第232話 その答えはどこにも存在しない……
「ぷっ……ぷっははははははっ」
「ちょ、ちょっとアナタっ。一体どうしたって言うのよ!? そ、そんな急に笑い出したりして……」
「ユウキふぁんっ!? だ、大丈夫……ですか?」
俺はそんなアヤメさんとマリーとのやり取りを間近で見ていると、不思議と先程まで感じていたはずの不安感がどこかへと吹き飛んでしまい、盛大に笑ってしまった。
マリーもアヤメさんも突如として俺が笑い出したことに驚き、気でも狂ってしまったのかと心配するように声をかけてくる。
「はははっ……あっ……ああ、いやいや、別に俺はアヤメさんのことを馬鹿にして笑ったわけじゃないんですよ。なんていうのか、その……アヤメさんの食べっぷりを眺めていたら、自分の中だけで悩んでいたのが馬鹿らしく思えてしまって……それで思わず笑いがこみ上げてきてしまったんです。誤解させてしまったら、すみません」
「そう……なのですか? ふふっ。それなら良かったですぅ~♪」
「まったく……アヤメが何かを食べる姿は悩んでいる人でさえも、その悩みを忘れてしまうほどなのね。はぁ~っ、まったく呆れるどころか感心してしまうわよ。ふふふっ」
ふと笑っていることがアヤメさんに対して失礼だと思い、慌ててそう言い繕うとアヤメさんもマリーもどこか安心したかのように微笑んでいる。
「それであのぉ~、ユウキさん。悩みのほうはその……もう大丈夫なんですか?」
「ええ、まぁ……というか、さっきもマリーに言われましたけど、そもそもこんなことに明確な“答え”なんてどこにも存在しないんですよね。そんなものにいつまでも縛られていても何の得にもならない……。むしろ落ち込み仕事などもやる気が無くなるだけだと、アヤメさんの食べっぷりを見ていて気づいたんです。まったく何を悩んでいたんだと、先程までの自分が馬鹿にしか見えませんよ。ほんとこんな単純なことに気がつかなかったなんて……」
「それは良かったです。ま、まぁ私の食べ方を見ていて……というのが若干引っかかるところではありますが、それでも貴方のお役に立てたのなら私も嬉しいです♪」
少し間を置き、仕切り直しのようにアヤメさんがそんな風に尋ねてくると俺はもう悩むことすら馬鹿らしいと答え、どこか清々しいほど心が軽くなっていたのを自覚する。
アヤメさんは一瞬複雑そうな表情を浮かべるも、俺の役に立てたことを心の底から嬉しいと言ってくれ喜んでくれていた。
「そう……良かったわね。アナタの悩みとやらが解決したようで……」
「あっ、マリーもありがとうな。なんっつうか、その情けない姿見せちまって……その、なんか悪かったな……」
「ふ、ふん。別にいいのよ。アナタに格好の良さなんて求めていないもの。でもね、何か悩みがあるのなら、今後は周りの人に相談することをお勧めするわよ。でなければ、今日のようにまるで死人のような暗い表情になってしまい、本当の意味での“死”へと取り付かれることになるわ。気をつけなさいな」
「マリー……ああ、ありがとう」
マリーはどこか明後日のほうを向きながらも、暗に今後悩みがあるならば自分にも相談してと言っているように俺には聞こえてしまった。
またそれはただの友達を心配する以上の想いからくるものであると、いくら鈍い俺でも気づいてしまった。
「お嬢様も素直じゃありませんからねぇ~。本当はユウキさんのことを助けたくて仕方がなかったはずなのに」
「アヤメっ! 余計なこと言わなくていいのよ!!」
「ぷっ……くくくっ」
「あ、アナタ、今、私のことを見て笑ったわね! あ~あ~、もういいわよ。今後アナタが相談して来ようが何しようが私は一切相談なんか乗ってあげないわよ!」
「あの~、お嬢様。それだと本当はユウキさんの相談に乗りたかったと言っているようなものじゃないでしょうか? やはりお嬢様は……」
「~~~~~っ!? もういいっ! ふん!」
素直じゃないマリーを見て俺は少し口元を抑えながら笑ってしまうと、機嫌を損ねてしまったのかマリーはイジけてしまった子供のようなことを言っていた。
けれどもアヤメさんの的確なまでのツッコミを受け、顔を赤くして怒ったように腕組みしながらそっぽを向いてしまう。
ただそれでも俺のことが心配なのか、体を横へと向けながらも片目だけを開けこちらの方へと視線を差し向けて、どこか心配するようにチラチラっと見てくるマリーの姿は年相応の女の子のようで、とても愛らしいと思えてしまう。
アヤメさんもそんなマリーをまるで姉が妹のことを見守るような優しい眼で見つめ微笑んでいる。
(マリーもアヤメさんも本当に良い女性だよな。それにシズネさん達にしても、みんな良いヤツばかりだし……。俺は本当に恵まれているんだな……。こうして仕事にもありつけて、食うに困らず毎日を楽しく過ごせている……これが本当のシアワセってヤツなのかもしれない)
俺は改めて本当のシアワセというものを噛み締め、それをずっと大切にしていきたいと心の中で誓うのだった。
「…………ニッ♪ もきゅもきゅ♪」
そんな俺達のやり取りを遠くから見つめるアーモンド型の円らな瞳が見つめていたことを、俺もマリー達でさえも気がつくことはなかった。
俺達はその容姿や行動の可愛さにいつの間にか魅了されてしまい忘れていたことだったが、ソイツの正体は……。
「もきゅ子ぉ~、そのようなところで何をしているのですかー。もしやまた魔王様っぽくなろうと、悪ぶった笑顔でも練習をしているのですかー? お客様がお帰りになられるようですよー、ほら貴女の出番です」
「も、もっきゅっ!? もきゅ~~っ♪」
シズネさんにそう呼ばれたもきゅ子は少し慌てた様子で客の元へと駆け寄ると、お得意の愛想を振りまき再び客を席へと座られせ注文をとるのだった……。




