第229話 ナポリタンというパワーワード
「旦那様、何もおっしゃらなくてもよろしいですよ」
「えっ? シズネさん?」
「ふふっ。旦那様とは短い付き合いですが、これでもワタシなりに旦那様のことをちゃんと理解しているつもりなんですよ?」
「シズネさん……」
シズネさんは俺の顔を見ただけで何を悩み、そして今心の中で何を思っているのか見透かしているようにそう言葉を口にした。
「今日の昼食……ナポリタン大盛りにしたいのですよね?」
「うん。実はもう腹ペコになっちま……いや、全然違うからね。何でのっけから俺の腹が空いてると思ったんだよ」
どうやらすべては俺の買いかぶりのようだ。
シズネさんは俺が腹が空いているため本日の昼食であるナポリタンを普通盛りにするのか、それとも大盛りにするのかを悩んでいると思って声をかけてきてくれたみたいだった。
(というか、さっき軽く疑問系付いていたのはそのせいなのかよ……全っ然っ、俺のことを理解してねえじゃねぇかよ)
「そんなくだらない理由で悩んだりしないからね」
「あっ、そうでしたか。これは失礼いたしました。ま、とにかくピークも過ぎ去り席も空いておりますので、とりあえずそこらの床板にでもお座りくださいな」
「いや何で椅子の席が空いてるにも関わらず、俺のことを床へとエスコートしようとしてんだよ。ったく」
俺は一瞬だけ床に座り込む素振りをしてからシズネさんが述べた床板in俺の尻を棚上げすると、そのまま椅子へと座った。
「もきゅもきゅ♪」
「んっ? ああ、もきゅ子。俺達に水を持ってきてくれたのか? さんきゅ」
「もきゅ!」
見ればもきゅ子が両手に水の入った木のカップを持ってきてくれていた。
そして手どころか背丈が届かないもきゅ子のため、俺は両手で受け取って自分とシズネさんの前へと置いた。
「ありがとうございます。それで旦那様、ワタシに何かお話があるのですよね?」
「あっ、うん。実はさ、俺……」
「きゅ~きゅ~」
「……って、なんだよもきゅ子。一体どうしたんだ?」
いざシズネさんに俺が先程まで考えていた悩みを打ち明けようとすると、何故だかもきゅ子が俺のズボンの裾を引っ張りながら悲しそうに鳴いていたのだった。
「きっと、もきゅ子ももきゅ子なりに旦那様のことを心配しているのでしょうね」
「もきゅ子、お前……」
「きゅ~きゅ~」
俺はそんなもきゅ子に安心させるように頭を撫でながらこう語りかけた。
「もきゅ子、俺なら平気……」
「たぶんですが、もきゅ子は旦那様が昼食のナポリタンを普通盛りにするのか? それとも大盛りにするのか? それを聞きたいがため、このように必死になっているのでしょうね」
「いやだからさ、シズネさん。何でさっきからナポリタンの盛りの話へと振るのさ。もきゅ子だってそんなくだらないことで、こんなに……」
「もーきゅ♪」
けれども、本当にシズネさんが言ったようにナポリタンの盛りを気にするかのように、もきゅ子は大きく頷いていたのだ。
「ほぉ~ら~、やはりもきゅ子だってそうだと頷いているではありませんか♪ ねぇ~もきゅ子ぉ~?」
「もきゅもきゅ♪」
「マジなのかよ……。どんだけお前ら、俺の昼食の心配してやがるんだよ……」
どうやら俺のシリアスな話の展開と言うべきなのか、そんなものはナポリタンの盛りの話よりくだらないみたいだった。
(どんだけナポリタンはパワーワードなんだよ。こう俺の今後の行く末というか、生きる道なんかよりも普通盛りか大盛りかの方が大事って、そんな馬鹿なことがあるのかよ?)
そこで俺は思い出した、この物語がファンタジーの皮を被ったコメディーであるということを。
そうコメディーの前ではシリアスなんてものは、軽々と意味消失させられてしまうものなのである。
「ま、冗談はさておき……昼食にいたしましょうかね♪ ドンドン、ナポリタンはまだですかぁ~っ」
「もーきゅ♪ トントン。もきゅきゅ~」
「はぁ~っ。俺が考えるだけ無駄ってやつなのかよ。とほほほ」
シズネさんともきゅ子は揃ってテーブルを叩きながら、本日の昼食であるナポリタンを所望していた。
(っというか、コイツら従業員側なのになんでそんな態度の悪い客のように振る舞っているんだよ……クレーマーの真似事なのか?)
「うむ。すまないな。もう少しだけ待っていてくれ。今すぐ作るのでな」
「……アマネか」
接客していたであろうアマネが騒ぎを聞きつけ、俺達が座るテーブルへとやって来てくれた。
「この店は客を待たせるのですか? はん! この店のオーナーの顔を一度見てみたいものですね。きっとさぞかしモブのような顔つきをしているに違いありませんね!」
「きゅ~っ」
「……いや、俺の顔見ながらそんなこと言うんじゃねぇよ。アンタもそのオーナーとやらの一人じゃねぇか。自分だけが可愛いのかよ……」
まるでクレーマー客のように振る舞う二人。
一体何がしたいのか、俺にはもはや理解不能だった。
「す、すまない」
「アマネもアマネで、なに普通に謝ってんだよ。こんなワケの分からないクレームを付ける客なんて放っておいていいんだぞ」
「いや、それでもお客はお客ではないか。それに対して粗相をしてしまっては私一人の問題ではなくなり、ひいては店の信用にかかわるではないか」
「アマネ……」
アマネも接客が板についてきたのか、どんな客とはいえ客であるという自覚が芽生えたのかもしれない。
「ははっ。これはとんだ茶番ですね。ここはどこぞのレストランなのですか?」
「もきゅもきゅ」
「……いや、アンタら二人がしてる芝居のほうがよっぽど茶番じゃねぇかよ。あとちなみにここは悪魔deレストランっつう、レストランなんだよ! そもそもアンタもさっき普通にナポリタンだかを注文していたじゃねぇかよ!?」
茶番x茶番……チャバンババンバンバンっと言った感じに俺はツッコミを入れることしか出来なかった。
第230話へつづく




