第217話 休日の黄昏時
こうしてミミのトラウマも解消し、ウルフやエルフィの助けもあったおかげか、俺達は前よりも自由にできる時間が取れるようになっていた。
もちろん、それまでには色々と教育や運営に当たる際の仕事運び等々を教えることになったのだが、三人とも飲み込みがとても早く、二、三日もすれば仕事に慣れていた。
今では各々に仕事を任せっきりにしても大丈夫なほどであり、日替わりのローテーションで休みを入れることができるようになっていた。
これならばシズネさんへの負担も軽減されるだろうし、俺達だって体を休める日を得られるわけだ。
けれども……
「……とは言ったものの、いきなり休みっつても、何すりゃいいの分からねぇよなぁ~」
今日は俺が休む番……つまり休日の日である。今日一日仕事をせずとも良い日なのだが、俺は自分の部屋で暇を持て余していた。
俺はこれまで我武者羅に毎日を生きることだけで精一杯だった。
そんな俺に対して、初めての休日。何分初めてのことなので、どうすればいいのか逆に困ってしまうのだ。
冒険者だった頃は毎日が日々の糧を得る程度の依頼をこなしていたため、休日というものは存在しない。
そしてシズネさんに誘われ、ここで働き始めてからもう数ヶ月にもなるが休日は初めてのことだった。
「うーん。な~んか落ち着かないよなぁ~」
今はちょうどお昼時なので、きっと店ではみんなが忙しそうに働いているに違いない。
だから余計に……というわけではないのだが、何だか申し訳ない気持ちと一人で過ごすこの時間がとても不安を煽っている。
別に何も俺だけが特別というわけではなく、交代で休むのだから堂々と休みをエンジョイして充実した休日をおくれば一番いいのだろうが、何故かそれができないでいた。
確かに体は毎日の労働で疲れてはいる。だから一日中寝て過ごそうが何をしようが良いのだけれども、心は一人で居るこの時間が嫌だと告げていたのだ。
体と心との乖離……これは心身ともに支障をきたすものである。
「あ~~っ、もうっ!! 休日って一体なにすれりゃいいんだよっ!!」
ついに俺はそんな不満を爆発させるように叫んでしまう。尤も部屋の中なので、そんな声は誰に聞こえないのだが、自らの言葉に、そして耳にしなければ気が変になってしまいそうになっていたのだ。
人は不満を口にすると、心が軽くなるというが今の俺には当てはまらない言葉である。
「これならまだ仕事してた方が全っ然っ、マシだよ!!」
いつから俺はこんな仕事人間になってしまったのだろうか? ……いや、違う。本当はそうじゃないと自分で解かっている。
俺は一人で過ごすこの時間が嫌いなのだ。それはシズネさん達と出会う前には、無かった感情だった。だからこそ気づかない……いや、気づきたくなかったに違いない。
もう認めたほうがいい。俺は今この瞬間、寂しいのだ。寂しさを味わい、孤独を感じている。だから別の何かを求めている。
「いっそのこと、下に降りて仕事でもすればいいのかな……」
っと呟いてしまう。
いざそう思ってしまえば気持ちが楽になり、すぐさま普段着に着替えると一階にある悪魔deレストランへ向かうことにした。
「「ガヤガヤ、ガヤガヤ」」
「うっ……やっぱり昼時は混んでるよな」
俺が一階に降り立つと同時に、まるで狙い済ましたかのように客達の話し声が聞こえてきた。
「あいや、こちらがぁ~、ご注文の料理ぃぃぃぃぃぃぃっ! ドンドドドドドド、ドドン♪」
「おわっ!? なんでこの従業員、いきなり歌舞伎いているんだよ!? しかも自らセルフサービスで太鼓音を口にしているぞ!? 何々これもサービスの一環? そうか……頑張れよ♪」
「じゃあ、私もここのクランへの登録をするわ」
「はい。それではこちらの洋紙にご記入をしていただければ、すぐに登録が完了できますよ♪」
「も、もきゅ~っ。きゅ~っきゅ~っ」
「きゃっ。何よこの子っ!? 私のスカートを引っ張って、とても悲しそうに泣いちゃってるわ! もしかしてもしかして、まだ私に帰って欲しくないとか? あぁ~ん、もう可愛いわね♪ お姉さぁ~ん、エール一つお願いねぇ~♪」
……どうやら今日も今日とて、ウチのレストラン『悪魔deレストラン』の経営は順調のようだ。
アマネは歌舞伎ながら接客を、トラウマを克服したミミは普通に受け付け営業を、そしてもきゅ子も帰ろうとするお姉さんのスカートを引っ張りまわしながら、着実に売り上げに貢献しているみたいだ。
「(なんだよ、俺なんて別にこの店に居なくてもいいんじゃねぇかよ……)」
見れば誰一人とて、階段の前へと佇んでいる俺のことを気にしている素振りを見せていない。
それは客達はもちろんのこと、従業員であるアマネ達も同じことだった。
客達はみんな食べたり飲んだりっと忙しそうにしており、またアマネ達も自分の仕事をしっかりとこなしている。
例えそこに俺が居なかったとしても、それは今日だけでなく明日以降も続く光景だと思うと、ふいに得も知れぬ寂しさが込み上げてくる。
「……俺ってここに居る意味あるのかなぁ」
それは自分への問いかけであったが、目の前でみんなが楽しそうに、そして忙しそうにしているのを目の当たりすると、自分の存在価値があるのだろうか……っと考え、悲しい気持ちになってしまう。
「ははっ。お、俺ってべ、べつに居ても居なくてもいい存在だったのかよ……ぐすっ」
誰に言われたわけでもないのだが、まるで俺だけ時間軸から取り残されて、自分一人の世界に取り残された気持ちになっていた。
それは仲間外れにされているような疎外感と言うべきのか、あるいは自己否定なのか、もう判断がつかない。
そして俺は誰に声をかけるでもなく、人知れずその場を立ち去ってしまうのだった……。
第218話へつづく




