと互いに良好な関係を築けると思うんだ」
「ふぅーっ」
「シズネさん?」
「いえ、大丈夫です。そうですね、旦那様にそう言われてしまったら妻としてワタシもそれに従う他ありません。それにギルドへの貸し……つまりこれはマリーさんへの未来への貸しとなりますから、むしろ面白いことになるかもしれませんね♪」
一瞬シズネさんが怒り出すのかと思いきや、意外とすんなり納得してくれた。
たぶん俺なりの『利』を噛み砕いて話したことで、そちらのほうがより自分達の利益になるのだと思いなおしたのかもしれない。
「ふっ。まったくもう、ほんっとに嫌な人に借りを作ってしまったようね。選択を間違えたかもしれないわね、アヤメ」
「ふふっ。そうですね。そうかもしれませんねお嬢様」
マリーもアヤメさんも俺達に物事を頼んだことを後悔するような言葉を口にしつつも、口調はどこか愉快そうになりながら口元を緩めている。
「それで私達はダンジョンに赴くのか、そうじゃないのか? 一体どっちなのだ?」
「もきゅ~っ」
「おろ? 妾達はダンジョンへ行くのではないのかえ?」
勇者であるアマネ、そして魔王であるもきゅ子は間近で俺達の話を聞いていたにも関わらず、話の難しさ故なのか混乱してしまっている。
意外なことにサタナキアさんだけは話の道筋をちゃんと理解しており、逆になんでそんなことも分からないのだと言いたそうに右へ左へと右往左往浮遊していた。
「ああ、アマネ。そしてもきゅ子。俺達はダンジョンへ行くぞっ!!」
「おおおおっ! ついに勇者として私はダンジョンへ行くことが出来るのだなっ! なんだかワクワクしてきたぞ♪」
「もきゅもきゅ♪」
アマネももきゅ子も俺の言葉と決意を聞き入れると、今にも踊りだしそうなテンションでダンジョンに行けることを喜んでいた。
「くくくっ。水を差すようで些か何ですが……旦那様を含め皆さんで喜んでいるのも良いですが、ただすぐに行けるというわけではありませんよ。ダンジョンはとても危険なところですから、薬草や毒消し草の道具はもちろんのこと万一遭難することも視野に入れ、数日分の食べ物や水などの準備もちゃんとしないといけません」
「あっ、そうだよね。いくら調査とはいえ、万が一ってこともあるからね。最低限の準備だけはしていかないとな」
「おおう。ダンジョンに行くというのは、事前にそのような準備もしないといけないものなのか? なるほど~」
「きゅ~」
さすが元住居にしていたこともあるのか、シズネさんは滅多矢鱈ダンジョンについて詳しそうだ。
いやむしろ、勇者と魔王なのにダンジョンについて何も知らないアマネともきゅ子のほうが心配になってしまう。
こうしてマリーとアヤメさんから今のダンジョンに調査を依頼されることになったのだが、事前準備のため数日後に出発のスケジュールを組むことになった。
もちろんその前段階からウチのクランを訪れる冒険者、そしてギルドに訪れる冒険者達からも情報を集める目的もあったことだろう。
だがしかし、この数日間という準備期間がシズネさんの真の狙いが別のところにあったことを今の俺はまったくもって知る由もなかった。
そして次の日、事前準備の名目でまだ夜も明けぬ早朝からシズネさんに強制的に叩き起こされ、その理由を知ることになる。




