第235話 即興寸劇
「し、シズネさん、もきゅ子ちゃん。どうして魔王軍なんかに落ちてしまったのですかぁぁっ!!」
「くくくっ……知れたことよ。こちらのほうが金回りが良いからである。なぁもきゅ子よ?」
「もきゅもきゅ♪ もきゅ~っ♪」
「くっ……あ、足にもきゅ子ちゃんが抱きついていては動くに動けませんっ!」
シズネさんがそうやって時間稼ぎをしているうちにもきゅ子はようやくアヤメさんの元へと辿り着き、彼女の右足に嬉しそうに抱きつきその動きを封じていた。
一見するとコアラか何かに見えてしまうのだが、アヤメさんの顔は真剣そのもの。少しでも動こうとすれば、たちまちもきゅ子が落下して怪我をしてしまうことだろう。なんと恐ろしいことなのだろうか……。
いつまでも見物していたい気持ちも吝かではないのだが、終わりが見えない寸劇なので俺はアヤメさんにこう語り掛けることにした。
「あ、アヤメさん、実はこれは店の名物っつうか、ショー……つまり見世物の即興寸劇なんです。だから本当にシズネさんやもきゅ子が魔王様というわけではないんですよ」
「ふえぇぇぇぇっ!? そう……なのですか? わ、私はてっきり本当のことなのかと……」
アヤメさんは本当にそう思いこんでいたのか、というかむしろ本当のことなのだが、俺がこれはショーであると説明すると驚き戸惑っている。
「はははっ……それでは私はさながら魔王と退治する勇者の役割を知らず知らずのうちにしていたのですね? ふふっ……まったく、お人が悪いですね」
「え、ええ……即興というか、それも客達にウケるんですよ。ほら見てください……」
俺はこれがショーの一部であることをどうにか言い訳しながら、盛り上がってる客達へ視線を向けるようにとアヤメさんに言って気を逸らす。
「おお、いいぞ! 今度は勇者の姉ちゃんを説得してんのかぁ~?」
「戦わずして話し合いだけで解決する……これも一つの道かもしれぬな」
「……本当ですね。何やら盛り上がっていますね♪」
「で、でしょ~っ」
苦しい言い訳ながらにも、客の姿を目の当たりにしたアヤメさんはどうにかそれで納得をするのだった。
「ふむ……なんだか、興が殺がれてしまったみたいですね。今日のところはこの辺にしますかね?」
「もきゅ!」
「ふふっ……皆様、今日の即興劇のほうはどうでしたでしょうかーっ? サプライズの特別ゲストとして、なんとギルドの長マリーさんとその従者アヤメさんの飛び入り参加でしたーっ」
「ピーピー♪ 面白かったぞーっ!」
「もきゅ子ちゃん、カワイイ~♪」
シズネさんも俺に合わせるようにそうして締めの言葉を口にして、これがショーの一部であったと客達に告げた。
今はまだ夕食の時間帯ではなかったので店内に居る客達は疎らではあったが、それでも客達にはウケていた。
「そっちの剣士の姉ちゃんも格好良かったぞーっ!」
「ツンデレツンデレ、マリーちゃ~ん♪」
「ぐっ……な、なんか凄く恥ずかしいわね、これ」
「ははっ。まぁ確かにこのように握手喝采を浴びることはなかなかありませんよね。ですが、こうして何かを演じるというのも悪くはないですよね?」
「そう……ね。何かを演じる……か」
パチパチパチ……。
まるで焚き火の薪が弾ける音のようなBGMさながら、握手が降り注ぐとマリーもアヤメさんもどこか所在無さげといった感じに少しだけ照れていた。
こうしてなんとかシズネさんやもきゅ子が魔王様に準ずる何かだということを誤魔化せたのだったが、仕事へ戻ろうとする去り際マリーから小声でこう言われてしまう。
「さっきの……本当のことなんでしょ? シズネともきゅ子が魔王だってこと……。アヤメはショーの一部だって信じてしまったようだけどね」
「ま、マリーっ。それは……」
「いえ、別に言わなくてもいいわよ。何かしら事情があるのでしょうし……。それに私に敵対しなければ、むしろその立場を利用してやるから覚悟なさいよ。ふふっ……でもまさかシズネが元魔王で、あの可愛らしいのが魔王様とはね。これは傑作だわね。あはっあっははははははっ」
そう笑顔で言われてしまい、俺としては気が気ではなかった。
けれどもマリーが好からぬことをするとはとても思えず、むしろ俺達のことを助けてくれるかもしれないと思ったほどだった。
今にして思えば、そもそもギルドはこの街の人口減少と地域経済を危惧してためダンジョンを誘致したのだった。
またそれに伴い魔王城に居る魔王様にもお伺いを立て、支度金を出してダンジョンへと住民票を移したことを思い出した。
もしかするとマリーは最初からシズネさんともきゅ子が魔王様だって気がついていたのではないか?
むしろ誘致して呼び寄せた側なのだから、知らないほうが変であるというものだが、そこでマリーの叔父さんとトラブルになっている話を思い出し、その関係で知らなかったのかもしれないと同時に思ってしまった。
マリーとアヤメさんはその叔父さんを排除したい考えだろうが、もしかするとその背後には何か得体の知れない者が潜んでいるのかもしれない。
俺がそのことを知るのは、随分先の話になるのだった……。




