第231話 自分の存在価値の模索
「それで旦那様は何を悩んでおいでだったのですか?」
「実はさ……」
俺はシズネさんに先程まで店を見て回り自分が感じ思ったことを話すことにした。
テーブル席での話しなので、必然的にアマネや他のみんなにも聞かせる形となる。
「そうだったのですか……。旦那様は近頃の若者にありがちな遠くの彼方にある延々田園風景が支配する広大な土地へと赴き、農作業や酪農で生活営む人々の生活を邪魔するため自分探しの旅に出たいと……そう仰りたいのですね?」
「いや、全然違うからね。なんで人のことを思春期真っ盛りの浮浪者候補へと仕立てようとしていやがるんだよ。そうじゃなくてね……」
「ご主人様はご自分の存在価値について悩まれておいでなのですね」
「そ、そう。今エルフィが言ってくれたとおりなんだよっ!」
シズネさんはふざけながらに、そしてエルフィは真剣な面持ちでそう言ってくれた。
俺はやや情けなくも賛同する形で大きく頷き言葉を続ける。
「今日さ、初めて休みを貰って思ったんだけど、俺はこれまで生きるため毎日仕事をしてきたんだ。だから休みって言われても、正直何をしていいのかってピンと来なくて。それで午前中に店を見て回っていたんだ。でもそこでみんなが一生懸命仕事をしている姿を目の当たりにして思ったのは……俺がその輪の中に居なくても平気……っ」
「……旦那様、泣いていらっしゃるのですか?」
「えっ? あ……ああ……っ」
俺は悩みを打ち明けるようにみんなに語りかけていくその最中、シズネさんからそう指摘されてはじめて自分の目から冷たいものが流れていると気づいてしまった。
それは何も自分の人生に悲観して悲しくなって泣いたわけではない。たぶん俺は自分の心内で思ってることや寂しさをみんなに聞かせて、情けないとの思いから自然と涙が零れ落ちてしまったんだと思う。
「ぐっ……ご、ごめん」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「きゅ~っ」
みんな一様に俺に対してなんて言葉をかけていいのやらと複雑そうな顔をしており、食事をしていたもきゅ子でさえも悲しそうに俺の服の裾を引っ張っている。
(こんなことみんなに言うべきじゃなかったかもしれない。これじゃあまるで俺がみんなのことを責めているみたいじゃないか……)
そこで初めて俺はみんなのことを困らせているのだと嫌でも気づいてしまった。
「コンニチワ~、ああ皆さんちょうどお昼の時間だったんですね! これは良きタイミングだったかもしれませんね、お嬢様♪」
「まったく貴女ときたら、食い意地ばかり張っているのだから……って、どうかしたの? 揃いも揃って……それにアナタ、泣いているのかしら?」
「あっ……本当ですね。どうかされたのですかユウキさん?」
ちょうどそのタイミングでアヤメさんとマリーが食事をしに来店してきたのだが、沈黙している俺達の様子を目の当たりにして只ならぬ状況であるとすぐに察した。
「っっ……い、いや何でもねぇよ! それよりアヤメさんもマリーも昼飯食いに来たんだろ? なら、今日はこの俺が二人の分の昼食を作ってやるから……その、せ、席に座ってまっててよ!」
俺は袖で涙を拭き二人のためのナポリタンを作ると強引に口にし、言い終える前に厨房へと逃げるように駆け込んでしまう。
「あ、あの! ユウキさんっ!? シズネさん、これはいったい何が……」
「……これは何かあったようね。でしょ、シズネ?」
「ええ、まぁ……」
アヤメさんもマリーもまた不自然すぎる俺の行動から、シズネさんに事情を聞こうと問いただしている。
当然厨房に居る俺からでもその声が聞こえ、それを振り切ろうとナポリタンを作ることに集中する。そうでなければ居た堪れなくなり、この厨房から……そしてこの店から今まさに逃げ出したくなっていたのだから。
「は、はい。アヤメさんにマリー、俺特製『賄い飯のナポリタン』おまたせぇ~♪」
ナポリタンが完成して俺は出来うる限り明るく振る舞うと、両手にナポリタンが盛られた鉄皿を持ちながら二人が座っている席へと運ぶ。
既にシズネさんを始めとするみんなは次の客が来店し始めていたので席には居らず、それぞれの仕事場へと戻っていた。
「あの、ユウキさん。少しお話があるのですが……」
「いいからアナタ、ちょっとそこに座りなさいよ」
シズネさんから説明を受けた二人は有無を言わさぬ真剣な面持ちで、明るく振る舞っている俺に対して反対側の席に座るように言った。
「な、なんだよ二人とも……そんな真剣な顔しちゃってさ。ほら、ナポリタンが冷めないうちに食べないと美味しくないぞ」
「で、ですがっ!」
「……アヤメ。いいからまずは食べてから話をしましょう」
「……は、い」
俺のおどけた言葉と態度にアヤメさんはその場で席を立ち上がって詰め寄ろうとしたのだったが、マリーはそれを制止して食べ終えてからっと彼女を戒めた。
アヤメさんはどこか腑に落ちない顔をしながらも、マリーの手前渋々と言った表情でストンっと席へと座りなおすと静かに食べ始める。
「んっ……それでアナタ、何かくだらないことで悩んでいるそうね?」
「ぶっふっ……ごほっごほっ……お、お嬢様っ!? 話は食べ終わってからのはずでは……」
「アヤメ、貴女何を言っているの? 私はもう食べ終わっているわよ。ほらね」
「お、お嬢様、一体いつの間に……」
マリーはアヤメさんが立ち上がってるその最中、自分の分のナポリタンを半分以上アヤメさんの上へと乗せていたのだ。
それに気づかないアヤメさんもアヤメさんだが、いかにもマリーらしいやり口である。またたぶんアヤメさんは「ユウキさんが私の分だけ大盛りにしてくれたんだ♪」くらいにしか思っていないはずだ。
「それでアナタの悩みって言うのは自分がこの店に居ても良いのか、だったかしら?」
「ああ……大体それで合っている」
俺は嘘をついても仕方が無いと、素直に認めることにした。
「はぁ~っ……まったく。アナタはどんな答えが出れば満足すると言うの? 他のみんなに『アナタはこの店に必要だぁ~』とかって言ってもらえれば、それで満足するつもりなんでしょ?」
「ぐっ」
図星も図星、マリーは俺が真に欲している言葉をいとも容易く導き出すと呆れるようにそう言い放つ。
俺は心内を見透かされたかのように否定することも頷き肯定することもできなかった。
「お嬢ふぁま。それはふぉうふぉう言葉がきふすぎるのふぇはふぁいでしょうか? (訳:お嬢様。それは少々言葉がキツすぎるのではないでしょうか?)」
「……あ、アヤメ。食べるか喋るかどちらかにしてちょうだい。聞いている身として、聞きづらくて仕方がないわよ」
「わあぁ~い……モグモグ」
「け、結局食べ続けるのね……。まったく貴女ときたら……はぁーっ」
アヤメさんが食べ続けることを選ぶと、マリーは何かを呆れるかのように溜め息をついていた。




